第十七章 試運転(コッペル6号)
わたしたちとコッペル6号を載せたトレーラーは、東北道を南に向けて走っている。
わたし―吉川南美は、トレーラーの窓を開けると、顔を出して後ろを見た。
防水シートをかけられ、荷台に乗せられているコッペル6号。その後ろには、石炭を積んだトラックと、福島中央テレビのロケバスがついてきてる。
途中のジャンクションで信越道に乗り換えてしばらく走ると、長野県に入った。
松本インターチェンジで高速道路を降りて、国道を進む。
一時間くらい走ると、王滝村に入った。
案内看板を目印に「松原スポーツ公園」に向かう。
公園に着いたのは、午後4時ごろだった。待ち合わせピッタリ。
公園の門をくぐって、「りんてつ俱楽部」の車庫に向かう。
機関庫の前では、「りんてつ倶楽部」の皆さんが待っていた。
「こんにちは、『りんてつ俱楽部』の高橋です。今回は、みなさんを案内することになってます。」
一番前にいた60歳くらいの人が一礼して言う。
「こんにちは、沼尻鉄道保存会の吉川南美です。このたびは、試運転のために線路を貸していただき、ありがとうございます。」
わたしも、代表として挨拶。
それぞれにあいさつをして、荷下ろしの準備にかかった。
コッペルにかけられていたシートを取って、留置線に降ろす。すると、「りんてつ俱楽部」の人たちが集まってきた。
「おぉ~すごい!整備がいきとどいてる。」
「お召機並みの色つやじゃないか。」
「よく走りそうなカマだな。」
みんなから絶賛されてる。
トラックから、石炭を降ろした武さんが近づいてきた。
「そろそろ火入れするべ。」
指導機関士の立場にある和博さんも来た。(ちなみに、和博さんは、メンバーの大和ちゃんのおじいさんだ。)
ナッパ服に着替えて、軍手をはめる。
ボイラーの8分目までと水タンクいっぱいに水を入れる。
火室の中に持ってきた薪を井桁状に組む、ボロ布に灯油をしみこませた。それに火をつけて薪の中心に入れる。
ボッ!
炎はまず、ボロ布に燃え移り、さらに薪をなめる。
煙突から、うっすらとした煙が立ち上った。
あるていど火力がついたら、石炭を使う。
ガラッ!キィ!ガシャン!
炭庫からスコップで石炭をすくって、火室に投げ込む・・・・簡単なようでいて、奥が深い。
でも、猪苗代で死ぬほど練習してきたからだいじょうぶ。
ボイラー安全弁が吹くまでに、半日かかった。
でも、もうすでに日が暮れている。
これじゃあ試運転どころじゃない。
それでも逆転器、注水機の動作確認を行った。結果はすべて合格。
その夜は、武さんが「保火番」をすることになった。
ほかのメンバーは仮眠をとる。
次の日の朝、武さんは、目の下にクマを作って機関車から降りると、テントの中に入って、すぐに寝た。
今日は、わたしとさくらさんで組む。
留置線に止められているコッペルの前に立った。
シュー、シュー・・・・・・・・・・・・
コッペルは、静かに蒸気を吐いて、まだ眠っていた。
これから、このコッペルを起こしにかかる。
まずは、「打音検査」。
点検用ハンマーで各部をたたいて、返ってくる音を聞く。澄んでいればいい音、くぐもってたらどこかがゆるんでいる音だ。
そのあとは、下回りを中心に油をさす。機関車には、「油壷」と呼ばれる部品がそこかしこに取り付けられていて、運転するときには必ず給油する。
「リバーとるよ!」
「りょうかーい!リバー動作よし!」
ライトの点灯確認、ブレーキ検査、逆転器動作確認、砂撒き装置動作確認を行って、出区する。
今日は、公園を囲むように敷設された片道832メートルの線路を運転する。
ガシャッ!
うしろに連結されたのは、「りんてつ俱楽部」のディーゼル機関車132号だ。
機関士として、高橋さんが乗る。
最初はさくらさんが機関士、わたしが機関助士。
一往復ごとに交代することになっている。
さくらさんが機関士席、わたしがボイラーの焚口の前の定位置についた。
「罐圧確認。」
さくらさんの声がかかる。
「罐圧よし。」
わたしが答える。
「こっから行って、用水路を越えたら急カーブなので、速度抑え目でお願いします。」
高橋さんが言うけど、もうすでにロケハン済みです。
プァーン! ガラガラガラガラ・・・・・
132号にひかれて出発地点の「献花台前」駅に向かう。
駅について、機関車を降りた。ここからは、御嶽山がよく見える。
(あの山が・・・噴火した。)
近くにある献花台に、メンバー全員で折った千羽鶴を供えると、機関車に乗り込んだ。
「発車ぁ!」
逆転器を前進位置に入れて、さくらさんが喚呼する。
「はい、発車ぁ!」
わたしも答えた。
さくらさんが、ゆっくりと加減弁を開ける。
ボッ
煙突から、ひとかたまりの蒸気が吐き出された。
ボッ、ボッ、ボッ
動輪が回転する。さくらさんは、加減弁をもっと開けて、ドレインコックを開いた。
シャシャシャシャシャ・・・・・・・!
蒸気が機関車を包み込む。
コッペル6号は、57年ぶりにその動輪を回転させて走り出した。
川沿いの直線を進んで、車庫前の停車場に止まる。132号を切り離した。
用水路を越えて、山に沿った急カーブをゆっくりと通過する。若葉が萌えて、きれい。
カキーン!
