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20.

 今日は泉と一緒だ。彼女が国会議事堂近くのビルの屋上から狙撃する。ターゲットは週末になるたび現政権に対して批判的かつ否定的なデモを先導、主導する大学生の若者だ。少々イレギュラーな仕事と言える。学生の活動くらい、大目に見てやったっていいだろうに。だけど、後藤はやれと指示した。厳命だと言う。定期的な集会をゆるすと、それに賛同するニンゲンが多く現れ、場合によっては彼らの起こす行動が大きなうねりを生むかもしれないから。


 泉は片膝を立てて座り、スナイパーライフルを抱いている。口には煙草。パーラメントというらしい。


 ここに来るまでの車中で訊ねたことだ。「どうして本庄君の代わりに僕なんですか?」と訊いたのだ。すると「今回の対象は女なんだよ」という返答があった。やっぱりそうかと納得した。本庄は女性を手に掛けることを嫌うというか、それはゆるせないことだと考えているふしがある。極端なまでのフェミニストなのだ。そんな彼を今回の案件にアサインしようものなら、「ふざけるな!」と声を荒らげ、頑なに当該案件を阻止しようとするかもしれない。よって、このたびは僕がパートナーに選ばれたというわけだ。だからって、なにをすればいいのだろう。そのへん、泉に問い掛けた。彼女は紫煙をくゆらしながら答えた。


「ほら、私、悠君のことが好きだから」

「なんの冗談ですか?」

「まあ、見てなよ。私の仕事っぷりを」

「そういうことなら、勉強させてもらいます」

「スナイピングができると仕事も増えるよ」

「門外漢なので、下手に手を出そうとは思いません」

「堅実だね」

「案外、そういう性分なのかもしれません」


 やがて茜空に。僕達は太陽を背にする格好になった。西日を利用して狙撃するのはセオリーだ。祭り太鼓みたいにけたたましい音を立てながら、対象を中心にして大衆はラップ調の文言を叫び並び立てる。馬鹿だと思う。そんなことをしたところで、世の中、なにも変わらない。力こそすべてだ。国のありようについて異議を申し立てたいのであれば、まずは支持を得て議員になるべきだろう。


 泉が「いよいよ賑やかになってきたね。それじゃあ、ろうか」と、いとも簡単に言った。鉄柵の間から銃口を向け狙いを定める。死体と化すべきニンゲンを覗き見る。僕はその女性を双眼鏡越しに見る。対象は周囲の連中を巻き込みながらが、彼らとともに大きな声を上げている。


 まもなくして泉はトリガーを引いた。サプレッサー付きなので、ほとんど銃声はしなかった。その瞬間を双眼鏡で見ていた僕は、「ヘッドショット。ヒット」とだけ小さく言った。これで相手は死亡。まさにノープロブレム。


「さて、それじゃあ帰ろっか」


 スナイパーライフルを黒いケースにおさめた泉。


「ホント、泉さんは簡単にヒトを殺しますね」

「悠君には言われたくないな」

「この場にスナイパーがいるだなんて、彼らにはわからないでしょうね」

「ま、素人だからね。とっとと車を回してきて。ご自慢のRX-8」

「了解です」




 例によって、泉はベッドで横になっている本庄を置き去りにして仕事に出てきたらしい。「アイツ、すぐに寝るし、よく寝るから」というのが彼女の言葉。もはや彼らはツーカーを通り越し、あらゆる面において認め合っているはずだ。


 一応の報告にとホワイトドラムへの道筋を辿るなかのこと。RX-8の車内で、泉が窓の外を見ながら話し掛けてきた。


「朔夜には伝えてある」

「なにをですか?」

「仮にね、あくまでも仮にの話なんだけど、私が神崎になびくようなら殺してくれって」

「以前、聞かされた覚えがあります。どうして蒸し返すんですか?」

「なんとなくだよ。なんとなく」

「ですけど」

「ですけど、なに?」

「結局、本庄君に貴女を撃つことはできないでしょう」

「やっぱりそう思う?」

「はい。だけど僕なら、それができる」

「悠君は私が嫌い?」

「いいえ。でも、事が起きたときに見すごすなんて真似はしません」

「容赦ないね」

「多分、貴女を殺すなんて、僕にしかできない。『治安会』のメンバーは、みんながみんな、貴女のことを家族のように思っていることでしょうから」

「じゃあ、悠君でもいい。とにかくさ、私が間違ったと感じたなら、私のことを殺してよ」

「ちゃんと聞かせてください」

「なにを?」

「貴女は、ちゃんと、しっかりと、本庄君のことを愛しているんですか? それとも、どうしても神崎のことが忘れられないんですか?」

「それは……」

「僕なら神崎のことも殺せます。僕は貴女の不確かな恋心より、本庄君の愚直な愛を信じていますから」

「私はどうしたらいいのかな……」

「ですから、貴女が裏切るようなことがあれば、僕は貴女を殺します。それができない僕だと思ってほしくはありません」

「常に朔夜のそばにいろってこと?」

「何度だって言います。貴女が彼との離別を選ぶようなら、僕は貴女を容赦なく殺します」

「そこにあるのは美学?」

「いえ。感情的な思いです」

「私は神崎になびくつもりはないんだよ?」

「しつこいようですけれど、それは本当ですか?」

「悠君。君は一つ、肝心なことを知らないようだから言っとくね」

「それって、なんですか?」

「私は朔夜に嫌われるようなことがあれば死にたい」

「本音ですか?」

「私はアイツに抱かれるたびに、アイツ色に染まっいく。信じなくていい。信じてもらえなくていい。だけど私は、とにかくアイツのことが好きなんだ」

「神崎よりも、ですか?」

「誓う。撃つよ、私は。神崎が目の前に現れるようなことがあれば必ず撃つ」

「言葉を飲みくだすことはできなくもない。でも、そうであるというだけです。本庄君はつらいでしょうね。どれだけ貴女のことを抱いても、きっと不安は払拭できないでしょうから」

「そこは私が努力するところ」

「わかりました。もうなにも言いません」

「つらいことを話しちゃった」

「泉さん、貴女は本当に紙一重のところにいる。どうか僕を失望させないでください」

「約束するよ。うん。約束する」

「嘘はナシですよ」

「悠君だってしつこいじゃない」

「比較したくはありません。ですけど天秤にかけた場合、僕はやっぱり貴女より本庄君のほうが好きみたいです」

「せめて同等に扱ってよ。私はリアルに朔夜のことが好きなんだから。そこに疑いを持たれると、私は私じゃなくなっちゃうよ」

「それでも苦言は呈します」

「私はどうしたらいい?」

「だから、僕を敵に回さないほうがいい。それだけです」

「怖いね、君は」

「極力優しくしているつもりです」


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