マナ☆物思いにふけったり男を殴ったり
登場人物
紫月 マナ
お部屋片付け女の子
紫月 獅子
ゲッソリビクビク男の子
「この鏡台、素敵だね~」
ゴールデンウィークも半ばが過ぎた。初日のようなドラマチックな事が毎日起きる筈もなく、マナは朝から自室の整理をしていた。
新しくマナの部屋となった紫月家1階に在る6畳程の和室はちょっとした物置として使われていた部屋であり、マナは、その部屋に置いてあった色々な物品から使えそうな物と要らない物を仕分けしている。
「このベッドはちょっと古そうだけどまだ使えるよね」
「この箪笥も立派だねぇ。勿体ない」
色々物色しては、要らないものを外の庭にある物置へと移していく。
そしてお昼頃にはすっかり部屋は片付き、質素ではあるが、マナの新しい部屋へと生まれ変わっていた。
マナはかなり古そうな、だけども趣がありとっても素敵な和鏡台の前に座り、自分の顔を観ながら一息ついた。
「ふぅ~一段落したなぁ」
「……獅子は全く帰ってこないなぁ」
「ちょっと悪いことしちゃったかな……」
今は兄という名目の、男の自分である獅子の事を思い出しマナはちょっと気の毒になる。
それはゴールデンウィークの2日目の朝のこと。
マナと獅子は、二人並んで朝食の席についている。マナはお味噌汁をすすりながら、隣に座る獅子の事をチラッと眺め見た。
隣に座る獅子は一口も朝食に口をつけてはいない。その表情は、この世の絶望を体験したの如く。瞳は精気を失い、口は半開きになり、涎を垂らしている。心なしか逞しい筋肉もしぼんだような気がする。顔色もスッゴく良くない。
原因は昨日のアレだ。 獅子大好き男の子の遠野 悠遠とのデートによるものだろう。
(い、一体何があったんだろう?)
マナは何だか申し訳ない気持ちになり、何があったか知りたかったけど、とても聞ける雰囲気じゃないので無言でお味噌汁をすすり続けていた。
悠遠にデートを焚き付けたのはマナだったしね。
不意に、玄関がガララっと開き元気な声が聞こえてくる。
「おはようございまぁす!」
「獅子くん!今日も遊びにきたよぉ~!」
その声の主は、話題の可愛い男の子、遠野 悠遠である。
「ヒッ!ヒィィィィッ!」
その声を聴いた獅子は、恐怖のあまり悲鳴を上げた。昨日までの自信満々の格闘高校生の姿はソコには無く、まるで虐待に怯える小犬のような獅子であった。
あわわわとうろたえて獅子は隣に座るマナに、
「おっ俺は今から修行の旅にでる!」
「絶対に探さないでくれ!」
「じゃあな!さらば!」
そう告げると、マナの返答も聞かずに、着の身着のままで縁側のガラス戸をぶち破り一目散に逃げていった。
「お邪魔しまーす!」
「ってあれ?獅子くんはどこ?」
悠遠が勝手に居間にお邪魔してキョロキョロと辺りを見回しながらマナに問いかけた。
「獅子は居ないよ。どこかに行っちゃった」
ご飯茶碗を持ったままマナが返答すると、
「ふーん」
と一言発した悠遠は眼を瞑って、鼻をすんすんと鳴らした。
「こっちから獅子くんの匂いがする~」
「ボクから逃げられると思っているのかなぁ」
「ボクとの約束、すっぽかすなんてお仕置きが必要だよね」
悠遠は瞳を細め、舌なめずりをしながらそう言った。それはそれは邪悪なオーラに満ちた表情で。
そして悠遠は獅子の後を追って出て行った。
マナは眼を閉じて同情に満ちた表情で、なめ茸のかかったご飯を口にした。
(な…南無)
てなことがあり、ゴールデンウィーク半ばの今日現在まで獅子の姿は見ていない。
今日までの間マナは、またアリエミア達と会えないかなと思い、何度か商店街を彷徨いたりしたけれど、初日以降、出会うことはなかった。
紫月ママもここ数日、何だか忙しそうにどこかに出掛けていって留守だった。
マナはベッドにばふっと寝転んだ。天井を見詰めながら想いにふける。
(今はゴールデンウィークだからお休み気分だけど)
(これから何をしよう?)
(獅子は学校に行くんだろうし)
(私は……?)
