証【あかし】
登場人物
紫月 マナ
なめ茸大好き女の子
「ああ……何だかやる気でないなぁ」
今日はゴールデンウイークの2日目。朝ご飯のなめ茸ご飯を平らげたマナは、窓をぶち破って悠遠に追われどこかへ逃亡してしまった獅子をよそに、紫月家1階の物置替わりの和室へと向かった。
部屋に着いたマナ。これから自分の部屋となる予定のこの場所を片付けなくてはならないのだけど、イマイチやる気が出なかった。
ガラクタでゴチャゴチャの部屋を眺めるだけで、何だか気持ちが沈む。マナはかろうじて空いている畳の部分に寝そべった。ちょっと埃っぽいけどこの際、気にはしない。
(久しぶりのこっちの世界……)
(昨日は何だかんだで楽しかったな)
マナは昨日の、アリエミア達との冒険を思い返して少し微笑んだ。
「……ッ!」
ザワッ
ふいに、部屋の戸の外から、とてつもない重圧感が発せられるのをマナは感じ取った。闘気、殺気か。空気が歪み、張り詰める。
(こ、これはまさか…)
マナは身を起こし、戸の方を見る。
ガラリ、とマナの部屋の戸が開いた。戸の外にいた人物は……
黒い胴着姿の鍛え抜かれた胸板がマナの瞳に写り込む。余りの巨躯ゆえに、首から上は戸の上部の位置よりも高く、見えないが……この人物が誰なのか顔を見なくてもマナには解った。
(お……おやじ……)
紫月 獰虎である。獅子とマナの父親である巨躯の武人。寡黙なこの男が自身から行動を起こす理由はただひとつ。
(うう……物凄くイヤな予感が……)
マナは父の胸板を見ながら思った。
「支度ヲ整エ、道場ヘ参ジヨ」
久々に聞く父の声。空気を震わす野太い声が部屋に響き渡った。紫月パパはそう一言だけ言葉を発すると、背を向けて去っていった。
「……」
「うう……やっぱり……」
マナは重い腰を上げて、ゴソゴソと着替えを始めた。てかノックしてよと思いながら。
此処は紫月家の敷地内に隣接する道場。【紫月流格闘術】を教える道場であるが、門下生は息子を除いてひとりもいない。あまりの修練の厳しさについて行ける者が居ないのだ。
巨躯の武人は、道場の奥に武士の如く座して瞑想し、娘子と称する者の来訪を待つ。
ガララと入り口の戸が開き、碧色の髪の女の子が入ってくる。
「来たよ。おやじ」
マナは、昨日、獅子と朝練を行った装いで道場に現れた。髪はポニーテール。ただし、靴は履いておらず裸足だ。
マナの声を聞いた武人はゆっくりと立ち上がり、瞳を開いた。白目のような三白眼がマナを睨みつける。そして一言言葉を発した。
「我ガ血脈ヲ受ケ継グト称スノナラバ……」
「ソノ証ヲ示セ」
巨躯の武人は脚を開いて腰を落とし、闘いの構えをとる。白髪混じりの獅子のたてがみのような頭髪がゆらゆらと揺らめいている。殺気こもった瞳をマナに向けながら……!
(うう……やっぱりそうきたか……)
マナの眼前にはやる気満々の紫月パパの姿。マナもしょうがなく闘いの構えをとる。
(デカい身体だなぁ…なんていう殺気……)
(てか女の子に何するつもりよ……)
そんな事を思いながらも、ライオンは兎を殺すときも全力、みたいな言葉を体現したような父親である事を思い出してきたマナであった。
苦虫を噛み潰したような表情でマナを睨む父。半分程の体躯しかないマナもまた、闘気こもった瞳で父を見つめる。先に動いたのは……
ズン!という凄まじい踏み込みと共に武人の巨拳がマナに襲いかかる!掌底を放っただけであるが、疾風のような速さで、常人には避ける事は出来ないし、当たれば致命傷は免れない!
しかし、武人の掌には何の手応えも無い。ひらりとかわしたマナは跳び箱を跳ぶかのように、武人の巨腕の上で倒立し、華麗に一回転して武人の背後に着地した。
(蝶ノ如クカ……)
武人は振り返り、娘子の方を見た。しかし遠くに飛び退いた娘子の姿は一瞬にして武人の視界から消え去った。
(ヌ…!)
