20 「晩餐会」
何? グロテスクなものは苦手だって?
じゃあ今回は読み飛ばすんだな。 食事しながらなんて持っての他だ。
でもグロやゴア抜きにパルプフィクションを楽しむなんて無理だぜ!
―― 名も無き三流作家
大聖堂の中央台座の上にある聖門と大司教ジャン=パウロ・ド・シャンパルティエを取り囲む信者達にざわめきが走っている。
侵入者である俺達の正体が暴かれたからだ。 俺が投げつけたローブがゆっくりと大司教と俺の間に舞い落ちる。
「直接お目にかかるのは初めてですな。 カイ・ミソロギ殿下。」
とことん俺を馬鹿にしたいようだな、こいつ。
「干物みたいな爺さんに会いたかった訳じゃない。 子供の遊びを見て興奮する助平じじいを殴りに来たんだ。」
一瞬、大司教の顔が引きつったが鼻でふんと笑い飛ばされてしまう。 ちょっと効いてるようだ。
「言って頂ければ招待しましたのに、わざわざ忍び込んでくるとはお人が悪い。」
「招待なんていらないね。 むしろ勝手にソーサリスに来て根を下ろしやがって、招かれざる客はお前らのほうだろ。」
「はて、陛下のおっしゃる事は要領を得ませんな。」
「その後ろの聖門とやらが何よりの証拠だろ! 全然別の世界に繋がっているのが見え見えじゃねえか!」
「ご冗談を。 これは魂の階梯を上げたものだけがくぐれる聖なる門。 向こうの景色は聖なる大地のものでございますよ。」
余裕の笑みを浮かべて答えやがった。 非常識そのものだが、ここは奴らのホームグラウンドだ。
何を言ってもアウェーの俺達の主張は、信徒達には信じてもらえまい。 これだから宗教は嫌なんだ。
「魂の階梯だって? じゃあ俺がくぐってやるぜ。 お前らの基準じゃ汚れまくってるらしい、この俺がな!」
「もちろんですとも。 但し、聖門の教えの洗礼を受けて頂いた後になりますが。
聖門の徒達よ! 何と喜ばしい事か! 竜族の王たるカイ・ミソロギ陛下までもが我ら聖門の祝福を受けたいと申し出てくださった!」
うわ、ムカつく。 何でもかんでも好きに都合良く解釈しやがって。
アクエリアスが長い髪を降って俺の顔を見上げた。 やって良いか? という意味なのは間違いない。
俺がやれ、と言えばアクエリアスはものの1秒かからずにこの老人の首を切り落とす。
もう距離は僅か10m。 アクエリアスならひとっ飛びで祭壇の上に乗るどころか、その勢いで切りかかるだろう。
その確信は俺の心を落ち着かせた。 殺すのはいつでも出来る。 大司教の真の目的を探らねばな。
「では、カイ・ミソロギ陛下をお招きしての最後の晩餐である。 さあ聖門を通過して復活した、新たなる肉体をご賞味あれ!」
えっ 今なんて言った!?
肉体を賞味…って、どういう事だ。
「はは、陛下はご存知ないでしょう。 先日の小娘の逆サージ電流で私は脳を破壊されましてな。 死んでいたのですよ。」
「何を言ってるか分からないが、そのまま死んでいてくれれば手間が省けるんだがな。 心臓マッサージでもしたのか。」
「いえいえ、物理的にですね。 頭がこう、パァーン! と破裂しましてね! 小娘の癖になかなかどうして、えげつない。 くくく」
「はん! その飛び散った脳みそを今まで拾い集めていたとでも言うのか!」
こっちの頭がおかしくなりそうだ。 頭が吹き飛んだとか、復活したとか。
どうやら聖門教団の常識は俺のそれと大きくずれているらしい。
「まさか。 頭部を破壊されれば如何な人間も死に至ります。 ですから、こうして今ここで復活したわけですよ。」
「信じられるか。 詐欺師だとは思っていたが、どうやらお前は手品師だったようだな。」
「竜族の王も頭が硬い。 では、御覧に入れましょう。 聖門の徒達よ! 汚れ無き我が肉を召し上がれ!」
白い布一枚だった大司教は叫ぶと同時に懐から1本の銀のナイフを取り出した。
聖堂の鐘が一度大きく鳴り、再びパイプオルガンの音を堂内スピーカーが奏で始める。
大司教はそのナイフを高く掲げ、体を覆っていた布を剥ぎ取り全裸になる。 何の因果で全裸の爺さんなんぞを見なければならないんだ。
ヤツは満面の笑みを浮かべつつ俺を見据えながら、自分の腹部上方に突き立てた!
一瞬笑顔が引きつるが崩さない。 痛覚が無いのか!?
