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11.

 後藤の「たまには顔を出してあげなよ。忍足君は我が組織で一番の人気者だから」という言葉を真に受けたわけではなく、ただ手が空いていることもあって、ホワイトドラムを訪れた。


 二階のオペレーションルームに入る。暗い部屋。ハイスペックのPCが段々畑のような配置でずらりと並んでいる。稼働中なのは計七台。オペレーターの女性が一人、両手を突き上げ、うんと伸びをした。その様子がなんだかとても微笑ましく感じられた。


 他の端末を統括するような、いっとう高い位置に管理者PCがある。それを使っていいニンゲンは『治安会』の中でも限られている。その管理者PCのディスプレイを見ながらキーボードを叩き続けている女性のすぐ後ろに、僕は立った。異常な速度のブラインドタッチ。業務の邪魔をするつもりはないけれど、ここに来た以上、声をかけないのもなんなので、彼女の頬に頬を寄せた。


「こんにちは、忍足さん」


 その女性はディスプレイを見たまま、実に冷静に言った。名前はくろみねよう。『治安会』の『実行部隊』の一人だ。


「黒峰さん、なにか面白いことでもある?」

「『亡国の騎士団』のアクセス履歴を洗った結果、やはりサイバーテロの痕跡が見つかりました。彼らを処罰するにあたって、充分な証拠が出揃っています」

「大ちょんぼだね。ログを残してしまう時点で、たかが知れている」

「もともと、小者なんでしょう? 組織の名称だけは一丁前ですけれど」

「ところで」

「はい」

「休憩しない?」

「わかりました。おともします」


 三階にあるフリースペースに移動した。他に職員はいない。ヒトの数に対してホワイトドラムは広すぎるように思う。とはいえ、なにかの有事の際には役に立つのだろう。例えば、どこぞの政府機関が機能不全を起こした際には、代わりの拠点として運用される、みたいな。そこまで見越した上での設計ではないか。後藤ならその程度のリスクヘッジはしておくに違いない。


 ペーパーカップホルダーを二つ手にし、黒峰は戻ってきた。プラスティック製の軽い素材の席につくと、ふーふーっと執拗なまでに息を吹き掛けてから黒い液体を口にする。猫舌なのかもしれないとは、以前から思っていた。


「忍足さん」

「なんだい?」

「忍足さんだけです。私のところに顔を出してくださるのは」

「寂しいの?」

「いえ。事実を述べただけです」

「例えば、本庄君が尋ねてきたら、どうだい?」

「フツウに話せます」

「泉さんなら?」

「やっぱり、フツウに話せると思います」

「君は現場経験が少ないことを気にしているの?」

「正直、そうです。なにせ最年少ですから」

「前職が軍属だったという時点で、僕からするとスゴいように思えるなあ」

「私からすると、忍足さんのほうがスゴいです。厚労省の『マトリ』だなんて、噂だけの集団かと思っていましたから。本当にいるんだってわかってビックリしたくらいです。それにしても」

「それにしても?」

「私がただの通信兵だったというのは、以前、お話しした通りです。そうであるのになぜ、後藤代表は私を『治安会』のメンバーにスカウトしたのか。そのあたりを常々不思議に思っているんです」

「後藤代表だなんて呼んだら、彼は堅苦しいって嫌がるよ」

「言い方を変えます。どうして後藤さんは私を勧誘したんでしょうか」

「その問いは重要かい?」

「そうでもないと思います」

「あえて言っておこうと思う。彼の眼力は確かだよ」

「わかりました。了解です」

「君は冷静なのにかわいげがあるね」

「かわいげ、ありますか?」

「あるよ」

「照れます」

「照れてないよね?」




 後日、電話にてなにか仕事はないかと問い合わせると、後藤から「洗ってみてほしい事柄がある。一人、いや、複数かな? とにかく、爆弾魔のことだ」との答えがあった。まだあまり突っ込んだ捜査はしていないらしい。暇だ暇ですとうるさい僕に打ってつけの案件だと判断したのだろう。情報収集、犯人逮捕、事後報告。それら三つのフェーズを任せてやるから存分に励めということだ。業務を遂行するにあたっては黒峰を連れて動けとのこと。『実行部隊』で食っていくにあたり、彼女にまだまだ経験が不足しているのは事実だから、可能な限りサポートしてあげたい。


 目標をきっちりと定義し、効率性を重視しつつ仕事を推し進めた。方々ほうぼう手を尽くして、爆発物をさばいていると言われる、とあるやからの尻尾を掴んだ。港湾地区にある倉庫が保管場所になっているらしいというところまで知るに至った。しかし、とある輩の居所はわからない。だからとりあえず、ブツの回収を優先することにした。


 その日の夜、予定の時刻通りに現場を訪れ、僕が勝手口のシリンダー錠をピッキングで静かに解錠すると、黒峰が先に踏み込んだ。ヒトの気配はまるでしないものの、彼女はあちこちに素早く銃口を向け、警戒することに余念がない。それなりに堂に入った動作だ。若いのにサマになっている。大したものだと素直に思う。


 僕の前に立って倉庫内をチェック、彼女はクリアリングする。そしてまさに「クリア」と口にした。


「爆弾なんてありませんね」

「そうだね。まあ、そうじゃないかとは思っていたんだけれど」

「そうなんですか?」

「こういった偽装はままあるからね。……あ」

「なんですか?」


 僕は立てた人指し指で唇にふたをした。黒峰はきちんと押し黙った。


 カチッ、カチッ、カチッ……。


 目覚ましに使われるような時計の針の音が規則正しく鳴る。その出所を探った。鉄柱が積み上げられていると思しき箇所から聞こえてきているようだ。かぶせられているブルーのシートを取り払った。するとだ。H型鋼の上にプラスティック爆弾が置かれているのを見つけた。サイズは大きくない。


