ある物語の終焉 上
「異世界での物語を聞かせてくれないか?」
豪華客船のレストランで、食事を終えた男女。男はワイングラスを傾けながら、対面に座る、碧色の綺麗な長い髪の可憐な女の子に問いかけた。
「いいよぉ何処から話せばいい?」
ほんのりと頬を染めた少女。
「最終決戦?ちょっと長くなるけど」
緋い色の瞳をキラキラ輝かせた女の子は男に微笑みかけの上機嫌。
「……あの時はね、ホント死んだかと思ったわ」
瞳を閉じて、ひと呼吸。そしてゆっくりと瞳を開いた少女は切々と語り始める。
「それでね……」
この物語は決死の末に剣と魔法の異世界から、何の変哲もない地球へ帰ってきた女の子のお話である。
……正確に言うと【元男の子】であるけれども。
私が
私がこの世界を救うんだ…………!
だって私が…………
私がこの姿になったのは
この瞬間を迎える為だったんだ……!
――――――――――――
ここは剣と魔法の世界。
最果ての地。
永きにわたるひとつの物語が終焉を迎えようとしている………
草木も生えぬ、生命の息吹感じない荒れ果てたこの大地。日中で有るのに漆黒の闇に覆われ、冷たい風が吹き荒れている。
妖精族
竜族
飛天族
巨人族
精霊
そして人間と魔族
それぞれの種族の英雄と幾万の戦士達。
いがみ合い、争い合っていた種族達であったが団結し、1つの目的の為にこの地へと集結していた。
――この世界を救うために!
対峙するは、人の形をしたその体躯10kmにも及ぶ
【生命無キ破壊神】。
巨神の足元には数百万体、いや無限に湧き出る
【生命無キ兵】。
体躯10kmとはどの位の大きさか想像ができるだろうか?遥か遠方に見える破壊神の立つ姿は、山よりも遙かに巨大であり、巨体であるはずの竜族すら、蟻よりも小さく見える。
存在するだけで雷雲を巻き起こす巨神は、あまりの大きさ故に半身は暗黒の雲に隠れ確認する事は出来ない。
山の如き破壊神が一歩、踏みしめる度に大地は揺れ雷竜巻が吹き荒れる……!
破壊神に意志はなく、あるのはこの世界を破壊尽くすという本能のみ。
この最果ての大地で巨神を仕留めなればならない。敗北、それはこの世界の終焉を意味している!
巨神討伐連合軍の最前列。遠方の巨神を眺める2人の男がいた。
ひとりは魔族の王。長い耳と爬虫類の如き鋭い瞳。長い黒髪は暗黒の風に揺られ煌めく。腕を組み、巨神を眺めたまま、彼は傍らに居る英雄に問いかける。
「どうした?勇者よ。魔神を見て怖じ気づいたか?」
もう一人は人間族の英雄。
「いやぁ……」
金髪蒼眼の英雄は目鼻立ちは整って居るが、その表情はどこか頼りが無い。英雄は眠たい瞳で頭をかきながら言葉を返した。
「全くとんでもねぇ事になっちまった、て思ってな……」
英雄は、遠くにそびえる巨神を一瞥しながらポツリと一言。
「話し合いでなんとかなんねぇかなぁ?」
魔族の王はフンッと笑い、英雄の問に答える。
「今回ばかりは無理だろうな」
やる気なさげな英雄はため息をつきながら
「まあ……そうだよねぇ……」
魔界の王は後ろを振り返り見、そして英雄に語りかける。
「――だがしかし
これだけの種族が集結し」
魔王は、幾万の勇士達を悠然と眺めながら、言葉を続ける。
「――1つの目的のために戦うことは
未だかつて無かったであろう」
英雄も振り返り、眼前に控える仲間達、各種族の英雄達をその蒼い瞳で眺め見た。魔王は続けて言葉を発する。
「勇者よ、全てはお前のチカラによるものだ。」
英雄は魔王の激励に対し素っ気なく答える。
「俺は勇者なんかじゃねえよ……」
魔王はフンッと再び笑い
「さあ……!最後くらいビシッと決めてみせろ!」
闘志秘めた瞳で魔王は英雄に奮起を促した。
「――わぁってんよ……!」
やる気の無かった瞳が、闘志のこもった瞳に変わる!