そのままナイフを腹の下へ滑らせ…自分の腹を見事に切り裂いて見せた。 笑顔のままで。
ナイフを伝い、腕から血を床に垂らしながら大司教はその場に崩れ落ちた。
腹部を切り裂いて立っていられるはずも無い。 当然の事だ。
ミンツァーの徒、とは行かなかったようだな。
どうせ誰かが治療の魔法を使ったり、サイバーウェアの内臓ナノマシンで傷口を塞いで「はい、復活でござい」というつもりなんだろう。
見え透いた手口だ。 起き上がった瞬間にアクエリアスにとび蹴りでも食らわせてもらおう。
信者の誰かが細工でもするのかと見回していると、一斉に信者が教団ローブのフードを取った。 こわっ
全員、どこにでもいるような老若男女だ。
信者は声をそろえて祈りを唱え始めた。
「神よ、貴方の慈愛に感謝し、この食事を頂きます。
ここに供された物を祝福し、我らの身体の糧となしてくださいますよう。」
まさか。 本当に…大司教を…
だが俺は見た。 信者達の祈りが出る口の中の歯を。 白く塗られ偽装してはいるが、あれは生粋の人間の歯ではない。
サイバートゥースだ。 先日、典範網でフランセットとのサイバーネットゲーム内で出てた宣伝にもあったヤツだ。
確か単分子構造を持つ擬似エナメル構造体の歯で、噛んだ物の硬さによって微細振動を引き起こす事によって凍ったリンゴも噛み千切るという…
何だったか…思い出した、「スティーヴ・ジョウズ」というサイバートゥースだ。
宣伝の液体窒素で凍らせたリンゴに釘を打とうとして、へしゃげた所をこのスティーヴ・ジョウズをスタッドインした男がそのリンゴを噛み砕くというシュールなCM動画。
ただの入れ歯にご大層なパワーを、とフランセットと笑いあったが…まさか、ここで出てくるとは!
信者達は祈り終えると、ゆっくりとした足取りで大司教の倒れている台座へと昇る。
笑みを浮かべるその口元からサイバートゥース、スティーヴ・ジョウズが覗く…しかも牙が生えている!
この時のための特注品か。 犬歯が伸びるように細工されているんだろう。
最初の信者が大司教の前に跪き、その血がしたたる腹部に顔をうずめる。
大司教の腹部をそのサイバートゥースで噛み、皮と肉を引き裂いた。
顔の下半分を赤褐色の血色に染め、口元に肉片を垂らしながら笑顔のまま他の信者に向けて顔をあげた。
信者達が、おお! と歓喜の声を上げ我も我もと後に続いて大司教の腹へ顔をうずめていった。
狂気の聖餐会が始まった。
パイプオルガンの音で満たされていたのは不幸中の幸いだった。
大司教の腹を、肉を引き裂く音を直接には聞かずに済んだのだから。
人が人を食らう、その嫌らしい咀嚼音も。
だが目だけは逸らすわけにいかなかった。 この狂気に満ちた光景に隠された、大司教の真の狙いを見抜かねばならない。
大司教を殺しに来た。 だが大司教は死んでいた。 目の前で蘇り、また死につつある。
なんだこれは。 俺はどうすれば良い。 何をすれば勝てるんだ。
大司教ジャン=パウロ・ド・シャンパルティエは笑顔のまま絶命しつつある。 あるいは既に死んでいるのか。
信者がその腹にかぶりつく度に体が痙攣している。 悪夢そのものの光景だ。
信者の一人がこちらに振り向いてニタリと笑みを浮かべた。 思わず腰が引けて半歩下がる。
口元が赤茶色く染まり、ローブに幾筋も垂れた血の跡が付いている。
体液で口の周りがテラテラと艶を帯びて光っているのが背徳的だ。
その信者が俺の前へとゆっくり歩いてくる。 やめろ。 来るな。
アクエリアスが気持ち悪さで片方の手で口を押さえながらも、俺の前に立ちはだかる。
信者の、その血に赤く染まり体液で光沢を帯びた両手には大きな、しなびたリンゴのようなものが乗せられていた。
俺はまた半歩後ずさりする。
信者に敵意は無い。 むしろ純粋な善意と慈愛の精神でそうしているのが分かる。
ただし、あくまでも彼ら聖門教団の基準でだ。
「さあ、竜王カイ・ミソロギ様、こちらをどうぞ。」
彼は大事そうに、両手に乗せたそれを俺に差し出した。
それは――
大司教の心臓だった。
倒すべき相手は勝手に死んでいった。 だがこれは終わりではない。
終わらぬ悪夢の始まりだったのだ。
次回、時計仕掛けの大司教編 第21話「いつでも復活祭」 お楽しみに。
毎日が日曜日、ならぬ毎日がイースター。