バットの音が響く。見てみると、野球グラウンドの横を通過するとこだった。
ポーー!
汽笛を鳴らすと、小学生たちが駆け寄ってきた。
「SLだ!!」
「汽車ポッポだ!!」
「トーマスだ!!」
小学生たちに手を振りながら進む。トーマスじゃないけどね。
陸上トラックの横を通ると、中学生たちが走っているのが見えた。
(そういえば、栞奈ちゃんって、陸上部だったよね・・・・・・・)
なんか、猪苗代に残ってるメンバーが心配になってきた。
「あの、さくらさん、中学生のみんな、どうしてますかね。」
「みんな元気でやってるみたいだよ。ゴールデンウイークにはこっちに来るって。」
さくらさんが答える。
木橋を渡って、ゆるいカーブを抜ける。
ボッ、ボッ、ボッ
ドラフト音も快調。
踏切を越えると、少し上り勾配。さくらさんがさらに加減弁を開けた。
ドッ、ドッ
ドラフト音が少し低くなる。
連続するカーブを抜けると、平坦になった。
「閉めるぅ。」
さくらさんが喚呼して、加減弁を閉めた。
「はい閉めるぅ。」
わたしも喚呼して、投炭をやめた。
インジェクターを作動させる。
キュルキュルキュルー
心地よい音が運転室に響いた。
さくらさんがブレーキ弁ハンドルを「常用」位置に置く。
今回の復活の際、コッペル6号には、「自動空気ブレーキ」が装備された。
ギギギギギーーー!
鉄製のブレーキシューが動輪をしめつける。ちゃんときいてるみたいだ。
「管理棟前」駅に到着した。バック運転で「献花台前」に戻る。
運転を交代した。
「発車ぁ」
喚呼して、汽笛を鳴らす。加減弁を3分の1くらい開ける。
ボッ、ボッ、ボッ
機関車が動き始めると、半分くらいまで加減弁を開けた。
スピードがついてくるけど、ほどほどに抑えなくちゃ、加減弁を閉めてバイパス弁を開けた。軽くブレーキをかける。
「開けるぅ」
木橋を渡るころにブレーキを開放、加減弁を開ける。
機関車に勢いがついた。
そのままの勢いで、坂を上ろうとする。空転をくりかえして、止まっちゃった。
ガーン!!ショック。
「一度下がって、リベンジするよ。」
さくらさんの声。
いったん野球グラウンドのとこまで下がった。
さくらさんが必死に蒸気を作る。
プシューーーー!
しばらくすると、安全弁が吹いた。
「南美ちゃん、どうぞ。」
「はい、ありがとうございます!」
笛弁ハンドルを引く。
ポーーー!
加減弁を引いた。
ボッ、ボッ、ボッ
動輪が回り始める。空転しないよう慎重に加減弁を調節する。
『がんばれー!!』
声が聞こえたほうを見てみると、野球をやってた小学生たちが応援してくれてる。
ポーーー!
汽笛を鳴らした。「ありがとう。」って言ったつもり。
なんとか登りきることができた。
ほっと一安心。
二往復して「献花台前」駅に戻ってくると、さくらさんが下りて、代わりに和博さんが乗り込んだ。
ここからは機関車の耐久試験だ。さくらさんの代わりに、わたしがスコップを握る。
「南美ちゃん、蒸気ありったけ作ってくれや。」
和博さんの声がかかる。
「はい。」
石炭をたいて、ボイラー圧力を上げる。
「開けるぅ!」
和博さんが喚呼して、一気に加減弁を開けた。
ボボボボボ・・・
すさまじいドラフト音を立てて、コッペル6号が急加速する。
「閉めるぅ!衝撃が来るから、きをつけろ!」
和博さんは、そう喚呼すると同時に、加減弁を戻して、ブレーキ弁ハンドルを「非常」位置に置いた。
ギーーーー!
すさまじいブレーキ音がして、がくんと前につんのめるようにして、急停止する。
タンクの水がガッポンガッポンと揺れた。
「ブレーキ試験は合格だな。」
ブレーキシューの減りを確認して、和博さんが言った。
さらに何往復か試験をくりかえして、各部の発熱や今回新たに車軸に取り付けられた「デジタル温度計」の表示のテストもした。
次の日、高橋さんが運転する132号が車庫の中から1両の客車を引っぱり出してきた。留置線に止めてあったタンク貨車2両も連結する。
タンク貨車に水を入れて、コッペルを連結した。
今日は、実際に客車と貨車を引いて試験をする。
その試験も、コッペルは難なくクリアした。
「これですべての試験をクリアしたな。」
武さんが言う。
コッペル6号はこれをもって全工程を終了。工場を出場したことになる。
その運転室の横には「H29‐4沼鉄」と書かれた検査銘板が取り付けられた。
ゴールデンウィークの初めごろ、大和ちゃんと真美ちゃん、翔悟君が363号といっしょにやって来た。でも、栞奈ちゃんがいない。
「カンカンも来ますよ。」
大和ちゃんが言う。
「カンカンは陸部の練習をしてからくるので、今日の夕方に来るんです。」
大和ちゃんの声。
「じゃあ、みんな荷物を置いたらコッペルのところに案内するね。」
わたしが言うと、みんなは宿舎のほうに歩いて行った。
今回の鉄道ラジオは、スタッフの大人メンバーたちがいないため、休止とさせていただきます。
誠に申し訳ございません。