第十六章 設計図を取りに
とある土曜日の昼下がり・・・・・・
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~」
野口自工の工場内に鎮座する大型旋盤の横で、翔悟が頭を抱えて床に突っ伏していた。
「・・・・・・・・う~~~~~~~~~~~~~~~~~」
頭を抱えてうなる翔悟。いったいどうした!?
「翔悟、どうしたの?」
くるくると丸めた設計図を抱えて歩いてきた真美が立ち止まって、翔悟に声をかける。
「いやな、B621014の部品の摩耗が激しくて、作り直さなきゃなんないんだけどさ、設計図ある?」
翔悟が先週運び込んだ元スカイピア安達太良のB621014を指さして言い、図面保管担当の真美が首をプルプルと横に振る。翔悟の目が死んだ魚みたいになった。
「そんなぁ」
まるで塩をかけられたナメクジだ。
「だったらさ、コピーさせてもらえばいいのよ。」
『へ?』
後ろを振り返ると、カンカンがスマホを持って立っていた。
「コピーさせてもらうって、まさかメーカーにお邪魔するわけにはいかないでしょ。」
わたしが言うと、カンカンはスマホの画面をこっちに向けた。
「メーカーの協三工業にはすでに許可はとっといた。明日ならOKだって。」
え!?
「と、いうわけで、明日はみんな各自必要な物を持って猪苗代駅に集合ね。」
カンカンはそう言って、工場の外に出ていった。
・・・・・そして今、わたしたちは東北本線下り、郡山発仙台行き普通列車の先頭E721系P8編成のボックス席の一つに陣取っていた。
窓の外を眺めると、普段は拝むことのない安達太良の山が見える。わたしは、郡山駅で買った駅弁を食べ終わると、そのガラをレジ袋に入れた。
ピッ!
《まもなく、福島、福島にございます。東北新幹線、山形新幹線、奥羽本線はお乗り換えです。》
《間もなく、福島に到着いたします。お降りのお客様は車内に落とし物、お忘れ物などなさいませんよう今一度お手回り品をご確認ください。福島では、二番線に到着します。お出口は、左側です。お乗り換えのご案内です・・・・・・・・・》
女の人の声の自動放送、次いで車掌さんの肉声の放送が入る。わたしは車掌さんの肉声のほうが温かみがあって好きだな。
くふぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・・・・・・・
空気ブレーキと回生ブレーキがかかる音がして、列車は減速を始めた。
「みんな、そろそろ行くよ。」
カンカンが席を立つと、真美と翔悟もそれに続く。わたしは、片づけをちゃんとやったかを確認して、最後に席を立った。
キンコン!キンコン!
先頭のカンカンがドア横の「あける」のボタンを押すと、チャイムの音がしてドアが開く。
「うーん、ついに来たね~」
駅前に出て、あらかじめ手配してあったタクシーに乗り込む。
しばらく走ると、「協三工業株式会社」と書かれた建屋が見えてきた。
駐車場に入ったタクシーから降りる。
「じゃあまた、帰りにお願いします。」
「はいよ。」
カンカンが声をかけると、タクシーはもと来た道を帰ってった。
「こんにちは!」
建物のほうから、作業服を着て、眼鏡をかけた女の人が歩いてきた。歳は二十五歳くらいかな?赤みがかった髪を肩まで伸ばして、それをポニーテールにしている。
「沼尻鉄道保存会の皆様ですね?わたしは、今回皆さんの案内役を務めます奥谷はつみと申します。よろしくお願いします。」
『よろしくお願いします!』
わたしたちも、背筋をピンと伸ばして奥谷さんに挨拶する。
「みんな元気があっていいね~!じゃあ、さっそく工場の中を見てもらうよ。」
奥谷さんがわたしたちに協三工業のマーク入りの黄色のヘルメットを渡した。
「わたし、こういうの初めて。」
「俺もだな。」
「ついに見学だ~!ドキドキするー!」
カンカン、翔悟、真美がそれぞれにヘルメットをかぶるのを見ながら、わたしもヘルメットを頭にかぶった。
「うん!みんな似あうね。じゃあ、レッツゴー!」
奥谷さんに続いて建屋の中に入ると、わたしの視界に飛び込んできたものがあった。
「あれは、SLのボイラーですか?」
それを指さすと、奥谷さんはうなずいた。
「そうだよ!よくわかったね」
「お~!ボイラーだ!ボイラーだー!」
「結構大きいわね。」
「わたしも生で見るのは初めてだよ!」
みんなスマホとかカメラで中の写真を撮りまくる。
「完成すると、ああなる予定。」
奥谷さんがもう一つの鉄の塊を指さした。
「あっちはもう組みあがってるんですか!さすが今でも蒸気機関車を作ってるだけありますねぇ。」
「正確に言うとレストアだけどね。銘板が無いからわからないけど、たぶん戦前から戦中にかけての当社製造。うちの妹のつてでさ、やることになったんだよね。」
奥谷さんが笑いながら言う。
「あの、あっちの金ピカなのは何っすか?」
翔悟が奥のほうにある金色の蒸気機関車を指さして言う。
「あれはね。うちで製造されて陸自で使われたヤツ。今は栃木県の那珂川清流鉄道保存会ってとこの所有だよ。その点ではさっきの子たちとも同じかな。さっきの子たちは旧海軍と陸軍で使われてたの。それをうちの妹たちが持ってきたんだ。あっちはゼロファイター・ジャパンっていう会社の所有。」
へぇ~、車両に歴史あり。だね!
