帰還したけども困惑する☆
「……てな感じでシレツな闘いを経てやっと戻ってこれたのよ~」
紫月家の敷地内にある道場で女の子の声が響きわたった。その碧色の長い髪の女の子は祈るように手を組み大きな緋い瞳をキラキラさせながら、
「あの時は本当に死んだと思った……カワイそうな私……って獅子!私の物語、ちゃんと聴いてる!?」
女の子の傍らで獅子と呼ばれた男は胴着姿で突きや蹴りの素振りをしていた。獅子は半ばめんどくさそうな表情で返答した。
「もうその話、何度目だよ……」
獅子の返答を全く聴いていない女の子は続けて喋りだす。
「でねでねーあの時はね~……」
獅子は思った。
(女の子はおしゃべりが好きだなぁ
この娘が本当に【元俺】だなんてねぇ…………)
ここは何の変哲もない地球。島国 日ノ本国のやや北方にある都市【千代市】。
物語はここから始まる。
ゴールデンウィークを明日に控えた4月某日。千代市の中心部から少し北部にある寺町。その一角の、古びた石造りの鳥居を抜け700段程もある石階段をのぼった高台にある古い神社の境内。
空も白む夕暮れ時、普段は人気のない筈のこの場所に、空気震わす打撃音が何度も響いている。
打撃音の正体は2人の武道家の立ち会いによるものだった。2人とも高校生であるが、少年と呼ぶには立派な体躯、鍛え抜かれた身体をしている。
1人目の男の名は紫月 獅子。16歳の男子高校生である。タンクトップに制服のズボン姿。靴は履いておらず裸足だ。鍛え抜かれた身体には無数の古傷が刻まれている。その黒い頭髪は無造作にのばしたようであるが、若獅子のタテガミの様であり躍動している。目鼻立ちは整っており、黒い瞳には闘志が宿る。時折白い歯を見せニカリと笑う。この闘いを楽しんでいるような表情だ。
対峙する男の名は白峰 尚輝。15歳。獅子と同じ高校の制服姿のようだが着こなしは真逆だ。ブレザーを端正に着用しネクタイにはタイピンも付けている。栗毛色の頭髪は綺麗にオールバック気味に整えられている。獅子よりも線は細いが身長はやや高い。袖からはチラリと見える高級そうな腕時計。容姿端麗であるが、高校生と言うよりは若社長、青年実業家の様にも見える。その切れ目でブラウンの瞳は冷静に獅子の動きを捉えている。
二人の腕と腕、膝と膝がぶつかり合い、凄まじい打撃音が辺りに響く。お互いにクリーンヒットは許しておらず、息も上がっていない。
辺りは暗くなり始め、この古い神社にも薄暗い街灯の灯りが灯った。獅子が放った強烈な中段突きを、尚輝は後方に遠くまで飛び退き避け、間合いが離れた所で獅子がふぅーっと息吹し、口を開いた。
「暗くなってきたなぁ。尚輝、もう少し続けたい処だけどよー」
獅子は腰に手を当て、ツンツン髪の頭をポリポリと掻きながら話を続ける。
「次の一撃で終わりにしないか?夕飯に遅れるとお袋が怒るんだよ」
尚輝は腕を組んで眼を瞑り額に人差し指をあてながら、フッと笑い返答した。
「良いだろう、獅子。次の一撃でお前を跪かせてやる」
そう答えると尚輝は眼を開き、やや前屈みになり脇を締め拳を握りボクサーのようなスタイルで構えた。
対する獅子は白い歯を見せニヤリと笑い、腰を落とし脚を開き左半身を尚輝の方へ向け、右手を腰に据えて構えた。空手のようなスタイルだ。
二人は古寺へと続く石畳を挟み、対面している。そして暫く二人は睨み合い、攻撃の機を伺う。
――辺りは静寂に包まれている。二人が激突せんと目を見開いた刹那!それは起こった!
対面する二人の中央部の空間にバリッ!と電撃が走った!二人は驚き、動きを止める。バチバチと音を響かせ電撃は幾度も走り、やがてその場所に黒い玉のようなものが現れた。玉というか、まるで空間に黒い穴が開いたようだった。
「な、何だぁ!こりゃぁ!」
腕で眼を覆いながら獅子が叫んだ。
「…………ッ!」
尚輝もまた眼を覆いながら状況を静観した。間もなく玉は爆音とともに強烈な光を放ちスパークした!
