24.
白雪明日香の死亡から間もない金曜日。白いRX-8、すなわち愛車を海岸沿いの高速にて走らせている。助手席には黒峰の姿。改めてのツーマンセルということになる。まだ左肩は完治には程遠いだろうに、彼女は包帯と三角巾を早々に取り払った。逞しい打たれ強さだ。とはいえ心配かと問われれば、それなりにそうだと答えるしかない。だけど黒峰は「ケガのことなら心配要りません」、「かすり傷みたいなものですから」などと答えるばかり。本当に頼もしい限りと言える。
「銃創であるわけだ。ご両親が見たら悲しむだろうね」
「一般的な物言いをされるんですね。らしくないなって思います」
「僕はごくごくフツウの市民であるつもりだよ」
「だとしても、やっぱりらしくないです」
「そうかな」
「それで、今日はどういった事案ですか?」
「狙撃だ」
「狙撃?」
「以前にね、国会議事堂前でどんちゃん騒ぎを繰り返していた若者達のリーダーを、泉さんが問答無用で沈めたんだよ。対象は女性だった」
「その件の報告書は読みました。そんなつまらない輩を殺す必要があったのかというのが、私の素直な感想です」
「そのへんは後藤さんの判断だ。僕達が口を挟むところじゃない」
「新たなリーダーが現れたということですか? にしたって」
「しょっぴけばいいって話だと思うかい?」
「はい」
「僕の予測なんだけれど」
「聞かせてください」
「後藤さんはね、君に経験値を得てほしいんじゃないかな」
「狙撃を私にやらせるってことですか?」
「そういうこと」
黒峰は眉根を寄せて少々思案するような素振りを見せたのち、大きくこくりとうなずいた。「任せてください。やってみせます」と答えた。意志の強さを感じさせる強い言葉だった。
前に泉がスナイピングしたのと同じ場所に陣取った。角度的に議事堂の敷地内までは見渡せないものの、馬鹿な若者達、あるいは愚かな老人どもが騒ぎ立てる車道は射撃範囲にじゅうぶんに含まれる。
「泉さんはここから以前のリーダーを撃ったわけですか」
「うん。まあ、相手はなにせ素人だ。どこからマークされたかなんて察知できるわけがない」
「わかりました。了解です」
黒峰が黒くて細長い箱からスナイパーライフルを取り出し、先端にサプレッサーを取りつけた。鉄柵の間から銃口を覗かせ、ターゲットに狙いを絞る。なかなかサマになっている。もともと勘がいいのだろう。センスがあるとも言える。
「コリオリの力については?」
「この程度の距離なら、それほど意識する必要はないはずです」
「まさに正解。とはいえ、観測手くらいはやろうか?」
「不要です」
「それなら」
「はい。撃ちます」
ビスッという静かな銃声。双眼鏡を覗き見る。ターゲットの男子学生が神輿のような街宣車から転げ落ちるのが見えた。悲鳴、怒号、あるいはカウンターの右翼が上げる歓声。現場はただちに騒然となる。しかしそんなもの、僕達からすれば関係がない。
「感心した。上手なものだね」
「訓練通りにこなしただけです」
「行くよ。長居は無用だから」
「はい」
帰りの車中。もう日暮れが始まっている。
「黒峰さん、どうだった?」
「どうだった、とは?」
「スナイピングの感触についてだよ」
「スコープ越しに確認しただけですけれど、つくづく、ヒトって簡単に殺せるんですね」
「そろそろだ」
「そろそろ?」
「うん。もう震えがくる」
「震え?」
「自分の両手を見てごらん?」
「……あっ」
「どう?」
「確かに、震えています」
「スナイピングは一方的に殺すだけだからね。手を下した側だとしても、そこに恐怖感を覚えるのは当然なんだ」
「そうですよね。私は簡単にヒトを殺めてしまったんですよね」
「でも、そうすることが、僕達の役割なんだよ」
「忍足さんはどうしてそこまで割り切ることができるんですか? 正義の味方だからですか?」
「そんなわけないよ。だけどね、後藤さんが嫌いなニンゲンは、不思議と僕も嫌いなんだ」
「だから、信じてついていこうと?」
「モノをわかりやすく表現してしまうと、そうなるんだろうね」
「私はやっぱりまだまだペーペーですね。後藤さんの真意を汲み取れないでいるんですから」
「理解するにあたって焦る必要はないよ。ゆっくり時間をかけていい」
「その結果として、相容れないということになったとしたら、私はいったいどうすればいいんでしょうか」
「そこまで甘えてほしくない。君の生き方は君自身が決めることだ」
「確かにそうですね。意義はありません」
「日常を過ごす上で不便や不都合があれば、相談くらいには乗れるけどね」
「その折には、よろしくお願いします」
