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22.

 ホワイトドラムにある後藤の居室には、彼の他に僕と黒峰がいる。


「すべてクロだ、すべて。『マトリ』はまったく信用できない」


 後藤がいつもより幾分強い口調でそう言ったのを受け、口を開いたのは黒峰だ。「ですけど、現時点において私が調べた結果だというだけです。裏はまだ取れていません」と彼女は言った。先だって僕に情報展開した時と同じ文言だ。


「以前から、彼らには非常に微妙な噂があったんだよ。一部業務をサボタージュして甘い汁を吸っているんじゃないかってね。局長の石塚。『マトリ』を預かっている彼の証言が必要だ。麻薬の密売を主としている組織と繋がっているであろうことを踏まえ、それを声高に訴えるべきだ」

「僕もそう考えます。証拠はもう出揃っているように思いますから」

「悠君はわかってくれるようだね」

「殺しますか?」

「だから、しょっぴいてやりたいってだけだよ。恐いこと言わないでよ」

「僕が得意な冗談ですよ」

「『マトリ』本部への強襲を命じる。悠君、曜子さん。やれるよね?」

「やります」

「曜子さんは?」

「やれます」

「曜子さんの場合、実戦経験が乏しいからね。今一度言っておこう。トレーニングもいいけれど、時には現場で暴れることも重要だ」

「代表、暴れるのは良くないと思います」

「だからね、曜子さん、僕は代表じゃなくて後藤さんだよ。大丈夫。お二人さん、心配しなさんな。念には念を。フォローはつけるから。荒事に関しては、とことん達者なニンゲンをね」




 後藤に泉と本庄を拾うよう指示され、とある駅前でRX-8の後部座席に二人を乗せた。本庄は腕を組んで俯き、眠っている様子。視線を動かすと、微笑んだ泉とバックミラー越しに目が合った。


「悠君、今日は私と朔夜になんの用かな?」

「後藤さんからはなにも聞かされていないんですね」

「うん。だから大した案件じゃないのかなあって思ってる」

「泉さん」

「なんだろ、黒峰さんちの曜子ちゃん」

「大した案件じゃないってことはないんです」

「本当に?」

「はい」

「曜子ちゃんがそう言うなら信じようかな」

「ありがとうございます」

「それで結局のところ、君は処女なわけ?」

「で、ですからそれは」

「この車の助手席、乗り心地がいいでしょ?」

「はい、まあ、それは……」

「悠君の上になるのも、乗り心地がいいかもしれない」

「い、泉さんっ」

「もう着きそうだね」


 泉が言った通り、まもなくして『マトリ』の本部が入っているビルに着いた。三十階まであり、目的地は最上階だ。地下の駐車場へと車を滑り込ませる。黒峰、僕、それから泉の順で降車し、まるでやる気のなさそうな本庄が最後におりた。


 本庄は両手を天に向かって突き上げ、うんと伸びをした。それから泉に向かって、「今日は誰だよ。誰をりゃいいんだ?」と涼しい顔をして物騒なことを言った。


「『マトリ』を締め上げるんだよ」

「へぇ。ついにやんのか」

「アンタ、どこまで知ってるの?」

「連中は悪いことをして小銭を稼いでやがるってんだろ?」

「そこまで学習してるならじゅうぶん。悠君」

「とりあえず、入りましょうか。以降は出たとこ勝負です」

「おやおや、悠君らしからぬ無鉄砲な物言いだこと」

「行きましょう」


 エレベーターに乗った。三十階のボタンを押す、箱は速やかかつ音もなく上昇する。勝手知ったるかつてのホームだ。ビル自体がどういう構造であるかも無論記憶している。


 目的の階に着いた時のこと。エレベーターホールに二人の黒服が立っていた。「石塚氏に用事があります。通していただけませんか」と僕は言った。「局長は今、席を外している」との返答があった。嘘だろうと思ったのか、めんどくさいと感じたのか、そのへんはわからないけれど、本庄があっという間に男らを殴り倒した、蹴散らした。


「とっととどけっつってんだよ、ボケ。あんまり俺を怒らせんな」

「さすがだね。アンタの手の速さは天下一品」

「伊織、おまえはいつもうるせーんだ」

「愛ある証拠」

「意味わかんねーよ」


 僕を先頭にして通路を行く。すると、角を右折したところで、えらく大柄な、ヘヴィ級のプロレスラーみたいな体躯の男を見つけた。立ったまま壁に背を預けて文庫本を読んでいたようだ。それを黒いジャケットのサイドポケットにしまうとゆっくりとこちらを向いた。スキンヘッドだ。黒いサングラスをかけている。


