黒猫を抱いて世界にさよならを
黒猫のアナタと孤独を知った私の僅かな…最後の一日。
いつからだろう
こんなに自分を隠し自分を追いこんだのは。
別れは突然だった。
朝から太陽は寂しそうに私を照らしていた日曜日。
昨日の夜、アナタは部屋から消えた、鈴の音も、餌をねだる声もしない。
寂しい夜も辛い朝もアナタは私を癒し、私はアナタを愛した。
なのに昨日、帰宅してドアを開けた時にアナタは夜に消えた。
『早く帰って来てよ…』
突然携帯が鳴り響く、静か過ぎる部屋に彼の声が微かに混じる。
急いで着替えて急いで彼の元へ向かった。
喫茶店の窓側の席に彼は居た。
ゆっくり近付き向き合う形で座り、彼を見つめた。
彼は静かに別れを告げた。
アナタと同じ様に別れを告げた。
喫茶店の苦いコーヒーに似た感覚が頭を突き刺した。
緩やかなジャズがブルースに似ていて、更に彼は静かに指輪を外した。
私は何故生まれたのだろう―
幼い頃から独りで寂しくて、でも黒い毛並みのアナタが居た。
あの言葉から彼と別れてから何時間たったのか…
途方に暮れ歩き出した私に冷たい涙が肌を掠めた。
雨はゆっくり降りだし冷静だった私の心が砕け散っていった。
傘は無い 心も濡れて
ずぶ濡れの私が店を閉めた商店街の一角に私を残した。
誰も前を通らない、ただ目の前にあるのは雨を受け止めている黒に近い灰色の冷たいアスファルトの地面だけだ。
私は本当の孤独を知った。携帯を開いても言葉をかけてくれる彼は居ない、家に帰っても笑顔をくれるアナタは居ない。
帰る場所など、もう何処にも無い。
……――
沈黙の向こう側に微かな鳴き声が聞こえる。
耳をすませて――息を堪えて――辺りを見渡して――
聞き覚えのある鳴き声――
アナタはそこに居た。
黒い毛並みに綺麗な大きな瞳。
私はゆっくり抱き上げて優しく抱き締めた。
『何処に行ってたの?心配したでしょ…』
総てを失った私の身体にアナタは鳴きながらザラザラのベロを私の頬にあてた。
『ニャー』
黒猫のアナタは、静かに私に抱き着いた。
暖かい――
お互い濡れているのに体温を感じ白い息を吐き出し、自然と涙が込み上げ…泣き続けた。
一瞬の幻の様で、永遠の光の様で…暫くすると雨は上がり、また太陽が雲の隙間から顔を出していた。
ずぶ濡れの私の胸には、もうアナタは居ない。
えっ…――
確かに感じた、確かに触った、確かにここに居た、確かに肌に触れた。
だけどアナタが居ない。
再び辺りを見渡しアナタを探した。
遠い遠い道の向こうにアナタの足跡を見つけて、それを指先で辿る様に歩き探し続けた。
川の土手の小さな段ボールの中にアナタは居た。
深く眠り、もう目覚める事もない姿で私の目の前で眠っていた。
『最後の最後までアナタは私の傍に居たのね』
私はアナタの寝顔を見て眠気を感じた、充分に寝たはずなのに、眠くて眠くて仕方がなかった。
『おいで…』
僅かな力でアナタを抱き締めた。
『アナタの傍に私がいるから、独りにしないでね…』
ゆっくり鼓動を重ね、ゆっくり息をした。
ゆっくり目蓋を閉じて、ゆっくり鍵をしめた。
次にドアを開けた時、アナタは白い世界で走り回り、私を見つけると近寄ると、またザラザラのベロで頬に触れる。
さっきまでの悲しみや痛みが嘘の様に消えて無くなっていた。
またアナタを抱き締め、空を眺めながら総てを感じながら眠りにつく…
きっともう二度と目覚めないとわかっていても
私は深く目蓋を下ろし、静かに世界に別れを告げた。