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21.

 昼間。『治安会』のダディとでも呼ぶべきライアン・ミウラに呼び出された。場所は彼が営んでいるログハウスの喫茶店。入ると、からんころん、ドアベルが鳴った。客はいない。ミウラはカップを丁寧に磨いている。相変わらずの巨躯に金色のクルーカット。この国において彼の容姿はとても目立つ。


「それで、なんの用ですか?」


 カウンターの丸椅子について僕がそう訊くと、ミウラは少し怖い目で見つめてきた。それから手元に目線を戻すと「さっき、伊織が来た」と短く述べた。


「それがどうかしましたか?」

「伊織はなにも言わずに泣いたんだよ。テーブルに突っ伏してな。悠、おまえがなにか言ったんじゃないのか?」

「どうして僕が原因だと?」

「アイツにダメージを与えるようなことを言えるのはおまえしかいない」

「先日、少し突っ込んだ話はしました。ですけど僕自身、大したことを言ったつもりはありません」

「本当か?」

「貴女が『治安会』を、ひいては本庄君を裏切るようなら殺してやると、改めて警告しただけです」

「朔夜のヤツはどうだっていいが、伊織は俺にとって娘みたいなものだ」

「知っているつもりです」

「伊織はああ見えて、弱いところがあるんだよ」

「わかっているつもりです」

「二度とアイツをばい扱いするな。不安を煽り立てるような真似をするのもよせ」

「理解しました。もう行ってもいいですか?」

「コーヒーくらいは出してやる」

「恐れ入ります」




 後藤に「上司の命令だ」とまた言われ、『治安会』の本拠地であるホワイトドラムを訪れた。地下駐車場にRX―8を滑り込ませて、管理室に詰めているおばさんに「お疲れ様です」と声を掛けてからエレベーターに乗った。特に意味もなく飛ばしてきたので、後藤と約束した面会時間までにはまだ余裕がある。後輩の黒峰のところに顔を出そうと考えた。彼女は二階のオペレーションルームにいるはずだ。今日も『情報部』のオペレーターに混じって、真面目かつ粛々と情報収集を行っていることだろう。


 二階に到着し、エレベーターホールから出た。建物が円柱状なので通路はなだらかに右回りに湾曲している。


 いきなり向こうからヒトが駆けてきた。黒いパンツスーツをまとった女性。黒峰だ。「慌てているようだけど、どうしたの?」と僕は疑問を投げかけた。なぜなのかまったくわからないけれど、彼女は顔を真っ赤にしていて、「な、なんでもありません」と言い、向こうへと走って消えた。本当に、いったい、なにがあったのだろう。


 まもなくしてやってきたのは泉だった。こちらに向かって小さく手を上げ、「よっ、悠君」とフランクな挨拶。


「ひょっとして、泉さんも後藤さんに呼び出されたんですか?」

「そうだよ。その帰りにオペレーションルームに寄ったところ」

「黒峰さんが真っ赤な顔をして走ってきましたけど」

「多分、三階のデッキにでも行ったんじゃないかな」

「そうではなくて」

「わかってるよ。彼女が走ってった理由だよね?」

「はい」

「ちょっとからかってやったの」

「からかった?」

「うん。実はヴァージンなんじゃないの? って訊いたら、一目散に逃げてった。いつもの彼女なら軽く受け流してもいいはずなのに。実はうぶなんだね。可愛らしいこと」

「泉さん、それってタチの悪い問い掛けですよ」

「そう? 一般的な世間話みたいなものだと思うけど」

「僕もテラスにいると思います。ちょっとフォローしてきます」

「黒峰ちゃんもボスに呼び出されてるはずだよ。一緒に向かえばいいと思う」

「どういった用向きだったんですか?」

「くだらない召喚命令。まあ、ボスらしい茶目っ気だとは思うけど」

「茶目っ気?」

「そういうこと」

「今日は本庄君と一緒じゃないんですか?」

「一緒だよ。先に車に戻ってる」


 二人して、エレベーターホールまでの道のりを行く。


「本庄君のことだから、最近は暇を持て余しているんじゃありませんか?」

「かもしれないけど、暇だったら寝てるか、私とセックスしてるかすればいいんだよ。ちなみにこっちの目を盗んで他の女と寝るようなら、エグく殺すって言ってある」

「微笑ましい話ですね」

「だよね」


 泉は「じゃあね」と言って、下へと向かうエレベーターに乗った。対して僕はのぼりに乗る。三階に着き、歩き、やがてウッドデッキへ。見晴らしはいいい。ホワイトドラムの周囲にはこれといった建物がないことから遠くまで見渡せる。


