闊歩
登場人物
紫月 獰虎
妻に叱られお使い武人
紫月 マナ
片付け億劫女の子
紫月家のある住宅街のすぐ近くの商店街。ゴールデンウィークのある昼下がり、歩を進める巨躯の男がいた。
紫月 獰虎。紫月パパである。黒い胴着姿で、巨大な脚には藁で編んだ草履を履いている。サイズの合う靴が少ないので、紫月ママお手製の草履だ。
その岩みたいなゴツい指にはお花の刺繍されたトートバックが引っ掛けてある。コレもまた紫月ママのお手製のマイバッグだ。
闘気を発しながら苦虫を噛み潰したような表情で歩く紫月パパ。どうやらママに指示されて、お使いに来たようだ。
「おっ!紫月さん。今日は【イサキ】がオススメだよ!」
「いらっしゃい!旦那さん!愛媛から【せとか】が入荷したよ!どうだい?美味しいよ!」
商店街の店主さん達が話しかけてくる。異様な風体の紫月パパであるが、商店街の皆様にはお馴染みの顔のようだ。
巨躯の武人は買い物を終え、少し散歩でもしてから帰宅しようかと思い寺町の方へと歩を進める。と不意に後方から、
「見つけたわよ!」
「S級討伐対象の化け物めっ!」
武人が振り向くと其処には、耳の長い金髪の娘子が剣を構えて、巨躯の武人を見上げ睨みつけていた。娘子の傍らには、トンガリハットをかぶり杖を持った娘子と、白い修道女姿の眼鏡娘子が。
「私達がアナタを討伐するわよ!覚悟なさい!」
長耳の娘子が叫ぶ。明らかに玩具の剣と解る武器を構えながら。
(ヌ……!)
しかし紫月パパに冗談は通じない。勝負を挑んでくる者は羽虫であっても全力で叩き潰すのだ!
殺気こもった三白眼で娘子達を睨みつける武人。その顔面には太い血管が浮かび上がり、老獅子のようなたてがみがユラユラ揺らめく。岩のような指をメキメキと音を立てて広げる。
「ひっひぃぃ!コレは本気でヤバいのよね~!」
トンガリハットの娘子が顔面蒼白になって叫ぶ。
「リ、リーダー!この人はダメなヤツですよぉ!」
修道女姿の眼鏡娘も大慌で長耳の娘子を制止した。
「な、なんで止めるのよ!?コイツを倒せば貴重なドロップアイテムが……むぐ」
イキる長耳の娘子を他の2人が羽交い締めにし、その命知らずな口を塞いだ。
「ゴメンナサイ!ゴメンナサイなのよね~!」
「申し訳ありません~!私達遊んでいただけなんですぅ!」
「だから殺さないでくださ~い!」
泣きながら命乞いをする娘子達を見た武人はくるりと背を向けて、
「我ハ妻子待ツ身故」
「汝等ノ児戯二戯ル暇ハ無シ」
地を這うような野太い声で一言発すると武人は歩き去っていった。
ホッと一安心するトンガリハットの娘子と修道女姿の眼鏡娘子。長耳の娘子は剣を収めながら呟いた。
「なによ…面白くない……」
「てかあの化け物、奥さんと子供がいるの!?」
「化け物の子供……一体どんな醜い化け物なのかしら……」
もう既に出逢ってるとも知らず長耳の女の子はとても失礼な事を考えながら武人の背中を見送った。
歩を進める武人に、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
「もう勘弁してくれぇ!」
(ヌ…)
武人が眼を向けるとそこには…
「ボクからは逃げられないんだからね~☆」
「ひっひぃぃぃ!」
娘子?に追われ、情けない姿で逃げ回る。息子、獅子の姿があった。獅子は父親には気付かずに娘子?に追われながら去っていった。
(愚息…!)
武人は心の中でそう一言呟いた。
青刃神社の近くまで来た武人。ふと遠くを観るとまたしても見覚えのある娘子の姿を見つける。
碧髪の女の子、我が娘と認めたマナである。マナはいそいそとしながら早足で、石階段を駆け上がり、神社の方へと消えていった。
「……」
武人は特に気にもせず自宅への帰路についた。
家に居るのが暇、というか部屋を片付けるのが億劫であったマナは現実逃避がてら、アリエミア達とまた会えないかな?と思いながら外を散歩していた。
「クシッ!」
可愛いクシャミをするマナ。誰か私の噂でもしているのかな?と思う。
アリエミア達と出逢うことは無かったが(実は結構近くに居た)歩きながら、マナは異質な気配に気付く。
(誰かに観られている……!?)
ただ歩いているだけのマナであったが、何処からか視線を感じる。そしてその視線はヒリヒリと殺気を放っていた。
(親父でも獅子でもない……一体誰?)
(ならば……)
マナは気付かないフリをしながら歩を進める。
青刃神社の石階段を駆け上がり、高台の境内までやってきた。この寂れた神社は休日の昼間だというのに人っ子一人誰も居ない。境内の前までやってきたマナは立ち止まりゆっくりと振り返り叫んだ。
「……ここなら誰も居ないよ!」
「姿を見せたらどうよ!」
一瞬の静寂の後に、幾つかの小さい光が煌めき、マナの元へ飛んできた!マナはそれを後方に飛び退いて回避した。
「ナイフ……!?」
地面に刺さる数本の鋭利な刃物。
「この一撃を避けるか。やはりただ者ではないな」
涼しげな女性の声。マナが声の方へと瞳を向けると其処には……
杉林の闇に紛れるひとりの人影。黒き双瞳がマナを見詰めている。そしてその人物は一言
「貴殿の命は此処で終わる」