「魔法ちゃん!準備は出来たか!?」
英雄は後ろに控えていた赤髪の魔法使いの少女に問いかけた。
「…………魔道拡声器準備完了」
魔法使いの少女は表情を変えず答えた。
「よっしゃ!アリガトな!魔法ちゃん!」
魔法使いの少女はコクッと小さくうなづく。
「――じゃあ始めるか!」
英雄は息を長く吸い込み……咆哮にも似た声を発する。
『皆!聞いてくれッッ!ーー』
魔道拡声器により英雄の声はこの地に集結した各種族、幾万もの戦士達に届いている。ザワめいていた各軍は英雄の声を聞き静寂となった。
『皆……よくこの場所に集結してくれたッ!』
『見ての通り相手のチカラは強大だ……』
『だが俺達がチカラを併せれば』
『必ず勝つことが出来る!』
『種族同士の恨み憎しみも有るだろう』
『だがこの世界が消滅しては意味がない』
『俺はこの世界が好きだ!』
『そして皆が大好きだっ!』
英雄は、かつては敵だった種族、共に苦楽を歩んだ仲間達を眺めながら、そして今までの数々の冒険を思い出しながら続けて叫ぶ。
『妖精ちゃん!また旨い飯作ってくれよな!』
『巨人のオッサン!またいつか飲み明かそうぜ!』
『竜ちゃん!その炎、最高にカッコいいぜ!』
『天使ちゃん!あの日の事は決して忘れ無いぜ!』
『精霊達!何時も見守ってくれてアリガトな!』
『魔王!お前とは殺し合いにならなくて』
『良かったぜ』
熱き魂を秘めた英雄の咆哮は、それぞれの種族の心を打つ。
魔王は目を瞑り腕を組んだままフッと笑う。
「そして…………」
英雄は魔道拡声器を閉じ、傍らに居る腐れ縁の仲間達に語りかけた。
「魔法ちゃん、いつも適切な分析アリガトな」
赤髪の魔法少女は杖を両手でギュッと握りうなづいた。
「筋肉、結局お前は最後まで魔法は使えなかったな」
筋骨隆々の男はケッ……とにやけた。
「褐色ちゃん、最初は敵だったが一番俺を助けてくれた」
褐色の娘は目を合わせずに言った。
「いつか私がお前を殺す……だから……死ぬなよ」
「碧髪」
英雄は最後のひとり、碧髪の少女に話しかけた。
「最初は俺達二人だけだったな
色々な冒険をお前と共にしたなぁ
こんな俺に良くここまでついて来てくれた
もう少しだけついて来てくれ……!」
銀色の軽鎧を身につけ長剣を持つこの碧髪の少女は答えた
「私がいないとアンタひとりじゃ
なにも出来ないんだから」
大きな緋色の瞳に英雄を見据える。この少女もまた、英雄と同じ想いを胸に秘めているのだ。
「ついていくよ
何処までだってッ……!」
英雄は碧髪を少女を見つめ、うなづいた。
再び魔道拡声器を通じ英雄は叫ぶ。
『皆のチカラを俺に貸してくれッッ!!』
『オレの愛する人達の為にッッ!!』
『この世界に住む全ての生命の為にッッ!』
英雄が剣を構え天高く跳躍する!
竜族の王が空を飛び、英雄をその背に受け止めた!
英雄を乗せた竜はそのまま破壊神の元へと飛翔する!
竜の背にゆられながら英雄はありったけのチカラを込めて叫ぶ。
『破壊神をぶっ倒そうぜーーッッ!!』
――オオオオオオオォォ!!
英雄の呼び掛けに幾万の戦士たちは答え、最後の戦いが始まった!
巨人は地を駆け
竜と天使は飛翔し
精霊達と妖精達は魔法壁を生成する!
そして魔族の王が率いる魔族の軍勢も動き出す!
こうして世界の命運を賭けた戦いが幕を開けた!
――とここまでが前置きである。
巨神との壮絶な戦いはこの物語の本題ではない。
なので思いっきり端折りつつこのお話はもう少し続く。