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18.

 昼間、太陽がまだ高い位置にある時間帯に、ホワイトドラムのオペレーションルームを訪れた。相変わらず、PCのディスプレイの明るさしかない暗い部屋。僕はめんどくさがりだ。よって日夜情報収集に励んでいるニンゲンに愛想を振りまきに来たというわけではない。そう考える反面、時折顔を出すというクセをつけておいても損はないだろうと思ったのだ。組織内の関係性、言わば円滑なリレーションを保つためにはコミュニケーションを密にしておいたほうがいいというのがセオリーであることは間違いない。そんなふうに考える僕はサラリーマン的な気質を有しているのかもしれない。


 管理者権限のあるマシンの前に女性の姿。黒い長髪をポニーテールに結っている。黒峰曜子だ。今日も『治安会』のユニフォームとでも表すべき漆黒のスーツを着ている。彼女は対応しようと思ったらしい。端末を操作するのをやめた。隣に立っている僕のほうを見て小さく頭を下げて見せた。


「こんにちは、黒峰さん」

「こんにちは、忍足さん」

「元気?」

「元気です」

「それは良かった」

「忍足さんは、まるで気配を感じさせないヒトですよね」

「そう?」

「今も隣に立たれるまで気がつきませんでした」

「そう?」

「ええ。そうです」


 カタカタカタカタと、黒峰はまたテンポよくキーボードを叩き始めた。


「どんな事柄をメインに調べているの?」

「『OF』、『オープン・ファイア』についてです」

「彼らの存在は、君にとって興味深いもの?」

「創設者かもしれないとされている神崎という男が気になります」

「泉さんを不倫相手にしていた男だね」

「それって本当なんでしょうか」

「黒峰さんからすると、そんなことはあり得ないって思う?」

「泉さんは尊敬すべき先輩です。ですから」

「ですから?」

「いえ。なんでもありません」

「男と女の間には、なにがあってもおかしくない。その点はきちんと認識しておくべきだと思う」

「私は嫌です。不倫なんて」

「それが正論だとも思う」




 夜、黒峰と食事をともにした。選んだのは、ホテルの最上階に店を構える高級フレンチレストラン。「まずくはありません。でも、特段、美味しいというわけでもありませんね」と率直な感想を述べるあたりが彼女らしい。恐縮されたけれど、支払いは持たせてもらった。なにせこちらは男だし、その上、誘ったわけだからだから、格好くらいはつけさせてほしい。


 店を出たところでスマホがブルッた。ディスプレイを見ると通話の通知。相手は泉だった。「これから二件目に行くからおーいで」と言う。その旨を黒峰に告げると、「いいですよ。行きましょう」と快諾された。


「いいの? 別に無理をしてつきあう必要はないんだよ?」

「泉さん一人というわけではないですよね?」

「うん。本庄君もいるだろうね」

「楽しく飲んで、親睦を深めたいです」


 まったく、時折、黒峰は虚を突くようなことを言ってくれる。




 チェーン店の居酒屋の四人掛けだった。大きな体躯の本庄を壁際に押し込むようにして泉がどんと座っている。僕は彼の向かいの席についた。僕の隣には黒峰が腰を下ろした。


 泉が陶器のグラスに氷を入れ、ボトルから焼酎を注ぎ、それを僕の前に滑らせてきた。もう一杯、作ろうとする。だけど、黒峰は「すみません、泉さん」と彼女に待ったをかけた。「最初はビールがいいです」と要望を口にしたのだ。


「そうだったね。黒峰ちゃんは焼酎が苦手だったね。だけど、先輩に楯突くと、ろくなことにならないよ?」

「そうなんですか?」

「冗談に決まってるじゃない」


 やがてビールジョッキが運ばれてきて、四人で乾杯した。


 本庄が刺身を追加しまくって、赤身やサーモンを容赦なくつついている。そんな彼の頭を、泉はぽかっと叩いた。


「いってーな。なんだよ」

「アンタががっついてたら黒峰ちゃんが食べづらいでしょうが」

「割り勘だろ? だったら飲んで食ってしねーと損じゃねーか」

「やっぱり朔夜は馬鹿だね。メチャクチャ貧乏くさい」


 そう言って、泉が再び本庄の頭を引っぱたいた。


「大丈夫です。割り勘で平気です」

「黒峰ちゃん、ここは言っておこう。先輩が相手だからって、遠慮することはないんだよ。ウチって、そういう社風なんだから」

「串盛りとシーザーサラダを頼んでもいいですか?」

「ダメなんて言わない。黒峰ちゃんは本当に律儀だなあ」


 泉と本庄がぷかりぷかりと紫煙をくゆらす中、黒峰はあれこれと注文して、どれも気持ちよくまるっとたいらげる。彼らの喫煙を嫌う様子はない。あまり気にはならないのかもしれないし、あるいは気にしないと決めているのかもしれない。


「悠君、なんかないの? 連絡事項は」

「泉さんにお知らせしなければならないことは特にないです」

「私も朔夜も暇だからさ、なにかあるなら回してよ」

「前にもそんなことを言われました」

「そうだっけ?」

「はい」

「悠君はよく覚えているなあ」

「泉さんが忘れっぽいんですよ。まあ、それもポーズだろうとは思っていますけれど」

「実はその通りだったりする。立派な先輩でいたいからね」

「本庄君は暇が好き? それとも忙しいほうが好き?」

「そりゃ先輩、適度な加減が一番ッスよ」

「そうかな? 君は、なんにでも積極的に首を突っ込もうとするタイプだと思うけれど」

「まあ、そうかもしれないッスね」


 僕がごつごつしたねずみ色の陶器のグラスに焼酎を注いでやると、本庄は「恐れ入るッス」と謝辞を述べてから、ストレートで飲んだ。ヒトを駆逐するためにできているようなゴツい体。ともすれば短絡的とも表現できる思考回路。僕は彼のそういった構成要素が好きだ。本当に、可愛い後輩なのだ。


 酒宴が終わり、表に出た。泉と本庄は挨拶もそこそこに速やかに身を翻して雑踏の中へと消える。多分、彼らがこのまま夜を終えるだなんてことはないだろう。それこそ、男女の話だ。安っぽいホテルに入るところも想像できるし、ちょっと値の張るところに寄るケースも考えられる。あるいはどちらかがどちらかの自宅に招いたりするのだろうか。二人がいつまでも仲良くあれればいいなと本気で考える。その思いに嘘偽りはない。


「忍足さん」

「うん?」

「酔いました」

「確かに少し顔が赤いね」

「忍足さん」

「今度はなんだい?」

「私達、手くらい繋いだほうがいいんでしょうか」

「またいきなりの提案だね」

「なんとなく言ってみました」

「僕は先輩、君は後輩だよ」

「だけど、仲間です」

「そう、仲間だ。恋人じゃない」

「仕事熱心なのはいいことだと思います」

「ちょっと話が飛躍したね」

「私、『治安会』の仕事、精一杯、がんばります」

「今の職に、今の自分にこだわる必要はないと思うけれど」

「がんばるんです。立場にしがみついて見せます」

「なら、応援するよ」

「ありがとうございます」


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