マナはこれからどうしようか?現実的な事に向き合わなければならなかった。
(このまま女として一生を過ごす事になるんだよね)
(そのうち誰かに恋をしたりして……結婚も……)
(いやいや!そんなこと……でもっ)
(私の恋愛対象は……おん……いやいや今は)
ふと脳裏に浮かぶ、蒼い瞳の英雄の素敵な笑顔。マナはちょっと年上の青年である英雄の事を思い出し、ドキッとなった。
女の子だものね。恋の事とか考えるのも当然だよね。
そしてすぐに我に変えると、赤面し、ベッド上をゴロゴロと転がり回った。耳まで真っ赤。でも悪くはないむずがゆいこの気持ち。
そんな妄想にふけっていたマナであったが、
トントン
というノックの音で現実に引き戻された。
(おわっ!だ、誰だろ?ちゃんとノックするなんて)
「は、はい、どちら様?」
ベッドの上にちょこんと座り、入り口の方を見るマナ。引き戸を開けて入ってきた人物は…
「こんにちは。女の子の獅子」
引き戸開け、マナの事をそう呼んだ男。マナを微笑みながら観るイケメン、白峰 尚輝である。
相変わらず、ネクタイを締め、スーツベストを着用した獅子の同級生であるこの男は、高身長であることもあいまって、高校生には見えない。青年実業家のような面持ちだ。
「何だ尚輝か。どうしたの?」
マナは素っ気なく答えた。男の時の、獅子だった時の尚輝に対する印象は、たまに俺に勝負を挑んでくる、軽い運動の相手。
マナとなった今でも、尚輝はその様な程度の印象の相手であった。
今日までは。
「獅子に会いに来たのだがどうやら今日も留守のようだ」
「女の子の獅子。ちょっとお願いが有るのだが」
マナは訝しげに尚輝の顔を見ていた。
「俺と立ち合ってもらえないだろうか?」
「えっ?お前と?」
マナが目を丸くして答えると
「君が獅子よりも強い事は解っている」
「ただ、一度俺も拳を合わせて見たかったんだ」
尚輝の話を聞いて、マナは眼を瞑り、うーんと考えた後に一言答えた。
「死ぬかもよ?」
その返答を聞いた尚輝は、腕を組み額に右手の人差し指をかざしながら、不敵な笑みを浮かべて言った?
「フッ…上等だ!」
ここは紫月家に隣接する道場内。30畳程の広さがあり、2階立て位の高さがある木造の道場だ。床板は無く、土が踏み固められただけの道場の地面。何故か壁面には巨大な穴が開いていた。
尚輝は眼を閉じ腕を組んで、マナが現れるのを待っていた。
「お待たせ」
尚輝が瞳を開くとそこには、壁面に開いた大穴の前にマナの姿が。
黒いタイトなスポーツウェアに黒いスパッツ姿。碧色の頭髪はポニーテール。
「相変わらずそのカッコで戦うの?」
「ああ。これが俺のバトルスーツだからね」
ワイシャツネクタイ姿の尚輝はそう答え、両腕の袖を肘の辺りまで捲る。細めに見えた尚輝の腕であったが、袖を捲ると相当鍛え込まれた筋肉質な腕が現れた。
「じゃあ始める?」(あら結構逞しい…)
マナは腰に手を当て、構える事もせず尚輝に問いかけた。
尚輝は少々前屈みになり、両脇を締め、拳を握った。ボクシングのようなファイトスタイル。
「ああ……試合開始だ!」
(本来、俺は女の子を殴る事はしないが)
(この娘は特別だ)
マナはコクリと頷いたが、腰に手を当てたまま、瞳も明後日の方を向いている。
(完全に舐められているな……それならば)
尚輝はじりじりと間合いを詰め、
「ふっ!」
閃光のような速さのジャブを放った!ヒットしそうも無い遠い間合いからの攻撃。しかしその長い腕は思いのほか延び、マナの顔面を捉えようとしている。
この尚輝ジャブは、獅子であっても避けることは出来ずギリギリで防御する他無い。それ程、高速に繰り出されるジャブなのだ。
(当たる!)