「すごい!すごいよここ!はるばる猪苗代から来たかいがあったよ!大和!」
突然、真美がわたしの首に抱き着いてきた。
「く、苦しい・・・・・・・・・・放して・・・・・」
奥谷さんは、そんなわたしたちを見てふふふっと笑って言った。
「じゃあ、そろそろ本題の図面に移りましょうか。」
「・・・・・ここが、図面室。戦後の図面は、ほとんどが保存されてるの。」
好きに見てっていいわよ。と、奥谷さんは笑って言った。
「あと、コピーもご自由にどうぞ。」
『ありがとうございます!!』
お礼を言って、さっそく作業に取り掛かった。
「えーっと、これだな。」
翔悟が棚をあさって、「スカイピア安達太良向け遊覧鉄道用蒸気機関車」と書かれた箱を取り出す。
「客車はこれねっ。」
真美は、「スカイピア安達太良向け遊覧鉄道用客車」と書かれた箱を取り出した。
「えーっと、沼尻鉄道の車両は・・・・・・っと」
わたしも棚の間を探し回り、お目当てのものを探す。
「これは、こう・・・・・・・・同じようなのは一つにまとめて・・・・・・」
カンカンは図面室の真ん中にある机に陣取り、それぞれの図面をコピー機にかけて印刷していた。
「あった!これこれ!」
わたしはやっと「沼尻鉄道向け蒸気機関車走り装置流用ディーゼル機関車」と書かれた箱を見つけた。
「カンカン!お目当てのはみんな見つけたから、あとはカンカンの仕事手伝うよ!」
「ありがとう。助かるわ。」
カンカンのコピーの仕事を交代する。カンカンは、休息を取りに外に出ていった。
「はい、これお願い。」
「國分、これも頼む。」
真美と翔悟から次々に送られてくる図面をコピー機のスキャナー部分に挟む。
「片面カラー印刷っと。」
ウィウィー、ウィー、ガシャッ
スタートボタンを押すと、すぐにコピーされたものがコピー機から吐き出される。
すぐさま出来を確認して机の上に置き、また別の原稿をスキャナーに挟んでコピー。
印刷、スキャン、印刷、スキャン・・・・・・・
途中で真美と交代したりしたけど、正直きつかった。
これで分かったことがある。それは、「コピーは結構体力使う」ってことだね。
あーほんと仕上がりが気になって心臓に悪いし、原稿の束を運ぶのも楽じゃないし・・・・・・・・社会人になったらこういうのが待ってるわけか。
(ふぅ~。)
こっそりと、心の中でため息をつくわたしだった。
四時間後・・・・・・
「終わった~!!」
真美が、図面の最後の一枚を書類ケースに入れて叫んだ。
「よっしゃあ!」
「よかったね。」
翔悟とカンカンが次々に声をかける。
「終わったんだ。ほんと大変だったね。お疲れっ」
わたしも声をかける。
「みんなもお疲れ~!」
真美は満面の笑みを浮かべて言った。
窓から差し込む夕日が、その白い歯をきらめかせる。
その笑顔は、本当にまぶしかった。
本日の鉄道ラジオは、パーソナリティー不在(ネタも不在)のため、休止いたします。
だからちょこっと裏話でも。
実は、ここに出てきた協三工業の奥谷はつみは、拙作「飛べ!僕らの零戦!」に登場する奥谷みやびのお姉さんです。ちなみに、性格も見た目も妹とそっくりです。