re:オトモダチゴッコ
「んぉーーい、勇介ーー、いるかーー」
あれから一年が過ぎた。
僕、佐上優大は烏町第三中学を卒業し、烏町高校へと進学した。
ここは地元の高校であるにも関わらず、地元の高校生はほとんど通っていないという何ともまぁ不思議な学校だ。
この高校を選んだのは、もちろん…3年前の夏の一件の呪縛から解放されるためである……
これでも僕は普通の高校生。高校生活を楽しみたい。その一心でここに合格したわけだが……
「あれ……何で勇介が…ここに……」
…かつての親友、角谷勇介との再会は…入学式でのことだった…………
不幸には不幸が重なるもので、僕は勇介と同じクラスになってしまった。入学式が終わり、ホームルームも終わり。その日は解散となった。だが僕は、優大が学校にいた衝撃から席を立つことができなかった。
しかし……
これまた神様の悪戯か…誰かの嫌がらせか……僕の一つ前の席に座する勇介もまた、立ち上がらなかった。
こういう時は真っ先に立ち上がりそうなに……
太陽が西に傾き、眩しく赤い夕陽が、僕らの左側から射している。
と、そこへ中学時代の勇介のつれが教室内に入ってきた。
夕日によって真っ赤に染まった勇介を見て、ケラケラ笑いながら「何してんの」と笑う。が、僕に気が付くのも間もなくだった。
「…ん…?? ぁっれれーーーっ?? なんでお前ここにいんの?? ぇ?? 何で?? お前もしかして…マゾ??」
彼の顔が僕の顔数ミリのあたりに近付く。
…少しでも動けば鼻の先がぶつかりそうだ。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい。無視はないじゃないk―――」
と、ここまで言ったところで唐突に言葉が切れ、彼の顔が急速に遠退いた。
「どんなにの油売ってねぇで…行くぞ……」
何か言いたげな表情の勇介が、そいつの襟首を掴み引きずって行ってくれた。
「…ぁ………」
僕は何とか立ち上がれたものの、言葉を失ってしまった…
その晩。数年ぶりに勇介から家に電話がかかってきた。
僕と話がしたいとのことだった。
事の始まりである公園の時計下。ここが指定された待ち合わせ場所である。
実はこの公園で僕と勇介は出会い、この公園で僕たちの仲は急速に悪化した。
電話で言われていた時間より15分も早くに僕は待ち合わせ場所についてしまった。3年ほどまともに相手されていなかったと言えど…やはり勇介は僕のヒーロー。
こうして向こうから「話がしたい」と言われたことに対して喜びの気持ちがたくさんあるのだ。
しかし、まださすがにまだ来ていないと思っていたのだが…
「…あれ…?? ぁ、勇介…久しぶり…??」
まさか来ていないよ思ってか、僕の言葉は何故か疑問形となって表れた。
「…おう……」
その声を聞き、一瞬顔が緊張したように硬直した勇介は。またすぐに顔を引き締め僕の手首を握った。
その手はいつの間にか、がっちりしたものに変わっていた。
「えっと…どうしたの…??」
「いいから来い…ついて来い。」
僕の疑問は華麗にスルーされ、勇介は力任せに僕を引っ張って走り出した。
いや…僕にはわかる。やっぱり勇介は緊張しているのだ。彼には緊張すると小走りになるところがある。これはまだ幼かった頃から変わっていない。
と、考えている間に勇介は件のおじいさんの家の前で足を止めた。
「え……ここって……どうしたの勇介。今日は何か…おかしいよ……」
まだ夜は涼しいというのにも関わらず僕の額には嫌な汗が滲み出てきた。
ここにいい思い出など一つたりともない。
だが、そんな僕の事も知らず、勇介はこの家の呼び鈴を鳴らした。
まだこの家にはカメラのついているインターホンは無いらしい。
程なくして、奥から3年前と変わらないおじいさんが出てきた。
…さすがに僕たちの事は知っているみたいだ。
「…なんだ…」
一瞬嫌悪を顔に表した。
「夜分遅くにすみません。本日は少しお話がしたくて参りました」
中学時代、最後の方は特にぐれていた勇介だが。はっきりとしてた物言いの口調はあのころと変わらない。
「……はいれ」
さすがにおじいさんもこのお願いは断り切れないと悟ったのだろう。
「3年前、こいつがやったって…こいつが窓割ったって…言って…すみませんでしたぁっ!!!」
3人が家に入り、扉を閉めるなり。勇介は土間で両手をついて足を折り畳み、額を床にこすりつけた。
…荒い呼吸が玄関に響いているが……それとは別に、勇介の方は震えていた。
「優大も…俺があんなこと言ったばかりに…嫌な思いして…俺あの時ずっとお前の味方だって言ってたのに……それなのに俺は…自分の事ばっかり考えて…お前が一番困ってた時に…お前の事…お前の事助けられなくて――」
「…もういいって……」
勇介は顔こそあげないものの、かなり泣いていることが背中を見ただけでわかった。
それは、勇介が自分を憎む涙で…勇介が僕の事を助けられなかったと悔しむ涙で…もしかしたらどこかで、泣くことによって僕から、おじいさんからの咎めが軽くなると思っていたのかもしれない。
でも、僕はそんなことはどうでもよかった。
「勇介、顔上げろよ…」
僕は彼の方に手を置き、おじいさんを見上げた。
しかし。彼は怒るともなく、かといって微笑んでいるわけでもなく。真剣な眼差しで僕を見ていた。
「これは君がきめることだ。私の判断など所詮部外者の判断」
それだけ言い残すと彼は家の奥へと姿を消した。
それから1週間が過ぎた。
僕はあの晩勇介に「過ぎたことだし気にしていない」と伝えた。
そして勇介と例のつれが学校から姿を消した。
間もなくして、彼ら二人の事は校内で話題となった。
彼らは何をしたのか。彼らはどこへ行ったのか。退学か、停学か、ただただ休んでいるだけか。
何せ学校で直接聞こうにも、翌日から来ていなかった。
どの教師に聞いても誰も何も言えないそうだ。
だから僕は何もわからなかった。
おじいさんの家にも行った。そこで当時の話を聞かされた。
どうやら彼は、事の全てをしていた上で勇介の話を信じたフリをしたそうだ。
そして、あの晩が来るということも全て見透かしていたのだとか……
相手に対して良からぬことをすれば、必ず自分の身に同じような災いが降り注ぐ。
形を変えてでも必ず帰ってくる。
それがこの世の理で、この世界の光と闇だ。
のちにこの言葉が殴り書きされたメモ用紙が勇介の愛読書の中から出てきた。
角谷勇介は僕のヒーローである。それはいつまでも変わることはない。
僕は彼に救われ、彼にすべてを教えてもらった。
彼はおそらく今でもどこかで困っている人を救っているだろう。
この町じゃなくても…この国じゃなくても……
必ず…どこかで……
あれから1年…ちょうど1年です。
私が「オトモダチゴッコ」を最初に書いたあの日から…ですよ??
早くの長かった一年間……これからも、お付き合いのほどどうぞよろしくお願いします。