瞬く間に間合いを詰めた、マナの飛び後ろ回し蹴りが武人の頭部にヒットする!そして続けて空中で2発の蹴り、そのまま着地して腹部に肘打ち、膝に前蹴りと次々とヒットした。
マナは闘志こもった瞳で疾風の如く攻撃を継続する。相手が獅子や直輝ならば、とっくにダウンしているだろうが……
(か、固い……!)
(それに全く表情が変わらない……)
(効いてるのかなコレ)
暫くマナの攻勢が続いたが、武人が両腕を胸の前で交差させ、ヌンッ!と一喝すると、マナは弾き飛ばされ、後方に着地した。
(全然効いてないの……!?)
マナは再び構えをとった。
「汝ノ体術、讃歎ニ値セリ」
野太い武人が言葉を発する。
(それって私を誉めてくれたのかな?)
マナはちょっと安堵したが武人はなおも言葉を続ける。
「ナラバコソ我ガ全霊ノ拳ヲ……」
「ソノ身ニ振ルワン……!」
武人は再び腰を落とし、構えを取る。その顔には太い血管がビキビキと浮かび上がり、先程よりも遥かに強大な闘気を発しつつ……!
(ううっ……甘くなかった……!)
マナもまた構えて娘に対して全力で殴ってきそうな父を睨み見た。
武人の巨躯の周りの空気が揺らめいている。熱によるものか、闘気によるものなのか……!マナの瞳には巨躯の武人が更に巨大に映る!
武人がその巨大な足で大地を踏み込む。その瞬間……
ビシッ!!
という音と共に地面が割れた!地割れは7メートル程先のマナの足元まで届き、マナは脚を取られてバランスを崩した。
(こ、コレは【震脚】!マ、マズい!)
震脚とは中国拳法で用いられる歩法である。大地を踏みしめ、その反動を打力として用いる。踏み込みが強ければ強いほど、次の打撃の威力が増大するのだ。
床板では容易く踏み抜いてしまう故に紫月流の道場の床はむき出しの地面なのである。
マナが気づいた時にはもう遅かった。割れた地面に脚を取られた次の瞬間、武人の巨拳がマナの小さな身体に襲いかかった!
「ぎぁっっ!」
腹部に巨拳を受けたマナは直ぐ後方の壁に衝突し、その衝撃で壁はブチ崩れ、大穴が空いた。
武人は崩れた瓦礫を見下ろしている。瓦礫の下には、娘子の細い脚がはみ出している。しかしその脚はピクリとも動かない。
武人は無言で瓦礫に背を向けて歩き出した。
「……」
「……ヌ!」
武人は背後から凄まじい闘気を感じ、振り返る。そこには……
「……はっ……ははっ!」
「まだまだ…ヤレるよ……!」
闘気こもった緋い瞳で長い髪がユラユラと揺らめく娘子が立っていた!白い歯を見せニヤリと笑い、父を睨みつけている。
「私を……舐めるなァァァ!!」
武人は再び身構え、猛る娘子を迎え撃つ!
「ちょっとぉ~ふたりともぉ!」
マナが父に殴りかかろうとしたその時、背後から間延びした女性の声が。
「まぁた壁壊しちゃってぇ!」
「修理にどれだけお金かかると思っているのぉ~!」
「ぷんぷん!」
壁の大穴から割烹着姿の紫月ママの登場である。
「獰虎ちゃん!遊んでないでお使いに行ってきてよね!」
「ヌ……」
紫月ママに怒られた紫月パパはヌ……とだけ言葉を発して道場を後にした。ただ去り際にマナに一言
「娘ヨ。修練ヲ続ケヨ……」
とだけ言い残して。
紫月パパが去るまで構えたまま臨戦態勢であったマナだったが、その姿が見えなくなった所で、
「は……はぁぁ……」
と息を吐き、ペタッと地面に座り込んだ。冷たい汗がドッと吹き出す。
「な、なんとか凌いだ……」
「あんなプレッシャー、異世界でもそうそう無かったよ……」
「でも……これで親父にも認められたって事かなぁ」
マナは道場の壁に掲げられている【紫月流】の文字を観る。そして腹部にヒリヒリと熱を感じながら、しばしの間、大の字に寝転んで眼を瞑った。
「親父ともヤったよ!」
「大きくて固いのぶち込まれて……」
「結構痛かったよ!」
獅子はまた嘔吐した……




