第十五章 それぞれの旅立ちの日
四月四日、わたしたちは新年度に入って、一つ進級して、2年生になった。
その六日後の土曜日、早朝四時、今日は緑の村からの車両搬出の日だ。
作業に使うH鋼材や仮設レール、ウィンチ、自走式クレーンは、前日のうちに緑の村の駐車場に運び込んでおいた。
そして今、わたしは白木城運送の名前が入ったミニバンに乗っている。
普段ならユメに乗って行くんだけど、大きい音にビックリして暴れると困るから、おいてきた。
助手席にカンカン、後部座席に真美と翔悟とわたしの三人。運転しているのはさくらさんだ。
カンカンはほおづえをついて外を眺めている。
真美と翔悟は楽しそうに話している。
みんな、静かだなぁ。そのときだった。
「ねぇねぇ、大和って、彼氏とかいるの?」
耳元で真美の声が聞こえた。
「かっ、彼氏!?いないけど。そういう真美は翔悟とラブラブでしょ。」
「そうだよ~。こんなこともできちゃうんだ。」
そういった瞬間、真美が翔悟に抱き着いた。その唇が翔悟の頬につきそうになった瞬間・・・・・・
「ちょ、なにすんだよ!」
翔悟が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ほんとはうれしいくせに~。」
真美がちゃかすように言う。
「そろそろつくよ。」
カンカンの冷静な声がかかってきた。
ブゥゥゥゥゥ・・・・・・キッ
駐車場に入って停止したミニバンから降りた。
もう暦の上では春とはいえ、会津の朝の空気は冷たい。
車からロープと支柱を降ろして、資材が置いてあるまわりにロープを張って、立ち入り禁止にした。
トラックから三角コーンと遮断棒を降ろして、車両の周りも立ち入り禁止にする。
車両たちの近くにある「アクアマリン猪苗代カワセミ水族館」は、臨時休館にしてもらった。万が一の場合に備えて、危険が予想される区域の生き物たちには別の水槽とかケージに避難してもらってる。
朝五時、わたしたちは、食事をとった後、準備作業を始めた。
さくらさんと南美さんがクレーンに乗り込んでエンジンをかける。
その間にわたしたちは、白木城運送の人たちと一緒にH鋼にロープをかける。玉掛は大人の人たちが教えてくれた。
車両のほうの準備もする。
「よいしょっと・・・・・・」
ガスバーナーとレンチを手に持って、DC121に上った。
シューーーーーーーーー!
スイッチを入れると、ガスバーナーの先から炎が噴き出す。
ナンバープレートを止めているボルトは、長年のサビで固着している。
それをバーナーで炙り、レンチで回して抜いた。
「真美、お願い。」
「はいはーい!」
外した部品は真美がていねいに包んで車に乗せる。
窓ガラスも外して、ベニヤ板でふさいだ。
「クレーン動きまーす!」
白木城運送のロゴ入りヘルメットをかぶったさくらさんが、クレーンの運転台から叫ぶ。
グオォォォォォォォォォォ!
さくらさんが操るクレーンがH鋼をつり上げた。
H鋼にはすでに、レールが溶接してある。
「あと五ミリ手前、行き過ぎですあと一ミリ奥に・・・・・・・」
武さんがトランシーバーで指示を出し、それに従ってクレーンがミリ単位で微調整を繰り返す。
レールが溶接されている面を上にして、機関車が置かれてるレールとピッタリ合うように、平行に置かれた。
「ここと、ここ・・・・・・・」
レールの端には、ちょうどボルトが通るくらいの穴があけられている。そこにレール継ぎ目板をあてがって、ボルトでしめて繋いでく。
展示スペースのレールと仮設レールをつなげた。
つぎに、ウィンチを上にあげる。
ウィンチのロックを外して、ワイヤーロープを引き出す。機関車の連結器のピンを抜いて、はしっこの輪になっている部分を入れて、ピンを下した。
車両同士の連結も解いた。
これで準備は完了。
客車内に置いてあった長机と「思い出ノート」も搬出する。
『思い出ノート』を開いてみると、最後のページまでびっしりと書いてあった。
《復活おめでとう!!また会いに行くよ。》
《新天地でも頑張ってね。》
あらためて、この機関車がみんなに愛されてたことに気づいた。
午前10時ごろ、搬出が始まった。緑の村の駐車場は、たくさんの人とテレビ局、新聞記者でごった返してる。
「こんなにたくさんの人が来るなんて・・・・・・。」
カンカンがつぶやくように言った。
「愛されてたんだね。」
作業が始まった。
車両の走行部に機械油をさす、ウィンチを駆動させて機関車を引き出し始めた。
ギギギギギギギギギギ・・・・・
車体の軋みとともに、DC121の巨体がゆっくりと、動き始める。
屋根のあるスペースから出て、仮設線路に移動する。問題はない。
車両全体が仮設線路に出たところで、止まる。
グオオオオオオオン
さくらさんと南美さんがクレーンを動かして、車両の前と後ろにワイヤーロープを下した。
車両の前後にロープをかけて、固定する。
「玉掛OK。失敗は許されないので慎重にお願いします。」
