帰り道
雨の日の帰り道。
彼女を送ってから帰宅する道は、まだ雨に濡れていた…そう過去に降った、五月の梅雨の日の様に。
雨が降った道を一人で歩くのは憂鬱で、さっきまで喋っていた彼女は、今は遠い街で家路についている。
少なからず無事に帰宅した事に安堵し、それと同時に少なからず寂しさを覚えるのは、今が一人で、雨が降ったり止んだりしている街で、家路を急いでいるからだ。
タバコに手を伸ばすのも良いが、今は何も考えず帰りたい。
耳に垂れ流す音楽も無いが、車の走り抜ける音やバイクのエンジン音が、デパート等で流れるBGMにうって変わる。
信号待ちをしていても、赤から青に変わるのは、そう長い事でも無かった。
やがて再び雨が降る、傘は持っていない。
雨の日に思い出すのは、遠い昔の悲しい出来事だ。
彼女は今はこの世に居ない。
雨の降った、あの五月の梅雨の日に信号無視をしたトラックに跳ねられ、この世から姿を消した。
別に未練がある訳では無いが、ただ少し引き止めて話をしていれば、あんな惨劇は起きなかっただろうと後悔している。
それと同時に、今の彼女だけは守り抜くと、自分自身に約束したのだ。
雨は正直好きじゃない、けれど、今の彼女と歩く濡れた道は、意外と好きだと思う。
こうやって悲しい気持ちになるのも、こうやって寂しい気持ちになるのも、過去があって今が有るからであり今があって彼女が居るからだと思う。
ふと立ち止まって見渡す街並みは、あの頃と少し変わっている様に見えた。
何が変わったなど具体的な話は出来ないが、空気は変わった。
そう感じて、また歩き出す。
一歩一歩歩き出す度に、過去に繋がれた鎖を、引き摺りながらも解いている様にも思えた。
猫の鳴き声が悲しさをかもし出す反面、『早く歩きなさい』と急かされている様に聞こえる。
早く歩けば早く家に着ける、早く歩けば鎖が音をたてずに引き摺り緩んでいく、良いのか悪いのかは、一生理解出来ない事だろう。
またタバコに手を伸ばしたが、もうすぐ家で、きっとジッポを取り出し火を付けようとしても、炎をかもしだす努力をしようとしてくれないだろう。
溜め息をつく気力も無く、また足を前へ動かす。
雨が止んだ。
泣き止んだかの様に心も落ち着き、ふと彼女からメールが届く。
その瞬間、悲しみも孤独も総て消えて、幸せと言う喜びが再び雨となって降り注ぐ。
そう、今の自分は今を生きている、過去の自分は確かに大切な存在だが、過去を忘れたり受け入れたり、そういう事をするのでは無く、今を生き抜く事が過去への償いなのだ。
だから愛そう、今の貴女を。
だから見ていて、今の僕を。
そう自分に伝えて、自宅のドアを開けた。
暖かい光が降り注ぐ。
今の自分は此処にいる、今の自分を愛してくれる貴女がいる。
そう思えた帰り道だった。