……暫くして辺りは静寂を取り戻し光もまた消え去った。二人は眼を開き、玉の有った場所を見る。
――そこには
キラキラと光の粒が落ちる碧色の長い髪。跪いている為、顔はよく見えないが、スカートから露出している細めの太ももは輝くように白く透き通っている。
女の子だ。二人の目の前に女の子が突然、現れたのだ。驚き、言葉が出ない二人であった。少しの間を置き女の子はすぅっと立ち上がって顔を上げ、そしてゆっくり瞳を開いた。
長い睫毛。濡れた大きな瞳は人間とは思えない様な緋い色をしている。碧色の長い髪。透き通るような白い肌とぬれたピンク色の唇。二人の身長と比べるとかなり小柄なこの女の子。それはこの世のモノとは思えない程の美少女だった。だがその表情は虚ろで心ここにあらず、といった感じだ。
その身に付けている物も異質だった。銀色の金属製の胸当て、同じ金属プレートを縫い付けた様なミニスカート、履いているロングブーツもまた銀色の金属製だ。そして腰には鞘に収まった西洋の剣を身に付けている。小柄な女の子の身体のサイズにしては長そうな剣だ。
獅子は佇む女の子を眺めながらその周りをソロリと迂回し、尚輝の隣まで来た。そして尚輝にひそひそと問いかけた。
「お、おい何の冗談だ!?こりゃぁ……」
女の子を眺めながら尚輝は静かに答えた。
「解らん。一体何が起こったのだ?」
尚輝は腕を組み右手の人差し指を額に当てて思考をめぐらせる。
「ウム……この扮装、コスプレ少女……か?」
「何でコスプレ少女が突然現れるんだよ」
「花火を放ちながら神社の屋根から飛び降りたのでは?」
「俺達以外に何の気配も無かったろ」
男二人がひそひそと議論しているうちに、女の子の虚ろな瞳に光が戻ってきた。
「うっ……ううっ……生きてる……私……生きてるの?」
女の子はか細い声で呻く。そして二人には気付かず辺りを見回した。
「……此処はどこ?最果ての地じゃ無い……
何処か違う地に転移したの……?
でもこの場所、見覚えが……」
女の子はブツブツとよく解らない事を言っている。男2人はその様子を取りあえず見守る事にした。
二人に背を向けたまま暫く辺りを見回していた女の子であったが、
「ああーーーッ!」
唐突な、女の子の甲高い叫びにビクッと驚く男二人であった。
「こ こ 此処はっ…青刃神社!」
そして女の子は泣きそうな声で呟いた。
「戻って……戻ってきたんだ……」
青刃神社とはこの古い神社の名前である。
感無量といった表情の女の子であったが、次の瞬間ハッとした表情に変わった。
「あれっ?あれれっ!?でもこれは」
女の子は自分の髪や顔、身体をペタペタと何かを確認するように触っている。そしてポツリと言った。
「【戻って】無いんだ……」
(戻ったとか戻ってないとか何言ってんの?この娘)
(うむ……いよいよもってオカシイ娘だな……)
女の子の奇妙な行動を訝しみながら、男二人がひそひそ話しているとその気配に気付いたのか、女の子が二人の方を振り向いた。そして女の子を見つめていた尚輝と目が合った。
「?あっ……あーーーッ!」
女の子は尚輝をまじまじと見ると驚きの声をあげた。そして嬉しそうに微笑み、続いて言った。
「な 尚輝っ……尚輝じゃんっ!懐かしいなぁ……全然変わってないなぁお前は……」
(何だ お前の知り合いじゃねぇかよ)
獅子がひそひそと尚樹に言った。尚輝は腕を組んで右手の人差し指を額にあてながら
(知らん 知らんぞ。こんなオカシな娘は)
普段は冷静沈着なこのイケメンも少し困惑気味だ。
女の子の瞳が獅子の方を向いた。女の子の緋色の瞳が獅子を見つめる。その瞬間、女の子の表情が一変した。嬉々とした表情だったのが一瞬フリーズし、驚きの表情に変わっていく。大きな瞳は更に大きく見開き、小さいお口もあんぐりとあいている。顔色は真っ青になり、そして女の子は叫んだ。
「何……これ?
なん……何なの?……何で?
な な な
何でぇぇぇぇぇェェェ!!!」
キーーーン…………
ものすごい金切り声の絶叫が神社の境内に木霊し、木々に泊まり羽を休めていた鳥たちは一斉に飛び立つ。そして男二人は思わず耳を塞ぐ。
(うぐっ……おい獅子。お前この娘に何かやったのか!?)
(し 知るかよ!)
アセアセとする男ふたり。
女の子は頭を垂れてうなだれ、そしてブツブツと呟いている。
「……れは
これは何かの間違いよ……
幻覚……?じゃあ目の前のアレは……
ニセモノ……ニセモノよ……」
女の子はうなだれたまま上目で、怨念のこもったような眼で獅子を睨みつけている。獅子は苦笑いしながら女の子を見つめたまま尚輝に話しかけた。
(おい!尚輝、あの娘マジでヤベーよ!
なんで俺の事あんな目で睨んでくるんだ?
ニセモノとか言ってるし…コエーよ!)
ビビる獅子に対して尚輝は冷たく言った。
(フン……俺が知るわけ無いだろう)
男二人がそんなひそひそ話をしている最中、女の子は腰ベルトに付けている鞘から剣を静かに抜いた。そして幽鬼のような形相で、焦る獅子を睨みつけ絞り出すように言葉を発する。
「ニセモノ……コロス……」
登場人物
女の子
コスプレ女の子剣士?
紫月 獅子
爽やか逞し高校生格闘家
白峰 尚輝
イケメン金持ち高校生格闘家