 僕はさっと身を翻す。黒峰の体を抱きながら押し倒し、その上に覆い被さった。彼女の頭部を胸に抱える。次の瞬間、地響きのような重低音が全身に伝わった。がらんがらんというのは、H型鋼が吹っ飛んで地面に転がった音に違いない。


 火薬の匂いがぷんと鼻をつく中、僕は立ち上がって黒峰に右手を差し出した。その手を掴んで彼女も立ち上がる。


 黒峰は冷静だった。「全然、クリアじゃありませんでしたね」と述べ、ぺこっと頭を下げて見せた。「ごめんなさい、忍足さん」と謝罪したくらいだ。


 僕は「まったく、剣呑な事案だね」と言い、吐息をついた。「これは片づけておかなくちゃ。長引かせるのは良くない」と続けた。


「時限装置を使ったのはどうしてでしょう」

「さあ。ここを畳むにあたって花火を仕掛けたというだけじゃないかな」

「それじゃあ、私達は運が悪かった?」

「間が悪かったとも言えるね。偶然、爆破の現場に居合わせたわけだから」

「犯人は言わば、ハリネズミなんでしょうか」

「いや。単なる臆病者だよ」

「プロファイリングですか?」

「そんなモノを持ち出す必要もない。奴さんは単なるビビりだ」

「そうですか?」

「うん」

「とはいえ、爆弾を売らないことには収入が得られない」

「そうだね。だからまだまだ蠢き続けると思う」

「どうしたらいいでしょうか」

「黒峰さんはどう考える?」

「ネットにもう少し深く潜ってみようと思います」

「それでわかるの?」

「忍足さんには、今回の爆弾の種類がわかりますか?」

「なにせ炸裂してしまったわけだからね。確かなことは言えないけれど、一般的な観点で判断すると、恐らくコンポジションC4だろう」

「わかりました。そのコンポジションC4を強く強く欲しがっている。その情報をあちこちのローカルネットにばらまきます」

「それは妙案かもしれない。だけど、そもそもさ」

「なんですか?」

「いや。この倉庫が言わば爆弾の貯蔵庫だということを、黒峰さんはどうやって知ったのかと思ってね」

「秘密です」

「言えないの?」

「どうしても聞きたいですか?」

「ううん。そこまでってほどじゃない」

「じゃあ、やっぱり秘密です」

「黒峰さんには黒峰さんのコミュニティがあるということだね?」

「だけどです。私が得た情報なんて、その時点で錆びついているのかもしれません」

「僕は君を評価しているし、使えるニンゲンだとも思っている。これはちょっと偉そうな言い方かな?」

「いえ、嬉しいです。頑張ろうって思います」

「イイコだね」

「照れます」

「照れてないよね?」




 一件だけ、C4の売買に関してリアクションがあったらしい。取り引きに応じてくれるということだ。「確証は得られていません。難しいところです」と黒峰は言ったけれど、取っ掛かりができたというだけで御の字と言える。


 取り引き先は某クラブのVIPルーム。部屋へ入るにあたっては黒峰が先発する。「今回は私にやらせてください」と強く言われた。彼女は彼女なりに今の立場を理解し、その上で自らが成せる仕事の範囲を広げたいのだろう。修行、あるいは研鑽を積みたいという心意気は素晴らしい。


 VIPルームへ。ブルーの間接照明が室内を淡く照らし出している。中央のソファには青いジャケット姿の男。彼は両手でそれぞれ露出の多いドレスを着た女性の肩を抱いている。


 黒峰が拳銃を抜いた。いきなりのことにビックリしてだろう。青いジャケットの男は目を見開いて万歳をし、両脇の女性らは速やかにはけた。


「”CK”さんですね。合ってますか?」

「あ、ああ。アンタが”スプーキー”なのか?」

「そうです。率直に伺います。C4はどこですか? どこかにまとめてあるんでしょう?」


 黒峰からそう問われた途端、ハンドルネームであろう、”CK”という名の男が「ふへっ、ふへへへへっ」と気味の悪い笑い方をした。


「なにがおかしいんですか」

「爆弾を一つ、こっそりクロークに預けてある。スイッチを押せば爆発するぜ?」

「だったら、そのスイッチを出してください」

「出すわけねーだろ」


 問答すら面倒だと思ったので、僕は撃った。”CK”とやらの両肩をサプレッサー付きの拳銃で素早く撃ち抜いた。「ぎゃあっ!」という悲鳴。今度は左右の前腕に銃撃を浴びせる。また、「ぎゃああっ!」という醜い声。ジャケットの右のサイドポケットを探ってみると、細いアンテナが付いた小さな機械が見つかった。安易な仕掛けだからこそ危なっかしい。押しボタン一つで多数の死傷者が出てしまっては目も当てられない。未然に防ぐことができて良かった。




 翌朝、PCでメーラーを起動させると、黒峰からメールが届いていた。Toは後藤、Bccに僕。添付ファイルの内容はこのたび関わった爆弾騒ぎ及び犯人逮捕に至るまでの報告書。事実が時系列で書かれていて、考察、改善点なども交えて記されている。生真面目な文章で、彼女らしいなと思わされた。


 だけど、最後の一文だけは少し毛色が違っていた。


<忍足さんになら自分の命を預けられると感じました。>


 僕は吐息をつき、口元を緩めた。「買い被りすぎだよ」という言葉が自然とこぼれた。


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