尚輝は確信したが、
その拳には何の手応えも感じなかった。マナは明後日方向を向いたまま。尚輝の拳は、マナのこめかみのすぐ脇を通り抜けていた。
(バカな!これを避けるだと……)
尚輝は続けざまに閃光のようなジャブを無数に繰り出す。残像が見えるほどの速さであったが、その拳は全て空を切った。
(ならば……)
尚輝は片足を前に出し、ファイトスタイルを変更した。そしてローキック、後ろ回し中段蹴り、ハイキックと流れるようなコンビネーションを放つ。
尚輝は様々な格闘技の英才教育を受けた格闘技のエリートである。しかし尚輝がどんなに攻撃を変化させてもマナに掠る事すら出来ない。
(当たらない……まるで霞を殴っているようだ)
(それならば……)
尚輝は先程のようにジャブを放った。マナの顔面を狙った一撃は当然の如く、マナの僅かな動きにより空を切った。
しかし、振り切った尚輝の拳は5本の指を開き、マナの髪の毛をしっかりと掴んだ!
(良し!捕まえたぞ!)
そして尚輝はマナを引き寄せて、空いている拳でマナの腹部を狙い打突する!
髪を掴まれたマナの緋い瞳が尚輝を見詰める。その表情には全く焦りは感じない。
(美しい……顔だな)
尚輝の一撃は確実にヒットすると思われたが…
その拳はマナの腹部の手前でピタッと止まってしまった。
「ぐは……ぁ!」
苦痛に歪む尚輝の顔。尚輝の拳がヒットする前に、マナの掌低が尚輝のみぞおちにクリーンヒットしたのだ。
(モーションが……全く見えなかった……)
髪の毛を掴む尚輝の指をマナは片手で、虫でも払うようにパチンと払いのけた。あっさりと尚輝の掌は払いのけられ、更にマナは尚輝の腹部に回し蹴りを放った!
尚輝は回し蹴りをモロに食らい、道場の壁まで吹っ飛ばされ激突しダウンした。
「終わりかな?」
マナが呟くと、尚輝はヨロヨロと起き上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「フッ…まだ……まだ……やれる……さ」
数分後。ワイシャツはボロボロに汚れ、そのイケメンだった顔もボコボコに腫れ上がった尚輝の姿が…
「も、もう終わりにしない?」
「マジで死んじゃうよ!」
「まだ……まだ……」
流石のマナもちょっと心配になる程、尚輝はボロクソになっていた。
(せめて……せめて一撃だけでも)
ヨロヨロとチカラ無く振り上げた拳は、マナの頬をペチンと軽く触った。そして尚輝はそのまま、マナにもたれかかる様にして気を失った。
「こいつ、結構根性有るじゃん」
ボコボコの尚輝の額をそっと撫でながら、尚輝に対して男の時とは違う感情を感じ始めたマナであった。
(う……オレは一体)
暫くの間、気を失っていた尚輝が眼を覚ます。尚輝の顔のすぐ目の前に優しく微笑みながら尚輝を見詰める緋い瞳の女の子が。
マナは尚輝を膝枕して尚輝の頭を優しく撫でていた。
「女の子の獅子……俺は……」
「その呼び方、やめてよね。今はマナって名前だよ」
マナは恥ずかしそうにはにかみながら続けて言った。
「お前、結構根性有るじゃん」
「少しカッコ良かったよ」
尚輝は眼を閉じていつものように微笑みながら
「フッ……女の子にボコボコにされているけどもな」
尚輝とマナは微笑みながらしばしの間、見つめ合った。
暫くして、マナは立ち上がり
「じゃ、またね。ゆっくり休めよ」
尚輝に背を向けて、歩き出した。
「ま、待ってくれ!」
尚輝がマナを呼び止める。
「?」
直樹の方を振り返って首を傾げるマナ。
「今から俺と食事に行かないか?」
「弱い俺に付き合ってくれたお礼がしたいんだ」
マナはちょっとだけうーんと考えて答えを返す。
「美味しいものなら良いよ☆」
直樹はフッっと微笑み、
「一流のレストランにエスコートするよ…お姫様」
マナは満面の笑みを浮かべ
「それじゃあ、ちょっと準備してくるね」
マナは小走りで家の中に入っていった。
いいのか?マナ。相手はイケメンでお金持ちの女の子にモテモテの白峰 尚輝だぞ。女の子とのウワサが絶えないこの男。次回、白峰 尚輝の毒牙がマナに襲いかかる!?
この小説のスピンオフかもしれない短編『永遠のリンネ』も同時に投稿☆よろしければご覧ください☆




