仲間
人物説明回みたいな話です。
月明かりが照らす夜空の下、目の前に泉が広がっている。そしてその対岸にはところどころに灯りのついた楼閣がそびえている。心地よい夜風が草木を揺らし、月光が煌めく水面を微かに波立たせていた。少しひんやりとした夜の空気を全身で感じながら大きく深呼吸をする。体が内側から冷やされ、意識が冴え渡る。この澄んだ空気のおかげもあるだろう。最近この泉の畔がお気に入りの場所となっている。
ふと空を見上げると、金色の光を放つ丸い月が黒い夜空に浮かんでいるのが見えた。どうやら今夜は満月らしい。確か、あの日もそうだったか。
「……」
もう一度深呼吸をして、泉のすぐ側まで近づく。足元を覗くと、揺れる水面にこちらを見返す幼い少年の顔が映った。あれから、俺が牢屋紛いの部屋で目を覚ました日からもう4年が経つ。いい加減この姿にも慣れてきた。
ここはどこか。天国か地獄か。死後の世界という意味では、あながち間違いではないのだろう。何故ならここは俺が生前過ごしていた世界とは別の世界なのだから。
魔物と呼ばれる生物が生息し、魔法の概念も存在するファンタジー要素溢れる世界……らしい。
らしい、というのも俺はどちらも見た事がないのだ。魔物がうじゃうじゃいるという里の外に出ようものなら危ないからと止められるし、魔法はそもそも使える者が俺の周りにいない。なんとも歯がゆい。
それと、原則として人族は例外なく魔法が使えるとされているようだが、聞いた話によると俺の種族は人族ではあるが無理なんだそうだ。例外なくとは一体。
でもまぁ正直なところ、平和に過ごせるなら魔法なんていらない。魔法が使えない代わりに今の生活があると思えば余裕で釣りがくるレベルだ。
4年前、何の因果か俺は2度目の生を受け『シレン』という名を授かった。
正義感が強く、里を守る『里守』として皆から尊敬される父と、少々ドジな部分もあるが、いつも明るく自然と周囲を笑顔にする母。仲睦まじい二人に育てられ、俺は何不自由なく育てられた。
知る限りだと文明のレベルは低く、エアコンやらテレビはありはしないが、もとより生前そんなものは家になかったので気にならない。里の皆もとてもよくしてくれて、充実した、幸福な時間を過ごしている。
……。
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「シーレンくーんっ!」
唐突に背後から無邪気な、いや間の抜けたような声で呼ばれる。振り向くと、1人の幼女が手を振りながらこちらへ駆けて来るのが見えた。だが、足取りは心なしか覚束無く、それほど離れていなかった距離を縮めるだけで二度三度と転びそうになっている。その都度あぅ、おぅ、と声を上げる様子はさながら陸を這うオットセイを連想せざるを得ない。
滑稽ではあるが、今にもヘッドスライディングしそうで見ているこっちがハラハラする。今となっては馴染みのある光景ではあるが、未だに慣れない。
「どうしたの?」
「特に用事は無いんだー。ぼーっとしてたみたいだけど、なにしてたのー?」
この少女と呼ぶにもまだ幼い彼女の名はセツナという。腰まで伸びている綺麗な黒髪だが、前髪以外は生まれてから1度も切った事がないらしい。おじいちゃんや周りの大人達が綺麗だと褒めているせいか、本人は切りたがらないようだ。
「普段ぼーっとしてるのはセツナちゃんの方じゃないか。それに僕はぼーっとしてたんじゃなくて、何も考えたずに泉を眺めてただけだよ」
「……普通はそれをぼーっとしてたって言わないのかな?」
「む、確かに。だけど、そう言うセツナちゃんは今まで何してたの?」
「何してたと思いますか?」
「蟻の鑑賞をしてたと思います」
冗談混じりに言う。
「んー、そういえば今日は蟻さん達見てないかなー」
あ、普段は見てるんだ。
「今はおじいちゃんの家から帰る途中なんだー」
「おじいちゃんのところって事は、勉強してたんだ。偉い偉い」
「えへへー」
頭をポンポンと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、自分から頭をウリウリと擦りつけてくる。猫みたいだ。
一応俺の幼馴染みになるのだが、生前を含め、すでに中身が20歳過ぎている俺としは全くそんな感覚はない。幼馴染みというよりかは、娘や妹のような感覚に近いだろうか。もちろん生前そんな家族はいなかったから例えるならの話だが。
