21 「いつでも復活祭」
スマートガン、これこそ狂ったザイツブルグで唯一のまともな発明だ。
銃と照準器と己の眼が、サイバネティックの神経で一本に繋がる。
俺が銃で、銃が俺で――最高だ。
―― 傭兵<ワンホールショット>グウェンダル・クリュベ
ああ、こんな寒い冬の日は鍋に限るなあ…ソーサリスは良い所だけど、飯が不味いのだけが唯一の欠点だ。
やっぱり和食が恋しくなってきたよ。 こないだ帰ったときに洋食系のファミレスに行ったのは間違いだったかな。
今度は絶対和食の店に行こう…
俺は現実から逃避していた。 そんな逃げの行為だが、誰が俺を責められる?
だって、目の前では血まみれな教団信徒が、手の平に大司教の心臓を乗せて俺達に差し出しているんだぞ。
しかもそれを食えと言っているのだ。 最も悪いのは、それが善意から来ているという事実。
彼ら聖門教団の教えでは、この大司教の心臓は復活して穢れをまとっていない、大司教自身によって差し出された天の恵みらしい。
これを食す事によって彼らの唱える「肉体ある者の原罪」から遠ざかる事ができると。
冗談じゃない。 教団の教えがどうだろうと、これは人の心臓だ! 食えるか!
善意の信者がにじり寄り、俺は後ずさる。
不意に後ろから肩をポンと叩かれる。
「有難い。 ジャック=フェレオル、代わってく――」
振り向いた先に居たのはジャック=フェレオルではなく、たった今そこで絶命した…いや、そこで絶命「し続けている」はずの…大司教だった!
俺は飛びずさって声にならない叫びとも、引きつる声とも言えない音を口から漏らした。
「カイ・ミソロギ陛下、我が聖なる肉体をご堪能いただけましたかな?」
「だ、大司教! お前は…お前は、そこで死んでいるんじゃないのか!」
もう訳が分からない。 死者が復活するとか言うレベルじゃない。
大司教がもう一人居る!
「ク、クローン人間か!」 「クローン? 遺伝子を複製した所で同じ人間にはなりませんよ、竜王陛下。」
「影武者か! サイバーウェアで顔を変装したに違いない!」
「ははっ、竜王陛下も疑り深い。 そこで晩餐として供されているのは、紛れも無く私、ジャン=パウロ・ド・シャンパルティエですよ。
精神と霊の聖なる階梯を昇った者は、肉体的な死とは無縁になるのですよ。 主の御言葉で「昇華」と言われる状態です。」
「昇華だか昇天だか知った事か! 死んだなら大人しく天国か地獄に行ってろ!」
「生きながら天国へ至る道を探るのが、我ら聖門の徒の務め。 さあ、カイ・ミソロギ陛下も主の洗礼を受けたもう。」
大司教は己の、前の己の心臓を手に乗せた信者の肩を抱き、俺のほうへと誘う。
ダメだ。 完全に気圧されている。 この異様な空間と奴らの異常性、そして大司教をどうやったら倒せるのか。
整合性も勝利条件も見つけられない事に、俺は焦っていた。
大司教は俺達を攻撃してこない。 倒す必要など無いということか、メンタル的に飲み込もうとしていやがる。
だがもう付き合ってられない! それが何の解決にもならない事を知りつつも俺は叫ばずにいられなかった。
「アクエリアースッ!」
俺の声が途切れる前にアクエリアスは動いていた。
踏み込むと同時に護身用の短い剣で大司教を薙ぐ。
ドウッ!
鈍い音が響き、同時に酷くやかましかったパイプオルガンの演奏が止まる。
一瞬の静寂が訪れ、その中を大司教の首が宙に飛び上がった。
アクエリアスは唯の一撃で大司教の首を刎ねたのだ。
ゴッ…
大司教の首が床に跳ね、そのまま転がる。 張りついたような笑顔のままだった。
ここからが問題だ。 大司教は必ず次の体を得る。 そして俺達は信者達を怒らせた。
信者達は武器を持って無さそうに見えるが、あのサイバートゥースは並みの武器よりタチが悪いに違いない。
だが俺の予想は外れた。 信者達は怒りに任せ俺達に襲い掛かっては来なかったんだ。
しかし大司教の再度の死を嘆き悲しむ訳でも無かった。
そう、祈りの言葉を口々に唱えながら再び大司教の亡骸に群がったのだ。
俺はその場に立ち尽くしていた。 これが敗北である事が明確だったからだ。
大司教は何度でも蘇る。 殺したのではなく、ただ見失ったのと同じ意味しかない。
敵が目の前に立ちはだかっていたのに、倒す手段もその野望を砕く手段も分からない。
単に追い払っただけだ。
「くそっ…! 一体どうすりゃいいんだ!」
苛立ちと共に床を蹴る。 アクエリアスは淡々と信者の一人のローブの裾で剣についた血糊をふき取っている。 酷い。
ジャック=フェレオルも毒気を抜かれたように、やや呆然としている。
「おい、海よ。 俺達はこれからどうするんだ?」
「知るか。 だが、こちらを攻撃して来ないならやれる事はある。 地下の工場群を破壊してやる。 いこう、アクエリアス。」
勝利条件は分からない。 だが嫌がらせ程度にはなるはずだ。 表立って作業できない地下工場なんだからな。
正直言って嫌がらせどころか、腹いせに過ぎないのだろうさ。 でもだから何だ。
丁度作戦を立て直す時間が欲しかった所だ。 滅茶苦茶に壊してせいぜい時間を稼いでやるさ。
「おっと、それは流石に困りますな。 お帰りになるのは結構ですが、公共物の汚損はご遠慮願いましょう。」
「もう出て来たのか。 三人目ぇ!」
聖堂の2階、キャットウォークになっている所に新しい、あるいは次の肉体を得た大司教が立っていた。
んん…? 何か…変だな?