 長い黒髪をポニーテールに結っている黒峰の背中が見えた。歩を進める。彼女は木製のフェンスのてっぺんに両腕をのせていて、僕も静かに同じポーズをとった。黒峰はこちらを向いて、どぎまぎするような素振りを見せたのだった。


「お、忍足さん」

「黒峰さん、改めて、こんにちは」

「あの、その、私……」

「話は泉さんから聞かされたよ」


 黒峰がまた顔を、かあっと赤く染めた。


「その反応を見る限り、そうなんだね?」

「い、いけませんか……?」

「したか、していないか。それだけでニンゲンの価値が決まるわけがないよ」

「ですけど、なんとなく、恥ずかしいことなのかな、って……」

「だから、それって考えすぎだよ」

「そうですか……」


 ほっとしたような顔を向けてきた黒峰。彼女はフェンスの上部にまた身を預けると、今度は吐息をついた。


「両親に言われるんです。そろそろいい年なんだから、早くいいヒトを見つけて結婚しろ、って」

「君はいくつなんだっけ?」

「二十六です」

「どうして軍に入ることにしたんだい?」

「弱い自分を鍛えたかったからです」

「高卒?」

「はい」

「軍人を辞めたのはどうして?」

「飽きたんです」

「飽きた?」

「そうなんです」

「『治安会』に入るにあたっては、いつどこでどうやって口説かれたの?」

「私、退役したあと、ガールズバーで働いていたんです」

「そこに後藤さんが現れた」

「はい」

「彼が簡単に素性を明かすわけがない」

「ですけど、匂わすくらいはされたんです。絶妙なさじ加減の話し方でした」

「まあ、後藤さんは美人に弱いからね」

「私は美人ですか?」

「そう思うよ。客観的に評価してもね」

「わかりました。私もそう解釈できるよう努力してみます」

「そうしなよ。さてと、時間だ。そろそろ行こうか。君も後藤さんに呼び出されているんだよね?」

「はい。いったい、なんの用なんでしょうか」

「仕事の指示だったらいいね」

「そうですね。近頃、手があいていますから」




 四階にある後藤の居室を訪れた。今日の彼はゴルフのスイングをしているわけではなく、マホガニーの机の向こうで黒い革張りの回転椅子に座っていた。机上には書類が山積している。情報をまず電子媒体で確認した上で、さらにペーパーメディアで詳しく読み込む。そういうスタイルなのだ。


 てっきり応接セットに促されるものだと思っていたのだけれど、「ああ、いいよ。悠君も曜子さんも。そのまま、そのまま。ちょっと待ってね」と告げられた。部屋の真ん中で立ったまま待っていると、そのうち、後藤が寄ってきた。手にはスマホ。「それでは、三人で写メろうか」とか言ってきた。「は?」と思わず声が出た。「えっ」と黒峰も声を上げた。僕が「写メですか?」と訊くと、後藤は「そうだよ、写メだよ」と当たり前のように言った。


「どうしてですか?」

「ほら、僕らって家族みたいなものじゃないか」

「そんなことで呼び出したんですか?」

「そんなこととはご挨拶だね。親睦を深めるためには重要なアクションだ」

「わかりました。そういった考え方があってもおかしくありませんから」

「さすが悠君だ。物分かりがいい」

「でも、泉さんと本庄君は顔をゆがめたでしょう?」

「伊織さんは呆れていたね。朔夜君は怒ってすらいるようだった」

「さっさと撮りましょう。どういったアングルがいいですか?」

「僕の顔を挟んで二人がにっこり笑ってくれると嬉しいな」

「わかりました。笑顔を作りましょう」

「曜子さんも笑ってよ」

「はい。まあ、そういうことであれば……」


 僕と黒峰で、後藤の顔を挟んだ。三人の中で飛び抜けて背が高い彼は少し膝を折った。「それじゃあ、はい、チーズ」という声が発せられた。


 撮影した写メを後藤に見せてもらった。我ながら下手な作り笑顔だ。黒峰はというと、少々、引きつった笑みを浮かべている。後藤というのはとにかく無邪気な老人だ。彼女も彼の奔放さを理解していい頃だろう。