それからしばらく泉のそばで談笑に花を咲かせた。
ぎゅるぎゅるる〜
突然、何の前触れもなく唸るような音がした。
「わわっ、何のおとー?」
「ご、ごめん。僕のお腹の音だ……」
泉でずっと考え事をしていて、セツナが来てからは話に夢中になっていて、俺は今更自分の腹が減っていることに気付く。彼女を子供扱いしていたというのに、これじゃあこっちが子供のようだ。プライドがあるわけではないが、何だか少し恥ずかしい。
「あはは……」
「いい音だったねー。そろそろ晩御飯の時間かなー」
ぎゅるるるる〜
再び腹の虫が鳴いた。今度は俺じゃなくてセツナだ。見ると少し顔を赤らめ、恥ずかしさのせいか、はにかんだ笑みを浮かべている。きっとさっきの俺もこんな表情だったんだろう。
「あはー、私もお腹鳴っちゃった……」
「そろそろ帰ろっか……ってセツナちゃんは元々帰る途中だったっけ。なんか、引き止めてごめん」
「ううん。私もお話したかったし撫でてもらえて嬉しかったよー。気にしないでー」
ニコニコ笑うセツナを見て安堵する。話している時も不機嫌な様子ではなかったが、こういうのは口で言ってくれるまで少し不安になる。弱気になり過ぎだな。情けない。
「一緒に帰ろ、あんまり遅いと家の人も心配するかも」
気を取り直してセツナの手を取り、駆け足気味に帰路を辿る。相変わらず腹の虫は鳴き続けていて小恥ずかしい。それを誤魔化すために、赤らんだ顔を隠すために俺はセツナよりも少し前を進む。
「心配はしてくれないと思うなー……」
そのせいだろうか。セツナがポツリと零した言葉を、俺はうまく聞き取ることができなかった。
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里の中心に位置する泉からセツナの家まではかなり近い。子供の足で歩いても5分と経たないだろう。というかそれだけの時間があれば里の端から端まで走って横断できる。そう考えると、この里の狭さが分かる。
「たっだいまー!」
玄関の扉を開けセツナが大きく声を上げる。すると家の中から1人の男性が現れた。
「うげっ」
「やぁ、シレン君。セツナを送ってもらったのかい?ありがとう」
見た目は20代前半くらいだろうか。肩までかかりそうな黒髪を後ろで結っているパッと見チャラそうなこの人がセツナの父親、イクサである。実際にチャラいのかというとそんな事はなく、紳士的で里の皆からも評判が良い。ただ、俺はこの人が苦手だ。最初は『セツナのお父さん』と呼んでいたが、子供の姿のせいか上手く言えなかったので、今ではおじさんと呼んでいる。今となっては難なく言えるが、既にその呼び名で定着している。
「セツナ、ただいま帰りましたであります。あー、お腹減ったよー」
「うん、おかえりなさい」
「じゃあ僕は失礼します。セツナちゃん、また明日ね」
軽く言葉を交わして足早にその場を立ち去ろうとする。が、背後から伸びてきた手が俺の肩をガシッと掴んだ。
「……離してくださいな」
「まぁまぁ、そう急がずに。少しウチでゆっくりしていかないかい?」
前に進もうとするが、肩を掴んでいる手が離れない。痛い痛い、この人怖い。
「いえ、結構でs---」
「いやいや、遠慮せずに上がっていくと良いよ。なんなら夕飯一緒にどうだろう?お腹も減ってるんじゃないかな?セツナもそれで良いかな?」
「うーん……まぁ、シレンくんがいいならー」
俺を置いて外堀が埋められていき掴んでいた手が離された。こんなことなら家の前でセツナと別れておくべきだった。普段この時間帯は仕事で家にいないはずなんだが。
「今日は早めに終わって良いって言われたんだ。せっかくだし色々と話してみたいな。シレン君とはよく顔を合わせるけどじっくり話したことがあまりないからね。セツナとどういう関係になってるのかも気になるんだ」
「もー、変な事聞かないでよー!」
「……」
セツナがハハハと笑うおじさんをポカポカと叩く。その茶番を俺は1歩退いたところで眺めていた。……この隙に帰っても良いだろうか。そう思った時、おじさんの背後からヌゥっと1人の女性が現れ、彼の頭に拳を振り下ろした。鈍い音がして、おじさんはバタッと倒れ込みピクピクと痙攣した後動かなくなった。……死んでないよな?