真美が無線機で合図を出す。
もし失敗して、車両が落ちれば、大破、復元は不可能。たしかにエラーは許されない。
「まず500ミリ上げるよ。」
「了解。」
南美さんとさくらさんの声が聞こえてくる。
今回の作業は南美さん主導なんだそうだ。
DC121の車輪がレールを離れた。
少しづつ高くつり上げられる。横に移動すると、駐車場に止められたトレーラーの荷台に、そっと降ろされた。
パチパチパチパチ
見物人がいっせいに拍手する。
続いて、ボサハ12、その次にボサハ13がトレーラーに降ろされた。
H鋼と保存場所に敷かれていたレール、近くに置いてあった踏切警報器もトレーラーに積み込んで、出発した。うしろから自走式クレーンもついてくる。
野口自工では、もうすでに全部の工程が終わって組み立てられたコッペル6号とこれから組み立てられる363号、まだバラバラの芭石1号が出迎えてくれた。
テレビ局はここまでもついてくる。
復活の過程をドキュメンタリー番組にするらしい。
車両を全部降ろし終わると、代わりにコッペル6号がトレーラーに積み込まれた。目的地は、長野県王滝村にある「松原スポーツ公園」。
ここにはかつてこの村にあった「木曾森林鉄道」の車両が走る線路があって、組みあがった車両の試運転、訓練運転は、この線路を借りてやらせてもらうことにした。
使用許可は管理者である「りんてつ倶楽部」にお願いして、もう取ってある。
「では、行ってまいります!」
ブオォォォォォォ
運転担当の武さん、南美さん、さくらさん、指導機関士のおじいちゃんが付き添って、トレーラーが出発した。うしろから石炭を山積みにしたトラックと福島中央テレビのロケバスも追いかける。
三台の車は、高速道路のインターチェンジに向けて走り去っていった。
その三日後のお昼、わたしたちは同じ県内の二本松市にある「スカイピア安達太良」の構内にいた。ちなみに、みんなつなぎの作業服の上に黄色の安全ベストを身に着けている。
「ふぅ~!とりあえず車両はトレーラーに積んだから、あとはレール撤去と踏切設備、駅舎、蒸気機関車関連設備の解体、積み込みだね。」
そういう真美の視線の先には、一両の蒸気機関車と四両の客車、一両の電源車がそれぞれトレーラーに載せられていた。
全部緑色の防水シートがかけられているけど、機関車の煙室部分はシートが外れてて、そこから除くナンバープレートには、「B621014」という文字が浮き彫りにされている。
それぞれの側面には、「『スカイピア安達太良号』新天地へ 二本松市の皆さん、今までお世話になりました! スカイピア安達太良⇒沼尻鉄道保存会」と書かれた横断幕が掲げられていた。
「それにしてもこの客車、結構古そうだよね。見た目だけは。」
「そうだよね、でも昭和六十四年製っていうね。ダブルルーフだからかな。車体色も茶色に白帯だし。でも、これだとまるで一等車だね。」
真美の言葉に、わたしが返す。
「おい!昼食い終わったし、作業に戻るぞ!」
いつの間にか、わたしと真美の後ろに翔悟が立っていた。
「えーーー!やだ!」
真美が駄々をこねるけど、次の翔悟の一言でおとなしくなった。
「今度二人っきりでデートしてやるから。」
このリア充どもめ!爆発四散し(以下自粛)
二人が連れ立って作業に向かう。くっ、リア充爆発し(以下自粛)
わたしは近くに置いてあったバールを取ると、線路のほうに向かった。
「えいっ!」
まずは、レールを枕木に固定している犬釘の下にバールを差し込む。その間に、翔悟と真美が電動ねじ回しを使ってレール継ぎ目板を外していった。
「よいしょ―!」
上半身に力を込めてバールを倒すと、メリメリッと音がして犬釘が抜けた。
これを何十回も繰り返して、すべての犬釘を抜いて回収する。すると、枕木から解放されたレールの横に、「ユニック車」と呼ばれる小型クレーン付きのトラックがやってきた。これにも「白木城運送」の文字が書いてある。
「おーい、どけどけー!」
おじいちゃんが運転席から降りてきて、クレーンのフックを手早くレールにかけた。
「行くぞー。」
翔悟のおじいちゃんがクレーンを操作し、レールを二本いっぺんに荷台に積む。
この後も、こんな作業が延々と繰り返されたけどそれは割愛。
一時間後・・・・・・・・・・・
すべてのレールがトラックに積まれると、白木城運送から来た自走クレーンと超大型トレーラーが移動を始めた。トレーラーは線路敷きの近くの鉄橋の下に、クレーンはレールを剝がされた線路の上を通って鉄橋のすぐ横まで移動する。
「記録開始っと・・・・・」
記録係のカンカンがプロ仕様の大きなビデオカメラを肩に担ぎ、録画開始ボタンを押した。
トラス式鉄橋の両端に長いロープが結わえられ、その端を翔悟と真美が持つ。
ウィーーーーーーン
クレーンの車体からアウトリガーが出てきて、地面にしっかりと着いた。
グオォォォォン
先端のフックが下りてくる。
ガチャッ!