違和感を覚えたが、すぐに解答には繋がらない。
だが何か奴の弱点か何かが見えてきたような。 何だろう。 とにかく考える時間が欲しい。
大司教から憎たらしい笑みが消えていた。 奴が右手を掲げると、キャットウォークに武装した兵士達が一斉に飛び出してくる。
「ようやく本性を現してきたようだな! 結局は力ずくでもこちらを抑えつけたかったわけだ。 愛と平和の宗教団体が武装兵とは聞いて呆れる!」
「私は穏便に済ませたいのですがね。 カイ・ミソロギ陛下がテロ活動を強行するというのであれば、街と信徒の平和のために武力行使せざるを得ませんな。」
どういう事だ。 いや、考えるまでも無い。 要は地下工場は奴らにとって、俺が考えている以上に重要だったんだ。
大して注意してなかったが、あそこは奴らの「痛い腹」だ。 教えてくれて有難う!
しかし武装兵は厳重な装備だぞ。 教団の白いローブの上から手足と胴をカバーするハードアーマーを装着している。
材質はここから見ても分からないがハンドガンは通用しそうに無い。 頭部も目元周りが色の濃いバイザーになっている白いシェル系のヘッドギアだ。
その兵士達が既に歩兵用の銃を構えている。 ショットガンのようだが、自動銃じゃないのが救いだ。
アサルトライフルで蜂の巣にされたらたまらない。 いくらアクエリアスが竜種と言えども、成す術が無いだろう。
だが問題はそこじゃない。 ショットガンからコードが伸びていて、兵士のバイザーつきヘルメットに接続されている事だ。
銃に標準装備されているスコープとヘルメットバイザーのセンサーを照合して、射撃の諸情報をバイザー上に投影してくれる。
照準器とディスプレイバイザーによる「スマート・ガンリンク・システム」だ。 ザイツブルグで何て呼ばれているかは知らないが。
肉眼でスコープを覗いて射撃する状態より飛躍的に集弾率を上げてくれる。
これで兵士達にサイバネティック・アイがスタッドインされているなら狙いは完璧になる。
ましてやニューロリンクに接続してあって、銃とバイザーヘルメットとサイバー義眼と神経制御を完てリンクさせた「フルリンク・システム」状態になっていたら…
敵は全員への字口のスナイパーレベルになるだろうな。
「ガンリンク・システムか。」
「ほう、良く知ってるな。 アルデバラン・サイバネティーク社の製品だ。 実体はやっぱりクソ聖門教団の傘下だがな。」
「この場で戦っても狙われ放題だな。 通路まで一気に…走れ!」
こちらが動き出すと同時に銃声が聖堂を満たす。
ジャック=フェレオルがハンドガンを大司教の方に向けて連射しながら走り出した。
だが、致命的な事に俺は踏み込みの一歩目で足を滑らせた!
磨かれた床に雪解けの水が溜まっていたせいだ。 おサラバ!
ショットガンで蜂の巣か。 ガンリンクしてるならスラッグ弾だろうから、手か足が弾け飛ぶだけで済むかも…
地面に倒れこむ一瞬でそこまで考えた。 貴重な走馬灯タイムを無駄にしてしまった。
しかし俺の後ろを守るように殿に立ったアクエリアスが倒れ込む俺の襟をキャッチしてくれた!
そして俺を立たせ…ないで、そのまま通路に向かって力任せに俺を滑らせた!
カーリングのストーンかよ! つうか、尻が、太ももが摩擦で熱っ! これ繊維が摩擦で溶けてる熱だ!
姿勢を崩すわけにもいかず、カタカナのヒの字のポーズで背中から通路に飛び込んだ。 ストライク!
「馬鹿か、お前は。」
ジャック=フェレオルの悪態には耳も貸さずに立ち上がって、溶けかけてツルツルになったズボンをはたはたと仰いで冷ます。
火傷の痛みで走るのが辛いが、死ぬよりはマシだ。 大聖堂の外、吹雪の中にまろび出て足に雪を浴びる。 ああ気持ちいい。
「おい、ドジ竜王。 小屋か地下への階段で迎え撃つのか?」
「いや、地下の工場まで下がる。 その事を口にした途端、奴の顔から笑みが消えた。 暴れるならあそこだ。 向こうが銃を撃ちづらいからな。」
「オーケイ、道理だ。 それでいこう!」
ジャック=フェレオルは悪ガキの顔つきになって小屋へ飛び込んだ。 弾を撃ちつくした銃で小屋内の左右を確認し、安全な事を合図でこちらに伝える。
ガクン! おわっ
「アクエリアス! もう大丈夫! 転ばない、転ばないから襟掴まないで!」
「あっ ごめんなさい。 つい…」
アクエリアスは俺を引き摺って運ぶ気満々だった。 ちょっとドジ踏んだだけなのに、俺の運動神経の評価をえらく低く評価されてしまったなあ。
俺たちは散発的に威嚇射撃されたショットガンの跳弾音をBGMに、階段を駆け下りていく。
大司教撃滅の糸口は掴めなかったが、奴らの邪悪な計画を邪魔する方法は分かった。
地下工場を破壊してやれ。 人の嫌がることはすすんでしましょう。
次回、時計仕掛けの大司教編 第22話「ソイレンズ肉」 お楽しみに
食品加工偽装は常に都市伝説と共にある