「うるさいわよ」
おじさんにゲンコツを食らわせ、殺害した疑いのあるこの女性はセツナの母親で名をヨスガという。見た感じの年齢はおじさんと同じくらい。長いポニーテールとキリッとした顔立ちが特徴的で、同じく黒い和服のような服に身を包んでいる。凛とした印象を裏切らず、家事全般をそつなくこなす。ただ見て分かる通り、旦那に対して容赦がない。セツナの父親がおじさんなら、おばさんと呼ぶのが普通かもしれないが、彼女におばさんという呼び名はあまりにも似合わないので、ヨスガさんと名前で呼んでいる。余談であるがボンキュッボンでとてもスタイルが良い。
「ごめんなさい、ウチの旦那が迷惑をかけて。変な事されてない?」
「僕は大丈夫ですけど、ヨスガさんはおじさんの心配をした方が良いんじゃないですか?」
「良いのよ、この人石頭だから」
「そうですか……」
見ると未だに横たわっているおじさんをセツナがあちこちつついている。脇や足の裏をつつかれる度に「デュフッ」とか「ウェヒヒッ」とか漏らすあたり、大丈夫なのだろう。
「普段は大人しいんだけどね……。何でシレン君の前ではこうなるのかしら」
ため息をつき、少し困った表情を浮かべ娘の前で奇声を漏らすおじさんを眺める。
「そういえばシレン君のお父さん、今日はもう帰ってるみたいよ。普段お仕事であまり話す機会ないだろうし、早く帰って相手してやりなさいな」
おお、父さんが。そういえば最近忙そうでまともに顔を会わせてなかったな。色々話したい事もあるし、早く帰ろう。
「そうなんですか。わかりました」
「おー、シレンくんなんだか嬉しそうだねー」
「え、えぇ……。そんなふうに見える?」
心境を言い当てられて、ドキッとしてしまう。セツナは妙なところで鋭い。きっと今の俺の反応からも図星だと判断してるだろう。図星だ。
「見えない尻尾がブンブンいってますなー」
「えぇ、なにそれ」
読心術の一種では。
「ちなみに嬉しい時と、恥ずかしがる時は耳の先っちょが赤くなります。私のお父さんもそうです」
読心術とかじゃなかった。だが、そんなに冷静に分析されてると思うと、なんだかムズムズする。
「な、なんかいやな共通点だなー」
「あら、気付かなかったわ。じゃあ今は恥ずかしがってるってことかしら?」
さり気なくセツナの方から見えないように顔を逸らしたが、今度はヨスガさんに丸見えだったようだ。仕方がないので髪で耳をサッと隠す。
「これなら私にも分かるわ」
「シレンくんはかわいいですなー」
「も、もう帰ります!」
踵を返し、その場を離れる。後ろからセツナの「また明日ねー」という声が聞こえたが応えなかった。穴があったら入りたいとはこの事だろう。内面を全て暴かれてしまったようでとても恥ずかしい。セツナは子供だと思っていたが、なんだかこっちが手玉に取られている気分だ。さすがにプライドというか自尊心が傷付く。
そういや、おじさん伸びたままだったな。大丈夫だろうか。
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30秒後、帰宅。
家に帰ると台所から魚の焼けるいい香りが漂ってきた。腹の減っていた俺は、誘われるようにして匂いのする方に進む。台所には母さんがいた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
母さんは綺麗な黒髪が特徴的な人だ。そしてその黒髪をボブヘアーのようにしている。せっかくなんだから伸ばさないのかと聞いたことがあるが、以前調理中に火が髪に燃え移る事があったそうな。それも一度や二度ではないらしい。で、危機感を感じた周囲の人達に諭され、以来髪を伸ばさないようにしているとの事だった。
母さんは他にも色々緩いというかなんというか、なにかが定まってないような気がして心配になってくる。これを、天然と言うのだろうか。
「お父さんにご飯だよーって声かけてきてもらえる?多分お家の裏の方で武器の手入れしてるから」