「玉掛OK!」
白木城運送の職員さんが手早くロープを鉄橋にかけて、トランシーバーで指示を出し、それに答える声がトランシーバーから聞こえてきた。
「クレーン動きまーす!」
グオオオオオオオン
掛け声と同時にワイヤーが巻き上げられ、トラス式鉄橋の橋桁が宙を舞った。
「せーのっ!」
真美と翔悟が同時にロープを引いた。それにつられて、桁が九十度回転する。
ちょうど九十度回転すると、真美と翔悟はお互いのロープをピンと張って桁が揺れないようにした。
「オーライ!」
ピーッ!
真美が叫んで笛を吹く。
グオオオオオオオン
再びクレーンが動き、桁を慎重に下ろし始めた。
トレーラーのすぐ上まで来て、ピタリと止まる。
「もうちょい左!行き過ぎ!右に一センチくらいずらして!」
作業員さんの指示に従って真美と翔悟が細かな微調整をしていく。
「はい!OK!」
トレーラー荷台の支持治具と桁がぴっとりと合う位置に来ると、再びクレーンが動き出した。
ピッ!ピーッ!ピーッ!
笛の音とともに桁がそっと荷台に安置される。
それと同時に、桁に防水シートがかけられ、専用のベルトで荷台に縛着された。
「お疲れさまー!」
誰からともなくいって、わたしたちは芝生の上に寝っ転がった。日はすでに、西の山々の陰に沈もうとしている。
アオー、ウオオン、ウアオーン・・・・・・
どこからともなく、物悲しげなオオカミの遠吠えが聞こえてきた。
駅舎と機関庫の解体は、また後日猪苗代町の下請けという形でやることになっている。
スカイピアのスタッフさんへの挨拶はもう済ませておいた。
「じゃあ、帰ろっか。」
こう言いだしたのは誰かもわからない。だけど、その一言でわたしたちは起き上がると、それぞれの車―わたしたち中学生組は白木城運送のミニバン、わたしと翔悟のおじいちゃんはレールを満載したユニック車、そのほかの人はトレーラーや自走クレーン―に乗り込んだ。
キュンッキュキュキュキュキュ・・・・・・ドドドドッ!
エンジンがかかり、わたしたちのミニバンを先頭に山を下り始めた。
途中で巨大なクマとかオオカミの群れに行く手を横切られてビックリし、さらに巫女服を着た女の子がオオカミと一緒に歩いてて二重にびっくりしたりもしたけど、とりあえずレールと鉄橋は資材置き場の白木城運送駐車場に、車両は整備場所の野口自工に置いてきた。
「ただいまー」
家に帰ってきたわたしは、玄関の扉を開ける。
「はいおかえりー」
いつものようにお母さんが出迎えてくれて、囲炉裏と薪ストーブには火が入っている。
「今日も楽しかったよ・・・・・・・」
わたしはそう言いながら、自分の部屋に上がった。
外はきれいな月夜で、オオカミの声がよく似合うような空だった。
大和「大和とぉ!」
真美「真美とぉ!」
栞奈「栞奈の―!」
三人『鉄道ラジオ~!』
―この番組は、白木城運送、國分電機店、野口自工、株式会社ゼロファイター・ジャパン、株式会社アースフォレストの提供。猪苗代町、沼尻鉄道保存会、日本保存鉄道連盟の協賛でお送りします。
大和「さあ今回も始まりました鉄道ラジオ!メインパーソナリティーの國分大和です。」
真美「同じく白木城真美です。」
栞奈「これまた同じく木地小屋栞奈です。」
大和「今回は、復活に向けて大きな動きがありましたね。」
真美「大事な一歩だね。」
栞奈「真美、家が資材だらけで狭くない?」
真美「それ言ったら車両整備の翔悟の家だって同じだよ!えへへっおそろい」
次の瞬間、真美は翔悟の彼氏自慢をし始め、他二人の心にすさまじい殺意がこみあげる。
大和「のろけ語ってる真美は置いといて、終わろう。」
栞奈「本日も聞いていただきありがとうございました!では、また次回お会いしましょう!」
真美「・・・・あれ?大和とカンカンは?」