13.
時刻は二十二時を回ったところ。車もまばらな時間帯のバイパス。黒いベンツを転がしているのは本庄。
「悪かったね、朔夜。なにも知らせないまま連れ出して」
後部座席から泉にそう声を掛けられたのを受けて、本庄が「テメー、ぜってー悪いなんて思ってねーだろ」と乱暴な口調で答えた。「おまえが俺になんの情報も伝えねーってのはいつものことだからな」と続けた。
「んで、今日の仕事はなんだよ。わざわざSクラス様まで借りてよ」
「偽装」
「偽装だあ?」
「それっぽい車のほうが説得力があるでしょ?」
「内容を話せ、内容を」
「武器を取り引きしている連中のお話」
「最近、なんかそういう案件が多い気がすんな」
「刑事っぽい仕事って好きだな。私は今の職業が気に入ってる」
「知るかよ、んなこと。で、武器商人なんて、どうやって見つけたんだ?」
「いつものルート。『情報部』が積極的にあらゆることを調査した結果だよ。その上でボスから指令が下りてきた。初期対応をしたのは悠君。ホント、上手いことやってくれた」
「上手いことってのは?」
泉の隣に深く座り、相変わらず首にヘッドホンをさげている僕は、腕を組んだまま「たまたまですよ」と口にした。「なにもかも都合のいいように回ったのは偶然です」と念を押すように言った。
「察するに、忍足先輩は買い手か売り手、そのどっちかとナシつけたんスね?」
「売り手と交渉した上で、現状、彼らには踊ってもらっているんだ」
「デコイってわけッスか」
「そう。買い手からコンタクトがあったら連絡してくるようにと言ってある」
「その連絡があったってわけッスね。合点がいったッスよ。手段についても承知したッス」
「君の正義感に則したやり方かな、本庄君」
「正義感って言葉は嫌いッス。薄っぺらくて偽善っぽいから。俺はいつもやりたいようにやってるだけッスよ」
「頑なな君はかわいらしいと僕は思う」
「かわいいとか言っちゃうんスか」
「悠君と同感。アンタって基本的にかわいいんだよ。ベッドの上では狼を通り越してライオンになっちゃうけど」
「うるせーよ。で、段取りは?」
「悠君が売り手の代表で、私がそのボディーガード」
「はあ? ちょっと待てよ。だったら、俺はなにすりゃいいんだよ」
「黙って煙草でも吸ってな」
「くだらねぇお役目だ」
「万一の時は、すぐに車を回してもらわないといけないでしょ」
「本庄君」
「なんスか、先輩」
「今夜の君は、癒し系であればいいんだよ」
「癒し系とまで言っちまうんスか」
「たまには先輩に任せてもいいと思うよ?」
「そう言われると弱いッスね」
「やっぱり君はかわいいよ」
「だから、それはやめてくださいッス」
予定通りの時刻に、買い手の事務所に到着した。なんの事務所ってヤクザの事務所だ。サングラスの男二人に迎え入れられ、部屋へと通された。僕は二人掛けの席の真ん中につく。泉は座らない。ソファの隣に立ったまま控える。親分殿であろう禿げ頭の人物が「どっこらせ」と向かいの一人掛けについた。彼も脇に男を従える。がっちりとした体躯の男だ。ぱっと見、それなりに迫力がある。
仕立てがいいであろう紺色に白いストライプが入った背広を着込んでいる親分っぽいニンゲンが腕も脚も組み、ふんぞり返った。
「いやあ、『藤岡組』さん。ご足労いただいて申しありませんな。だが、もう一つ、申し訳ないことがある」
対応には僕が当たる。「どういうことですか?」と尋ねた。
「貴方はお若い。しかし、武器の売買に関しては実質的な責任者だと聞いている」
そういう決め事だ。あとはタイミングを見計らって速やかにお縄についてもらうわけなのだけれど、実を言うと泉とは仕掛ける方法についてまでは打ち合わせをしていない。なるようになる。その認識は共有していることだろうし、実際、なんとでもなると考えているわけだ。
「いやあね、『藤岡組』さん。最近、そちらから仕入れるのは割に合わないという文句が部下から上がってきていてですな。若い連中は、そのへん、気にしているようなんですよ」
「取り引きをやめたいと?」
「正直、そうですな。あるいはご存知かもしれませんが、ことクスリの扱いについては、現状においても、お互い、商売敵だったりするわけでしてな。言ってみれば、今までの関係がイレギュラーだったんですよ」
「なるほど。要するに、ウチと喧嘩をする準備が整ったということですね?」
「ま、平たく言うと、そういうことですわな」
「わかりました。では、今夜、呼ばれたのは、手始めに僕達を血祭りにあげて、こちら側に揺さぶりをかけようと思われたから?」
