第二十四章 森林鉄道フェスティバル開幕!
朝の王滝村、松原スポーツ公園一帯には、濃い霧が立ち込めている。
「ふぁ~あ、ねむー」
真美が体をうんと伸ばす。
枕投げは、昨日の十二時まで続いた。
今日は、あらかじめ作ってミニバンに積んできた商品をあらかじめ作っておいた台の上に並べる。これはわたしたち中学生メンバーの仕事だ。
大人メンバーの人たちは、コッペルの整備をしている。
わたしたちは、品物ごとに分けて梱包された段ボール箱を開けて、中身を陳列台に並べる。
朝の五時ごろから始めて、終わったのは午前六時くらい。
そのころになると、りんてつ倶楽部の方々が、車両たちのエンジンを起動させた。
ガラガラガラガラガラ・・・・・・・・・・・・・
耳に心地よいエンジンの音とともに目覚めた車両たちは、霧の中を、それぞれの場所に移動し始めた。
後ろに客車を連結した142号ディーゼル機関車は本線に、132号ディーゼル機関車と84号ディーゼル機関車は、それぞれ運材台車とタンク貨車を連結して、別々に車庫前の留置線に、モーターカーたちも留置線に入れられる。
ピッピー、ピー、ピー
午前七時ごろ、一台の馬運車が公園内に入ってきた。荷台には村内の乗馬クラブの名前が書いてある。
馬運車から馬を降ろしている人の姿を見た真美の顔が輝いた。
「小早川さん!」
「あら、真美ちゃん、どうしてここに?」
馬を引いてる男の人が驚いたように言う。それよりも、誰?この人。
「『木曽馬保存会』の小早川昭信さん。わたしの雪姫を紹介してくれた馬喰さんだよ。」
へぇ~。馬喰さんか。今時もうかるのかな?
「昔はもうかったけどねー、今は全然。年寄りの道楽みたいなもんだよ。」
小早川さんが笑って言った。
「今日はなぜここに?」
真美がきいたことによると、今日のイベントに、小早川さんも参加するらしい。
楽しみだねっ!
馬たちの準備も終わった午前八時、森林鉄道フェスティバルがスタートした。
再現列車が走る線路沿いには、カメラの放列が出来上がってる。その中には、翔悟とカンカンにブースを任せたわたしと真美の姿も交じってた。
プァーン
警笛の音とともに、142号機にひかれたB型客車が姿を現した。
まわりの人たちが一斉にシャッターを切る。わたしと真美も含めて。
タタン、タタン・・・・・・・・・・
列車は軽やかなジョイント音を残して去っていった。
その後の帰りの列車もばっちり撮って、ブースに帰還!
「翔悟、カンカン、交代。」
カメラを置いて、売り場に立つ。
客足は、ほどほどといったところ。がらすきでもなく、ぎゅうぎゅうでもない、これくらいがちょうどいいね。
「すいません、これ、いくらですか?」
お客さんが声をかけてきた。手には、「沼尻鉄道車両図明細」が握られている。
「ありがとうございます。五百八十円です。」
眼鏡をかけた、頭よさそうな人だ。歳はわたしと同じか、少し高いくらいかな。
「ありがとうございます。」
代金を出す手は、色白で、長い指が印象的だ。
その人は、お金を渡すと、わたしを見た。そして、意外なことを聞いてきた。
「もしかして、國分大和さんですか?」
わたしたち売り子は、胸に名札を付けている。
「もしよければ、このあとお会いできませんか?話したいことがあるんです。」
「は、はい。」
わたしは思わず言っていた。
「では、午後の一時に、また来ます。」
その人はそう言って、去っていった。
「なに、あの人、もしかして、彼氏ぃ~?」
真美がきいてくる。
「全然そんなんじゃないよ。初対面。」
「でも、向こうは大和のこと知ってたよ。」
それはたぶん、わたしが保存会のホームページに、小説を連載してるからだ。(実はわたし、文学少女なの。)あの人はたぶん、それを見て、わたしの名前を知ったんだろう。