 男はのっしのっしと近づいてくる。その前に立ちはだかったのは本庄だ。


「なんだ、おまえらは。局長になんの用だ?」

「なんでもいいだろうが。どけよ、デカブツ。殺すぞ」

「用件はなんだと訊いている」

「そこんとこをなにも知らされてねーあたり、おまえはただの雇われボディガードらしいな」

「黙れ」

「黙らねーよ。馬鹿野郎」


 右の拳を大きく振りかぶって、大男は殴り掛かった。本庄はその一撃を左の手のひらでバシッと防いだ。続けざまの左のパンチも右手で受け止める。ぎしぎしとした力同士の攻防。一回り大きな相手の攻撃を真っ向から受けとめて見せるあたりに彼の頑強さが窺える。


「忍足先輩」

「なんだい?」

「コイツは俺が片づけるんで、先に行ってくださいッス」

「いいの?」

「平気ッスよ」

「それじゃあ、お願いするよ」

「はいッス」


 僕と泉、それに黒峰は彼らの脇を通り抜けた。局長室の前へと至った。


 警戒すべき場面であろうに、泉はとっとと木製の扉を引いて開けた。すると、がっくりと肩を落とした石塚局長がマホガニーの机の向こうに座っていた。「ようこそと言ったところかな、忍足君」と苦笑まじりに言う。「ついに来たか」と力なく言う。


「『マトリ』には一部組織間の麻薬の取り引きを見逃してきたという嫌疑がかかっています。同時に『マトリ』自体が売買に関わっているとの話もある。『治安会』が、後藤代表がそう判断したんです。だから間違いないと考えています」

「よしなに取り計らう。そうしたほうがずっと楽だ。忍足君、君にもわかるだろう?」

「ようやく貴方の根源にある考えを聞くことができました。ありがとうございます」

「すべて私の責任だ」

「厚労省の上層部のニンゲンにも金が渡っているのでは?」

「それは考えすぎだ。本件はあくまでも『マトリ』内で収束することだ」

「しかし局長、貴方がどう言おうと、僕は僕の考えに従って、『マトリ』、特に『特強班』の構成員を一から洗いたいと考えています」

「そう来るだろう、そう言うだろうと思ったよ。やはり君は潔癖なニンゲンだ」

「いくら『特強班』が顔を持たないニンゲンばかりだとしても、個人情報を取りまとめているファイルはあるのでは? それをいただきたい」


 石塚は深く吐息をついたのち、机の引き出しからディスクを取り出した。小さなメディアだ。それは黒峰が受け取った。


 まもなくして、刑事とおぼしき人物と制服警官が数人、この局長室に入ってきた。時間通り。手はず通り。彼らが石塚を連行する。


 仕事を終えた僕達も部屋から出た。エレベーターに向かう途中には本庄がいた。相手をなんなく潰したらしい。彼はうつ伏せに倒れているプロレスラーみたいな男の背にどっかりと座っていた。そして、「見かけだおしもいいところッスよ」と、つまらなそうに言ったのだった。




 ホワイトドラムの二階。暗闇に満ち、マシンのディスプレイだけが光を放つ広い一室、オペレーションルーム。


 黒峰がマウスを使って画面をスクロールさせるのを、僕は彼女の肩越しに見ていた。顔写真まで掲載されている。目的に見合った情報を得ることができた。実に大きな収穫だ。


「ご覧の通りです。これで『特別強行班』は丸裸です。忍足さんは全員、ご存じなんですか?」

「いや。知らないニンゲンもいる。班で行動する際もみんなが集まるなんてことはなかったから」

「自然と顔見知りは限られると?」

「そんな感じだね」

「このディスクにある通りだと、班長はほしかずひさ

「裏家業が天職だと知っているくせに、自らの手をよごすのはめんどくさいと考える人物だ。ステータスは逃亡中でいいよ。というより、全員が逃げ出したと考えていい。はしこいのばかりなのは間違いないから」

「なんにせよ、これで『特強班』は壊滅ですね」

「新たなマネージャーのもと、すぐに新たな部隊が編成されるよ。凶悪犯罪専門の集団は必要だから」

「情報については、各方面に展開すればいいですか?」

「うん。あとは関連組織、部署等に回せばいい。多くの人員を割くのは彼らの役割だから」

「了解です。至急、処理します」

「明日でもいいんだよ?」

「いえ。今やります」


 僕は腰をまっすぐにした。黒峰のやる気に内心、感心した。本当に大したものだと思う。自分はここまで熱心に仕事に取り組んだことがあるだろうか。いや、その記憶がない以上、きっとないのだろう。


「それじゃあ、黒峰さん、僕、車で待ってるから」


 すると、彼女は「はい」と返事をし、それから驚いたふうに「えっ」と声を漏らして、僕のほうに振り向いた。


「送っていくよ」

「そんな、悪いです」

「いいから」

「悪いです」

「それでも送っていこうと思う。晩御飯くらい、一緒に食べようよ」

「いいんですか?」

「いいんだよ」

「わかりました。了解です。すぐにやっつけます」


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