「頭を下げる必要はないよ」
「なにとぞ、お願いします」
「だから、律儀に頭を下げる必要なんてないんだよ」
そう述べてまもなく、スマホがブルッた。「もしもーし」と告げてきた相手は泉だった。
「曜子ちゃんと一緒なんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「実は私って、我が『治安会』の面子の行動を、結構把握していたりするんだよ。ま、それもときと場合によるんだけど」
「それで、用件はなんですか?」
「これから飲むから出てきな」
「僕、運転中なんですけれど」
「だったら、車は家に置いてきな」
「わかりました。どこに向かえばいいですか?」
「例のSL広場のすぐ近くの飲み屋。豪勢だよ。十人は座れる個室を確保してあるんだから」
「そこには、なにか理由が?」
「まあ、おいで。店の名前を言うよ?」
「お願いします」
泉は店名を口にし、僕はそれを記憶した。「じゃあね、早く来なよ。首をながーくして待ってるから」と泉が言ったところで、通話が切れた。
「泉さんからですか」
「うん。飲むから出てくるようにという厳命だ。嫌かい?」
「そんなことはありません。本庄さんもいらっしゃるんですよね?」
「多分ね」
「私、お二人とご一緒するのは好きなんです」
「そうなの?」
「はい。どれだけ暗い気持ちになっていても、どれだけ塞ぎ込みそうになっても、明るくなれますから。元気をもらえるんです」
「あの二人は名コンビだよね」
「本当にそう思います」
店に着くと、黒峰が予約席を聞き、店員に目的の部屋まで案内させた。そして、彼女がふすまを開けた瞬間、パンパァンッと乾いた銃声のような音が鳴った。だけど、鉄砲であるわけもない。掘りごたつの席に、泉と本庄が向かい合って座っている。手にはクラッカー。二人から突拍子もない唐突な歓迎を受けたことで、彼女は金色や銀色の細いテープを頭から垂らしたまま、フリーズしてしまった。
「曜子ちゃん、誕生日おめでとーっ」
泉が明るい声でそう言った。本庄が「おめっとさん」と笑顔で祝福するのは珍しいことだ。
僕は本庄の隣に腰を下ろし、黒峰は泉の隣に座った。
泉は「ホント、おめでとうねぇ」と言って、黒峰の頬にキスを浴びせる。きょとんとしている彼女は、まだ頭から金と銀のテープをぶらさげたままでいる。
「あの、泉さん、どうして私の誕生日をご存じなんですか?」
「『OF』ってのが出現してくるまでは、私達『実行部隊』のプライバシーって特に伏せられていなかったでしょ? なんてったって非公開組織であるウチの存在を知って、しかもその上でがっぷり四つに組んでくる相手なんて想定していなかったわけだから。ま、今となってはそのへん、脇が甘かったとしか言いようがないんだけど。それはまあ、ボスの失態だとして」
「そういうことですか」
「うん。厳重に秘匿される前の個人情報を記憶していたの」
「実は私も、みなさんのお誕生日を知っています」
「だろうなって思ったよ。さて、今夜は飲もう、食べよう。黒峰ちゃん、好きなの頼みな。朔夜が奢るって話だから」
「は? 俺はそんな話聞いてねーし、約束だってしてねーぞ」
「可愛い後輩を前にして、よくそんなセリフが吐けるね」
「ぐっ」
「どうする? 奢るの? 奢らないの?」
「わかったよ。奢る。奢ってやる。黒峰、いくらでも頼めよ」
「……嬉しいです」
「ん? なにがだい、曜子ちゃん?」
「いえ。私も『治安会』の、『実行部隊』の一員として認められているんだなって」
「あらあら、これって泣いちゃうシチュエーション?」
「泣きはしませんけれど、たくさん飲んで食べはします」
「そうこなくっちゃね」
泉も本庄も本当に気持ちのいいニンゲンだ。彼らと知り合えた。また彼らと同じ釜のメシを食っている。そのことがとても喜ばしい。この上なく嬉しいとも感じた。
泉が「これからもみんなでわいわいがやがや楽しくやっていこうよ」と言った。黒峰は大きくこっくりとうなずいた。僕は「そうありたいですね」と答えた。
今という時間は貴重だ。楽しいとすら言えるかもしれない。気のいい同僚と仕事をともにするのは幸せなことだ。だけど、現状の立場を選んだことについては、やはり若干ながらも後悔がたえない。白雪を裏切った。その思いは尽きない。僕が『特強班』に残り、彼女を、あるいは組織をうまくディレクションできていれば、こんな悲しい結末にはならなかったのかもしれないのだから。
悲しみだけが心中でこだまする。
白雪のことを忘れることなく生きる。
僕にはそれしかできそうもない。