「話って、なんなんだろうね。もしかして大和、告られるんじゃない?」
真美の余計な言葉はシャットアウト。今は仕事に集中。
王滝村での木曽森林鉄道の保存活動は、外国でも有名らしく、外国人の方も時々来る。そういう時には、真美の語学力が役に立つ。
「・・・Ok,500and 80yen please.」
アメリカから来たと言っていた人の相手を終えた真美がこっちのほうを向く。
「おつかれさん。バイリンガルって、いいねえ。」
売り上げを手提げ金庫にしまう手を止めずに声をかける。
真美は、日本語、中国語、朝鮮語、英語、ロシア語、ドイツ語が話せる。
「青島生まれで大連と芭講で育ったからね。自然と覚えるよ。」
真美によると、青島は、元ドイツ植民地の影響で、ドイツ語を話す人が多く、大連は、ロシア、北朝鮮との国境に近いため、ロシア人や朝鮮民族が多いらしい。英語は、中国の政策で教えられたんだって。
翔悟がやって来た。
「大和、交代。」
交代する。
そろそろ、一時、あの人との、約束の時刻だ。
あの人は、約束通りにやって来た。
「おまたせしてすいません。とりあえず、座れるとこ行きましょうか。」
飲食用のテーブルが置いてあるスペースを指さして、その人が言った。
あいている席に座る。
「これ、よかったらどうぞ。」
透明なカップにはいたアイスコーヒーが、わたしの前に置かれた。
「あ、ありがとう・・・」
財布を出して、お金を払おうとする。
「ダイジョブです。これは僕のおごり。ということで。」
(けっこう優しいな。)
「じゃ、遠慮なく。」
ストローに口をつけて、中身を一気に飲み干す。ずっと立ちっぱなしで、のどが渇いてたから、あっという間になくなった。
わたしが飲み終えるのを待って、その人が口を開いた。
「あの・・・僕は、菅谷智治と言います。國分大和さんですよね。」
わたしは、首を縦に振る。菅谷さんの表情が少し、ゆるんだように見えた。
「わたしに、何の用ですか?」
「いや、ちょっと相談がありまして・・・」
相談?何のことだろう?
大和「大和と!」
真美「真美と~!」
栞奈「栞奈の」
三人『鉄道ラジオ~!』
―この番組は、株式会社アースフォレスト、株式会社ゼロファイター・ジャパン、白木城運送株式会社、有限会社野口自工、國分電機店の提供、沼尻鉄道保存会、日本保存鉄道連盟、猪苗代町の協賛でお送りします。
真美「さあ今回も始まりました鉄道ラジオ!メインパーソナリティーの白木城真美です!」
大和「同じく國分大和です!」
栞奈「同じく、木地小屋栞奈です」
真美「今回は、長野県王滝村に来ております!」
大和「わたしたちの住む猪苗代に負けず劣らずの自然が多いところです。」
栞奈「明らかにこっちのほうが自然多いでしょ」
真美「そして、私の大好きな木曽馬の原産地です!」
大和「わたしのユメカガミはサラブレットだけど、真美の雪姫は木曽馬だもんね。」
真美「木曽馬はいいよね。乗用にも駄載にも、輓曳にも使えるからね。」
栞奈「わたしは馬についてはよくわからないな。」
真美「今度教えてあげるから。」
大和「昔、うちのユメに乗せてあげたこともあったよね。わたしが手綱を引いてたけど。」
真美「で、今度の沼尻鉱山記念公園にも乗馬クラブができるんでしょ。」
栞奈「そう。運営は『猪苗代馬友会』さん」
真美「実はわたしと大和は・・・・・・・・・・」
大和「そこの会員なんです!」
栞奈「知ってた。」
真美「え―!」
大和「カンカンのこと驚かせようと思ったのに!」
栞奈「皆さん、そろそろお別れの時間が近づいてまいりました。それでは」
三人『また次回、お会いしましょう~!!』