「そんなところです。いけませんかな?」
「お話は理解しました」
「でしたら、お願いします。私どもの上げる狼煙として、ここで死んでやってください」
誰より早く動いたのは泉だ。懐から抜き払った拳銃で相手のボディガードの顔面を撃ち抜き、続いてすぐに親分の眉間に銃口を向けた。壁際に立つ格好で組員が僕達を囲んでいて、彼らは先程から溢れんばかりの色気を放つ泉のことを邪かつ助平な目で見、あるいは口元に笑みまで浮かべていたのだけれど、いきなりのっぴきならない状況になったわけで、だから慌てたようにして一斉に銃を手にした。
親分殿は小さくハンズアップ中。僕は静かに「こういうことなんですよ」と言った。「僕達は、まあ警察みたいなものです。そう遠くない未来に売り手の『藤岡組』にまで手を伸ばし、悪はすべてとっちめようと考えています」と告げた。
「け、警察がヒトを殺すのか?」
「親分さん、警察みたいなものだと言いました。すなわち、厳密に言うと警察ではないんです」
「だったら、いったい……」
「『マル暴』を呼びます。大人しくしてくださいね」
「わ、わかった。だから鉄砲は引っ込めてくれ」
「物分かりがいいヒトは好きですよ」
普段から暴力団を相手にしているスーツ姿の刑事らには、「おまえ達は何者なんだ?」みたいな顔をされたけれど、速やかに引き継ぎ終えた。ろくに名乗りもしないまま、現場をあとにした。事務所の脇の路地にとまっているベンツの運転席では、本庄がぷかぷかと煙草を吸っていた。僕と泉が後ろに乗り込むと、彼は速やかに発車させた。やがて表通りに出して、白い街灯のもと車を流す。
「上手くいったみてーだな」
「当然。悠君との業務は進めやすいったらありゃしない」
「そう思うなら、俺とコンビなんて組んでんじゃねーよ」
「パーフェクトワークばかりだとつまらない」
「そういうもんかねぇ」
「そもそも、悠君は一人で行動したいヒトでしょ?」
泉の問いに対して、僕は「まあ、そうですね」と返答した。すると、本庄が「それって、どうしてなんスか?」と訊いてきた。
「自分一人で行動を起こして、その行動に責任を持つ。そういうのが性に合っているからかな」
「となると、伊織なんかと組んでる俺はまだまだ情けないってことッスね」
「そうは言ってない。気が合う仲間と仕事をともにする。それはそれで気持ちのいいことだから」
「忍足先輩」
「なに?」
「そもそも、先輩はどうして今の職を選んだんスか?」
「その質問に答えるにあたっては、まずは君の動機を知りたいな」
「刑事をやってるより給料が良かったからッス」
「それは嘘じゃないの? 実は『治安会』で仕事をしたほうが、自分が理想とする社会を築くにあたっては近道だと考えたんじゃないの?」
「そこまでおこがましい考えは抱いてないッスけど、ぶっちゃけにぶっちゃけちまうと、実はまあ、そんなところなのかもしれないッスね」
「そのモチベーションは維持したほうがいいと、僕は思う」
「『マトリ』の局長って、くだらない奴なんスか?」
「話が飛んだね」
「どうなんスか?」
「優れた上司ではないよ。後藤さんとは比べ物にならないんだ」
「となると、いつ組織がぶっ壊れちまってもおかしくないってことッスか?」
「その可能性は多分にある」
「『マトリ』って、もっと高級な奴らだと思ってたッスよ」
「彼らだって、ただのニンゲンだよ」
泉は煙草に火をつけると、「悠君」と声をかけてきた。「君はウチ向きのニンゲンだと思うな」などと不意に言ってきた。
「どうしてですか?」
「ウチはちゃんとした居場所だからね。上のことを信用できないなんて、それって百歩譲っても拠り所とは言えない。それでもまだ『マトリ』、あるいは『特強班』に未練があるっていうの?」
「泉さんが相手だから正直に話します。未練がないとは言い切れません。かつての仲間達であるわけですから」
「君の優しさが窺えるセリフだね」
「それって、しょうもない感情だと思われますか?」
「思わない。思わないけど、切り離してしかるべきだとは考える」
「なぜですか?」
「袂を分かったニンゲンとは二度と分かり合えない。それが私の持論だから」
「泉さんとの会話は勉強になります」
「本当にそう思ってる?」
「思っていますよ」
本庄が「あんま真に受けないほうがいいスよ」と口を挟んだ。くわえ煙草の彼に向かって「うるさいよ、後輩」と言ったのは泉だ。「へいへい」と彼は肩をすくめて見せる。相変わらず、とことんいいコンビだ。男と女でこれだけ上手くコミュニケーションをとりつつ事を成す。それって結構、難しいことだと思う。