「うん。分かったよ、お母さん」
「ああ、あと手をちゃんと洗ってね」
「分かってるよ」
「ああ、あと今日は満月だったぜぃ」
「分かってる、分かってるから」
「ああ、あと実は今日お父さんもう帰ってるのじゃ」
「……」
「ああ、あとお母さんの下着の色は---」
「だから、分かってるって!!!!」
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母さんに頼まれ、父さんを呼びに向かう。
玄関とは反対側の家の裏は、小さな庭のようになっている。そこから金属が擦れるような音や、コツコツと何かを叩くような音が聞こえてくる。目を凝らすと、そこには武器の手入れをする父さんの姿があった。藁のような植物で編んだ敷物の上で作業をしている。靴の無かった俺は庭には降りず、廊下から声をかけようとした。
「おう、おかえり」
俺の気配に気付いたのか先に声をかけてきた。流石というかなんというか。里の守りを担ってるだけはある。
「ただいま。お父さんこそ、おかえりなさい」
父の名はラセツ。黒い髪を短く切っており、爽やかな印象を与を受ける。しかしながら目付きが悪く、額にある傷跡も相まって中々の強面だ。口調も少し単調なため、最初は正直話しづらかった。だが実際はとても優しい人だと知り、今では頼りになるし誇れる父だと思っている。
「お母さんがご飯だから呼んできてだって」
「そうか、わかった」
そう言うと父さんは作業を中断してむくりと立ち上がった。ずっと同じ姿勢だったのだろうか、大きく伸びをしたり肩や首を回したりと関節をほぐしているようだ。
「今日は早かったんだね」
「ああ、もう少ししたら忙しくなるからな。3日程体を休めておくようにと言われた」
父さんが休みを貰えるなんて滅多にない。久しぶりに一緒に過ごせるのは嬉しく思う。里の外の話も色々と聞きたい。
(……そういえばこういう時俺は耳が赤くなるんだったか。父さんにバレてはないと思うが、少し気になるし隠しておくか)
先程セツナの家でやったように、さり気なく髪で隠してみる。
「なんだ、気付いたのか」
「え、お父さん知ってたの!?」
ひょっとすると俺はそういうの分かりやすいタイプなんだろうか?今まで触られなかったが、まだまだ何かしらの癖や反応があるかもしれない。ショックだ。
「まあな、お前が産まれた時から見てるから、知ってるさ」
「ほとんどお仕事でお家にいないじゃん」
少し拗ねてしまい、つい口答えしてしまった。子供の俺にはこれが精一杯の反抗だといえるだろう。それでも父さんは怒るような素振りを見せず、むしろ少し微笑んでいた。
「それもそうだな。だがその分、一緒にいる時は誰よりもお前の事を見てるつもりだ」
「そ、そう」
面と向かって言われると気恥しい。嬉しくはあるが。
「なんか手伝った方が良い?」
「いや、大丈夫だ。危ないからな。お前は戻ってお母さんの手伝いをしててくれ。お父さんも整理したらすぐ行く」
言われてみればそうだ。こんな子供に武器の手入れを手伝わせるわけにはいかないか。
「うん、分かった」
俺は大人しく台所の母さんの元へと戻る事にした。
その後、食卓にて母さんの下着の色を俺が知っていたのが問題にされ、父さんに「それは知らなかった」と真面目な顔で言われたのは別の話。
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食事を済ませた俺は自室に戻った。父さんと話したい事もあったが、今日は武器の手入れに集中したいからと断わられた。やるべき事は先に済ましておくのは実に父さんらしい。夏休みの宿題は最初の数日で終わらせるタイプの人だろう。
俺が転生してから4年。色々な事が分かってきた。
先ず、ここは生前俺が住んでいた世界とは違う世界のようだ。
魔法があり、獣人や森人と呼ばれる亜人も存在するらしい。本で読んだり里の大人達に教えてもらったりした。
