18 「缶詰工場」
お前、それが本当に牛肉だって信じているのか? この牛が育たない極寒のザイツブルグで!
パッケージに牛が描いてあるという理由で信じたのなら、お前は戦場で真っ先に死ぬタイプだ。
最も、食わなきゃ戦場に行く前に死ぬがね。
―― ロドリグ<エンフォーサー>バルニエール
古い教会の地下墓地は独特の臭いがした。 元は防腐剤だった薬品的な匂いに、腐敗臭と湿った土の臭いなどが混ざり合ってるのだろう。
正直に言ってしまえば排泄物のそれに近い。 臭いを気にしたら負けだ。
通路は天井から染み出で落ちた無数の水滴がモルタルの床に跳ねる音で反響しあってささとした雨音に似た静かなざわめきになる。
3人とも無言だった。 声を出すのも囁き声だ。 敵地に潜入してるのだから当然ではあるが、やはり心理的に墓の類にいるとその静寂を壊すことにためらいを覚えてしまう。
しかし静謐の地下墓地にふさわしくないものもあった。 ケーブルや配管類だ。 通路の右手足元側に様々な線が束ねられたり留められたりしている。
そして地下道を照らす照明と監視カメラ、見た目には分からないが動体センサーなんかも内臓しているのだろう。
ここまで1度も他の信徒達とすれ違ったり遭遇はしていない。 何か信徒が移動するのは不自然な時間だったのだろうか。
だとしたらカメラの向こうでは俺達の正体を悟って迎撃の準備をしているかも知れない。
実は戦闘用の装備はほとんど持っていない。 ジャック=フェレオルは休職同然で装備を返却させられていたし、アクエリアスは竜種用の巨大な剣を持つと目立ちすぎる。
結局、魔法院にあった護身用の剣と銃をそれぞれ借りただけの武装状態だ。
派手に戦う、つまりアクエリアスに竜へ変身してもらう可能性は高いから、騎竜具は持って来たかったが、あれは余りにもかさばる。
泣く泣く諦める他無かった。
壁の凹みに収められている遺体や骨は全く管理されていないようで、棺が老朽化で腐り落ち中身のミイラ化した遺体が除いていたり、割れた壷から骨や灰がこぼれていた。
自分達から見たらそりゃ異教徒の墓場と死者なのだろうが、あまりにも無関心すぎるんじゃないか?
「しかし人とさっぱり会わないな… 資金力や技術力はあっても、案外聖門教団は少数なんだろうか。」
「いや…そんなはずは無い。 ザイツブルグの人口の20%は聖門教団だ。 日曜に礼拝するだけの奴は更に倍はいる。 だが、街ではローブを着ないから見分けがつかん。」
つまり隠れ教徒というわけか。 誰に迫害を受けているわけでもないのに。 むしろ圧力をかけたり技術を独占したりと、やりたい放題の側だ。
そんな事を考えながら進んでいくと、通路が開けホールのように広がっている場所に出た。
壁面が石を敷き詰めたものに変わり、石の柱が一定間隔で並んでいる。 足元が暗く、乾いた音を立てる何かを踏んだ。
ブーツをどけると、それは人骨であった。 何て物が転がっているんだ!