「以上だよ、悠君、曜子さん。これで僕の用事は済んだ」

「あの、代表」

「曜子さん、代表じゃないよ。後藤さんだ。何度言わせるんだい」

「では、その、後藤さん」

「なんだい?」

「私も『治安会』のメンバーが家族みたいなのは嬉しいんですけれど……」

「嬉しいんだけれど、なんだい?」

「い、いえ。やっぱりなんでもありません」

「悠君はなにか言いたいことがあるかい?」

「いえ。なにも。もう戻ります」

「うん。曜子さんも引き続き、仕事、頑張ってね」

「はい。承知しました」

「君達は優秀な部下だ。僕は君達みたいな人材が得られたことを幸運だと思っている。これからも僕の期待に応えてほしい。これからも僕の理想の実現のために力を貸してほしい」




 僕と黒峰は下りのエレベーターに乗った。


「忍足さんは、もうお帰りになられるんですか?」

「うん。いつでも出動できるようにはしておくけれど」

「一つ二つ、情報を展開しておいてもいいですか?」

「いいよ。聞こう」


 僕達はオペレーションルームの前まで歩き、そこで揃って足を止めた。


「最近、『OF』、すなわち『オープン・ファイア』ですけれど、彼らが名うての麻薬カルテルを潰したという情報を得ました」

「カルテルを潰した?」

「はい。正確に言うと、潰したというより、彼らの資産をすべてぶんどったという言い方のほうが正しいのかもしれません」

「信憑性が高い情報なの?」

「多角的に調査しました。でも、私が調べた範囲でのことですから、必ずしも確実だとは言えない可能性もあるかと」

「自らの能力を卑下することはないよ。君がそう言うなら、そういうことなんだろう」

「ありがとうございます」

「とはいえ、そこには『マトリ』の目があったはずだったと思うんだけれど、今の彼らは好き好んで危ない橋を渡るとは思えないなあ。高圧的に出られない相手だと、ビビって尻込みしてしまうかもしれないということは否定できないなあ」

「忍足さんがその昔、そうだったという事実から、物を言います」

「なんでも言ってよ」

「そもそも『マトリ』、特に『特別強行班』って、信用に足る集団なんですか?」

「痛いところを突いてくるね。だけど僕はそう思っていた。そう信じていた。その上で職務に従事していた。僕に足りなかったのは組織を律するための根性だろうね。すべてを浄化し正常化する。その度胸も覚悟もなかったんだから」

「忍足さんがそこまでひっかぶる必要なはいはずです」

「まあ、あるいはそうなのかもしれないね」

「今の『マトリ』の局長、石塚さんでしたか。彼は信頼できるんですか?」

「彼は無責任で弱い人物だ。それ以上でも以下でもない」

「でも、あの、忍足さん」

「今度はなんだい?」

「いえ、『特強班』の方にも大切な家族がいる場合もあると思うんです」

「そこはドライに割りきるべきだ。大切にしているモノがいくつあったところで、間違いは間違いなんだよ」

「どうして、忍足さんはそこまで非情でいられるんですか?」

「いられるいられないの問題じゃない。問いたい。悪者はこらしめる。それのどこが間違いなのかな」

「『オープン・ファイア』。踏み込むんですか?」

「彼らはすでに僕らに対して宣戦布告している。本庄君ならきっと言うよ。そんなヤツらはまるっと駆逐してやればいいんだって。僕もその意見に賛同する。だからだ、黒峰さん。これからも君には真正性のあるメンバーでいてもらいたいな」


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