俺は転生してからこのかた1度も里の外に出たことがないからな。だから外の世界が実際どうなっているのかよく分かっていないのだ。
それと改めて言うが、俺は魔法を見た事がない。亜人を含め人族は例外なく魔法が使用出来るはずなのだが、生憎と俺の転生した種族は人族なのに魔法を使えない。
次に、この世界には闇と呼ばれる空間が存在する。これも実際に見たわけではないので聞いた話になるが、闇は霧や靄のようなもので、それに触れるとその部分の感覚がなくなり魔法も全て無効化されるらしい。例えば闇の中に腕を突っ込んだとする。すると、腕は痛みや温度を感じられなくなり、動かそうとしても力が全く入らない状態になる。まるで、自分の体が自分の腕を認識していないかのようになるらしい。この闇の性質は全ての生命に影響を及ぼす。ただ、闇から引き抜くと感覚は戻るようだ。
戻るなら大した問題では無い、と思うかもしれないが、全身が闇に飲まれた場合助かる可能性はほぼ無いとされる。命綱を付けていればどうにかなるかもしれないが、そんな事をするくらいなら闇から距離を取りった方がよっぽど良い。それと闇は一定の位置に留まり大きく移動する事はないが、端の部分は浜辺の波と同じくらいには動くそうだ。
今こそ闇の被害は少ないが、昔は今よりもずっと闇の領域が大きかったらしい。そのため、あらゆる種族が自分達の生存圏を得るために戦争をしていた。
確かその辺りの伝承を簡単に記した書物が本棚にあったはずだ。久しぶりに読んでみるか。ベッドから降り、部屋の隅の棚に並べてある本の背表紙を端から指でなぞる。
「あぁ、あった」
本を手に取り、再びベッドに腰掛ける。若干前かがみになり窓から差し込む月明かりが手元に当たるようにして本を開いた。
『 遠い昔、まだ世界の大部分を闇が覆っていた時代。人間や亜人達人族は己の種族の生存圏をかけ、世界全土を巻き込んだ戦争をしていた。
戦況は常に苛烈を極め争いは約1000年続き、その間1度も戦の火が絶えることはなかった。
しかし、均衡していた戦況はとある種族の出現により大きく傾くこととなる。
突如として現れた『鬼』と呼ばれるその亜人は、非常に少数ながら高い身体能力と強大な魔法を駆使し、瞬く間に他の種族を圧倒していった。鬼の進撃は留まるところを知らず、長きに渡り続いた大戦を制すのは鬼かと思われた。
しかし、鬼のあまりの強大さ故に恐れをなした他種族達は互いに手を取り、協力関係を築き、同盟を結んで鬼に立ち向かうこととなる。何千何万という軍勢に対して鬼は僅か数十人。それでも初めは世界を相手に互角に戦っていたが、次第に消耗していき1人また1人と討ち取られていった。戦況は一転、鬼は次第に追い詰められ全滅を待つのみとなった。
生き残っていた鬼達は荒れた大地に身を寄せ合い、地平線を埋め尽くす軍勢を見つめ、最期の時を待った。その時、荒廃した戦場に突如として草木に囲まれた泉と共に、大の大人を一呑みできる程の大きな黒い狼が現れた。
そしてその狼は生き延びた十数人の鬼にある条件を提示し、それを受け入れるのであれば助けてやろうと告げた。後がない鬼達はその条件を受け入れ、泉と狼と共に忽然と姿を消した。
そして鬼の消滅と共に、1000年に渡る血の歴史に終止符が打たれた。その後、多くの闇が世界から消え、新たな生息域を得た亜人達は各地に散っていった。
人々は鬼と共に消えた泉のある地を『泡沫の里』と呼び後世に語り継ぐようになった。』
「確か……終戦も1000年くらい前だったよな」
本を閉じ、視線を窓の外に向ける。少し離れたところに見える泉がさっきと変わらぬように月を写し出していた。
「今更だけどあの泉1000年以上前からあるのか」
生前は歴史に全く興味がなかったが、こうも大昔の遺産がすぐ近くにあると考えると感慨深い。
ここは泡沫の里。俺達鬼の一族は里の外では伝承のみに残り、その存在はもはや御伽噺とされている。
人物説明回みたいな話でした。




