25.
ホワイトドラム、午前中の後藤の居室。彼は今日もゴルフクラブをスイングをしてから、一人掛けのソファに座った。向かいの二人掛けには黒峰、それに僕が座っている。
「いやあ、本当に嬉しいなあ。喜ばしいなあ。君達はたびたびここを訪れてくれる。こんな時代だ。あらゆるツールを用いてコミュニケーションをとれば済むことなんだけれど、ヒトとヒトとが顔を合わせて話すことは、やっぱり有意義だよね」
僕は「業務に関する連絡がない。となれば、暇を持て余すのもなんなので、時折、本部を訪ねるくらいはします」と発言した。「本意とするところではありませんけれど」と付け足しておいた。黒峰も同意したようで、「なにか仕事があるなら、真っ先に飛びつきたいと考えています」などと口にした。
後藤が「仕事という仕事は現状ないけれど」と遠回しな前置きをしてから、「それでも一つ情報展開くらいはしておこうかな」と続けた。その見当がつかないのだから「情報展開?」と黒峰がオウム返しをするのも当然だ。
「曜子さん、あのね、伊織さんと朔夜君をイギリスに寄越したんだ」
「イギリス?」
「うん。段取りを組んだ。『SAS』の訓練に参加してもらうんだ」
「それは、スゴいですね」
「なんだかんだで彼らの任務の達成率は実質的に百パーセントだ。これからも、そうあってほしいから、さらなる訓練を促した。帰ってきた折にはさらにパワーアップしているはずだよ」
「その昔のフォークランド紛争については否定的な意見が多いように思いますけれど、いまだ世界最強の空挺部隊と名高いですよね。そんな組織で訓練を体験する。私としては、そんな泉さんと本庄さんに対しては、尊敬の念がたえません」
「そう考えるのはもっともだけど、君だってよくやっているよ」
「でしたら代表、いえ、後藤さん、私もいつかは派遣してください」
「曜子さんは積極的だなあ」
「そのくらいじゃないと、先輩にはついていけませんから」
そこで二人の会話が途切れたのだと察し、僕は後藤に「要するに、彼らの不在をカバーしろということですね?」と訊いた。
「そういうことだ。いないメンバーの穴を埋めるにあたって、精を出してもらわないとね」
「泉さんと本庄君の旅のスケジュールは?」
「向こうで十泊する」
「わかりました」
「曜子さん」
「はい」
「君も穴を埋めてくれるかい?」
「やります。やれます」
「君の目指すところ、それと僕の理想が近しいことを願っているよ」
「その点については、多分、大丈夫です」
「そう言える根拠は?」
「私が属する『治安会』、『実行部隊』の方々は、信頼に足る人物ばかりだからです」
「君には面白がってほしい」
「面白がる?」
「ちょいとばかし楽しむ必要があるんだ。悪を駆逐するにあたってはね」
「了解です。そう解釈できるよう、精進します」
「精進だなんて、またお堅い言葉が出てきたなあ。悠君」
「はい」
「以降も曜子さんのフォローアップは君に任せたい。いいね?」
「命令とあれば」
「命令じゃないよ。君の心に訊いている」
「大丈夫です」
「わかった。また写メろうか?」
「遠慮しておきます。黒峰さん、行くよ」
「了解です」
RX-8の車中。
「『SAS』に派遣されるなんて、泉さんも本庄さんも本当にスゴいです」
「泉さんはカリキュラムに則して無難に行動すると思う。だけど、本庄君はどうなのかな。たとえ相手が教官であろうと、気に入らなければ食ってかかるような気がしてならない」
「確かに、本庄さんは上の命令に簡単に従ったりはしないでしょうね」
「とはいえ、本庄君は馬鹿じゃない。賢い人物だ。だからこそ『治安会』に必要なんだ。彼は爆発物であるのかもしれない。現状、取り扱い注意であることも確かだ。だけど彼の思いや正義感には、誰もが共感せざるを得ないはずだよ」
「それを青臭いと言うヒトもいるのではないですか?」
「そうだね。そして、青臭さはときに暴走に繋がる。止めるニンゲンが必要だ。その一番手が泉さんで、二番手が僕達なんだよ」
「本庄さんはどうして犯罪と戦われるんでしょうか」
「弱いヒトを守りたいから。きっとそういうことなんだ」
「素敵な考え方です」
「僕もそう思う。さて。これからどうしようか」
「今日一日は、忍足さんとご一緒させていただこうと思います」
「環状線に乗って、ヘッドホンで音楽を聴くだけだよ?」
「でしたら、私はその隣にいることにします。できることなら、音楽なんて聴かずに、忍足さんがここまで生きてこられた道程なんかを詳しく教えていただきたいです」
「そんなこと、僕が話すと思ってるの?」
「粘り強さをもって挑みます。忍足さんのこと、色々と知りたいんです。その上でいつか深淵にある信念を共有したい。そう考えています」
「深淵にある信念か。いい言葉だね」
「でも、ですね」
「うん?」
「やっぱり、早いところ男性と一緒になって、子を産んでほしいという両親からのプレッシャーはあるわけでして」
「親は関係ない。自らの人生を決めるのは、いつだって自分だ」
「心強いお言葉です」
「そんなことが言えるのも、僕と君には利害関係がないからかもしれないね」
「悲しいことを言わないでください」
「悲しいことかな」
「私は忍足さんのことを慕っています。本当です」
「だったら僕は、その気持ちを大切にしようと思う」
「言葉にまるで重みが感じられません」
「悪いけど、それが僕のキャラクターなんだよ」




