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26.

 夜。とある歓楽街の表通りに店を構える男性向けのクラブ”ダークネス”。僕は二階の奥まったところにある、いわゆるVIP席にいる。長いソファの上で、支配人のリリベルに膝枕をしてもらっているところである。


 紫色の薄い唇に、紫色の長く艶やかな巻き髪。今日も彼女は綺麗だなあと思う。その美しさに呆れたくなってしまうくらいだ。


 リリベルが僕のひたいを柔らかく撫でて、「ふふ」と口元を緩めた。恐らく、僕と変わらない歳であろうに、今夜も年齢に見合わない深みのある色気を感じさせる。


「私は幸せ者でございます。こうして忍足様と触れ合うことができて」

「僕自身、大したニンゲンではないんですけれどね」

「いつでもお越しくださいませ。いつでも最優先で対応いたしますので」

「いいんですか? そんなことをして」

「忍足様だけは特別でございます」


 リリベルは微笑み、愛おしそうに僕の額をまた撫でた。


「一目惚れだったのでございます」

「一目惚れ、ですか?」

「はい。貴方を見た瞬間、背に電気が走りました」

「大げさな言い方をされるんですね」

「大げさではありません。本当のことなのでございます」

「そこまで言われてしまうと、錯覚だろうだなんて言葉は吐けませんね」

「そうでございますよ、ふふ」

「リリベルさんは僕になにを見ているのかな」

「優しさと強さでございます」

「強くあろうとはしていますけれど、果たして優しいかなあ」


 突然、リリベルが右の人指し指を僕の口の中に突っ込んできた。結構、思いきった行為であるように思う。口内を少々乱暴にこねくりまわして、抜いた指を自身で舐めて見せる。「美味しい……」とこぼすように言い、「美味しい……」と、また言った。


「忍足様」

「なんですか?」

「貴方には、この上なく近しい女性がいらっしゃいますね?」

「どうして、そう?」

「女の勘でございます」

「それって怖いです。女性の勘はよく当たるから」

「重ねてになります。いつもいつもいつだって、私はここでお待ち申し上げております。あるいは、たまに連絡を差し上げることがあるかもしれません」

「承知しています」

「忍足様」

「うん?」

「どうか私を、貴方の一番にしてくださいませ」

「結婚でもしますか?」


 僕がそう提案すると、リリベルはやっぱり「ふふ」と笑った。


「気のない言葉でございますね」

「だけど僕は、リリベルさんのことが好きですよ。いや。大好きなのかな?」

「そのセリフは嘘のように感ぜられます」

「そう?」

「はい」

「リリベルさん」

「なんでございましょう」

「僕の一番でいたい。そう言ってもらえることについて、感謝します」


 僕が手を伸ばしてリリベルの頬に触れると、彼女はますます笑顔になり、果てはくすぐったそうに身をよじった。


「リリベルさん」

「今度はなんでございしょう」

「貴女、あるいは女性にとって、僕はどういう存在だと思われますか?」

「ぱっと思い浮かんだ語句を申し上げます」

「それでいいですよ」

「忍足様は鎮痛剤でございます」

「真意を伺いたいです」

「どのような女性がどれだけ気落ちしていたり傷ついていたりしても、それを和らげることができる。だから忍足様は尊いのだと存じます」

「鎮痛剤かあ。うーん、僕にその気はないなあ」

「私の言葉、信じてくださいませ」

「そうさせてもらおうかな」


 僕は体を起こし、立ち上がった。テーブルに万札を三枚置いて、リリベルのもとをあとにした。速やかに退店する。


 うまい話ばかりではないし、そんな話があれば即座に疑うべきだろうけれど、僕の周りには、幸い、馬鹿正直だと評価できるニンゲンが多い。いや、そんなニンゲンばかりだ。


 僕は今の自分がそれなりに好きで、少なくとも嫌いではない。


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