お風呂回 ポロリ。それは望む望まないに関わらず起きる
登場人物
紫月 マナ
獅子のクローン(偽)
人体実験の被験者(偽)
悲しき暗殺者(偽)
獅子の妹(偽)
異世界から帰還した獅子(真)
(ああ……)
(今日は色々あって疲れたなぁ……)
マナは黒いアンダーシャツをゆっくりと脱いだ。次にアーマースカート、そして下着。一糸まとわぬ姿となったマナ。透き通るように白い肌が露わとなる。
紫月家の居間と台所の間を右に抜けると縁側になっている。縁側の突き当たりに脱衣場兼洗面所。マナは今からお風呂に入るようだ。
風呂の入り口戸をカララと開けると、温かく白い湯気が目の前に立ち上った。ほんのり香るヒノキの香り。
(このお風呂にまた入ることができるなんて……)
普通の3倍位の広さのヒノキ製の浴槽。紫月パパの巨体が入浴するための特別製の紫月家自慢のお風呂である。(維持費は結構かかるけども)
マナは洗い場の鏡の前に座った。鏡に映るのは緋い瞳、碧色の長い髪の華奢な女の子。
マナは今日、久し振りに見た男の自分、獅子の事を鏡の中の女の子と重ね合わせて想いにふける。
(やっぱり腕も身体もこんなに細く、小さくなっちゃったんだなぁ)
細い指で、自分の腕、身体をゆっくりとなぞってみる。そして胸。
(獅子のヤツ、私の胸が全くないとか言ってたけど……)
(そんなこと無いもの!)
(あるもの……少しは)
確かにマナのお胸はかなり控えめではあるが、膨らみはあるにはあった。
(別に悔しくなんかないけど。全然気にしてないけど)
(だって元男だし。今も気持ちは男だし)
そんな事を考えながら眼前の容器のポンプを押し、白くドロッとした液体を小さな手のひらへと採った。まあ只のシャンプーですけども。
両手で馴染ませるように長い髪を洗うマナ。その姿は完全にお年頃の乙女そのもの。
シャワーで洗い流すと、次はヘチマのスポンジを手に取った。
(あっちの世界では自分で作ったりしたなぁ。ヘチマスポンジ)
石鹸をつけて身体を洗うマナ。ボディソープではなく石鹸。フランス製の高級石鹸である。
足のつま先から順番に優しく身体を撫でる。細い腰と縦に割れたおへそ。細い二の腕。産毛一本生えていないスベスベな……
身体を洗い終わり、湯船に向かうマナ。温度を確かめるようにちょんちょんとつま先をお湯につける。そしてゆっくりとお湯に浸かる。
「あ……ああっ……」
「気持ちいぃ……」
瞳を閉じて吐息を漏らすマナ。頬はピンクに染まり。
(こんなにゆっくり湯に浸かるなんて……)
(いつ以来だろう……)
あっちの世界では戦いが続き最近あまり湯に浸かることが出来なかったマナ。幸せを感じながら湯に浸かる。
浴槽の縁に両腕を置き頭を寝かせてリラックスしながら至福の時を過ごすマナであったが、またあの男の言葉が頭をよぎる。
(お前は全然【胸が無い】し)
(胸が無いし)
(無いしぃ~~)
「ぐぬぬぬ……」
「私だってこうすれば谷間くらいっ!」
浴槽の縁に座り、両手のひらを脇の下につけ、ぐいぐいと押し出すマナ。頑張って寄せて上げるが、谷間は全然出来なかった……
ガララッ!
勢いよく風呂の入り口戸が開く。
「おーす!一緒に入ろうぜっ!」
獅子である。逞しい上腕二頭筋に大胸筋。深く6つに割れた腹筋。古傷だらけの裸体。全裸で肩に小タオルをかけ仁王立ち。勿論丸出し【自主規制】がポロリ。満面の笑みを浮かべてマナに話しかけた。
1秒かそれとも長い時間か。マナは全裸の獅子を見たままフリーズし、そして……
「ぎ」
「ぎ」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁァァ!!!!!」
ピシッ!とお風呂場の窓ガラスにヒビが入り、少女の断末魔が紫月家中に、いやさご近所に響き渡った。
「な、な、な」
「何考えてんだァァ!このどアホ!」
マナは両腕で胸を隠しながら湯の中に避難し、顔を真っ赤にして獅子を怒鳴りつけた。伏せ目がちでチラチラ獅子の身体を見る乙女。
久方振りに見る自分の【自主規制】に気が動転するマナ。どうやら男の裸耐性値は相当失われているようだ。
首を傾げ、何で怒ってんの?みたいな表情の獅子。
「あ~!何してるの獅子ちゃん!?」
叫び声を聞いた紫月ママが駆けつけてきた。
「あっおかあさ……じゃなくてママぁ……」
涙目で紫月ママに助けを懇願する乙女。因みに紫月ママからママと呼びなさい☆と強要されたマナである。
「獅子ちゃんたら~ホントにもうっ!」
(そうだ そうだ!このヘンタイ!)
「ずるい!」
(って ええ……)
「ママも一緒に」
(あれぇ)
「一緒に入るんだから~!」
(ええぇぇ……)
すぽぽぽぽーんと一瞬にして割烹着とふりふりワンピースを脱ぎ去る紫月ママ。容姿似合わぬ黒い下着。それも一瞬で脱ぎ去る。たゆんと揺れ揺れ。
「おっお袋も一緒に入るかぁ!」
白い歯を見せ全裸で笑む獅子。
3人で入っても余裕で広い紫月家のお風呂。満面の笑みで談笑しながら浸かる母と息子。うつむき沈黙する娘。
(もう…………どうにでも……)
緋い瞳は更に曇り……
紫月家の夜は今日も平和だった。
同時刻。此処は紫月家の敷地内に隣接する道場内。床板は無く、土が踏み固められただけの地面に座する巨躯の武人。蝋燭の暗い灯りがゆらゆらと照らしている。
眼前に置かれたるは、息子と称する娘子が所持していた剣。武人が剣に手をかけ、鞘から剣を引き抜いた。蝋燭の灯りが刀身に反射し妖しく輝く。
白眼に近い三白眼でその刀身を見極めるように眺めると武人は一言呟いた。空気震わす野太い声で。
「最上大業物……」