良く見ると壁や柱は石を敷き詰めただけでなく、その一部は骨を敷き詰めて固められていた。
それが崩れたものが足元に転がっていたのだ。 ここは納骨堂なのか。
ジャック=フェレオルが当たりを見回して、舌打ちを重ねながら言う。
「どうやらここでいくつかの道に分かれているようだ。 入り口が一箇所のはずもないからな。 ここまでの通路もそれほど直進しては居なかった。 さて、どれが大聖堂に繋がる通路だ…?」
俺は人差し指をペロリと舐めて立ててみる。 風の方角は…うーん、分からない。 あるような、無いような…
ジャック=フェレオルが足元の石とも骨とも区別がつかない物を蹴飛ばしている。
足跡や埃の積もり具合で判断したかったようだが、どうやらいまいちハッキリとしないようだ。
アクエリアスは耳をそばだてて物音で判断しようとしている。 だが、目を開けて俺に向かって首を横に降った。
ドラゴンイヤーは地獄耳だが、それでも駄目だったようんだ。
2人が俺の顔を見つめてくる。 どうやら俺に判断しろという事らしい。
じゃあ…どうするか。 こうするさ。
「いくつか壁沿いを調べて、ケーブルや配管類が多く通ってそうな所が無いか探してみよう。 それらが多ければ大聖堂に繋がってる可能性が高いかもしれない。」
「何だ。 意外とまともな事を言うじゃないか。」
てめえ。 フランセットとゲームに興じた以外は割りとまともなキャラで押し通してただろうが。
ジャック=フェレオルの冗談に軽く腹を立てながら壁際を這う配線類や配管類を手繰る様にして調べた。
結果、1つの通路を見出した。 ここだけ一際大きい通気ダクトになっていたからだ。
ジャック=フェレオルと並んでその通路を慎重に進む。 ついでに冗談のお返しに軽く足で奴を小突いてやる。 ジャック=フェレオルが更なるお返しに背中を2回パシパシと叩かれた。
アクエリアスから苦笑とも溜息とも取れる吐息が聞こえた気がした。
通路を進むと機械音が聞こえるようになり、様々な音が混じるようになった。 どうやら工場のような場所に来てしまったようだが。
壁の一部が半ば崩れ、その工場へと出入りできるようになっている。
大型のいくつかの機械がベルトコンベアでつながれラインを形成していた。 金属を加工する耳障りな高音ノイズが響いている。
工場エリアはむき出しのコンクリと鉄骨で覆われており、俺達が顔を覗かせている地下墓地とは別口に作られた施設である事が分かる。
内部には数人の人が居た。 だが教団のローブは着用しておらず、全身やや汚れで黒ずんだ白い作業着ですっぽり覆われていた。
頭も帽子で髪の毛を全て覆っており、手はゴム手袋、足は長靴、顔を覆う大型不織布マスク…何かの加工工場だ。
「これは…金属部品工場か? サイバーウェアでも作っているのか。」 「どうやらその様だな。 あ、いや、待て。 あれを見ろ。」
工場の一角、ラインの終端にうず高く詰まれた木箱とそれに詰められている物が見えている。 あれは…何かの缶だ。
「円筒形の缶だな…小さい。 工業用の高分子オイルか薬品か…? あまり臭いは無いな。」
何かの臭いはあるのだが、ここからでは地下墓地のすえた臭いが勝ってて上手く嗅ぎ分けられない。
アクエリアスが俺の耳に口を寄せて囁きかける。 耳くすぐったい。 工場の騒音で声が通りづらいからそうしたのだろうが、そこまでしなくても聞こえるのに。
「海さん、あそこを。 鉄の筒に何かを注いでいます。」
「どれどれ、あれか。 これは…あの缶詰だ!」
マーケットで買った事がある、異常に安い加工肉。 あの缶詰を作っている所だったのか。
「何て言ったっけ…あの缶詰。 ソイ…ソイレント…」
「ソイレンズ肉だな。 ここからじゃ見えないが、奥のほうにもうひとつ同じ工場じみた敷地があるようだ。 そこで肉を加工してるんだろう。 あのミンチ肉を押し出してるチューブを追えば分かる。」
俺達の脇、崩れた壁の所にも木箱が山積みになっている。 ひょいと手を伸ばして、木箱の隙間から覗いていた缶詰を3つほど取った。
親切な事に蓋にはプルトップがついており、缶きり無しでも開けられる。 缶詰を開けると、マーケットで見たあの広告どおりの肉が中に入っていた。
油分は浮いてないが鮮やかな赤身の肉に白いものが混じっている。 ツナみたいな油漬けではなく、塩漬けタイプなんだろう。
上蓋側に小さい二股のフォークまでがご丁寧についていた。
ちょっと腹ごしらえしておくのも悪くないな。 アクエリアスにも開けた缶詰を渡しやる。 ジャック=フェレオルにも渡したが、奴は一瞬だけ考え込んで無表情のまま断った。
「…いや、俺は遠慮しておこう。」
小食なタイプなのか? どうせこれからここもぶっ潰す事になるだろうし、食べておけばいいのに。
確かに食欲の沸く環境ではないが…
小さいフォークでこそぎ取るようにして、缶詰の肉をつまみあげる。
臭いはほとんど無い。 鼻に近づけてみると、少し香ばしいような酸味がかったような塩か燻製液に漬け込んだような香りがある。
アクエリアスも慎重に匂いをかいでいたが、大丈夫だと判断したのかフォークを使って肉を突き始めた。
じゃあ…
頂きまーす!
食べるのか。食べてしまったのかその肉を。
海達はついに大聖堂へ潜入を果たし、大司教の姿を目の当たりにする。
次回、時計仕掛けの大司教編 第19話「肉の罪」
不死身の大司教、奇跡を起こす。




