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竜種少女と静かに暮らしたい  作者: るっぴ
第三章 「時計仕掛けの大司教編」
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15 「ガブリエル・オーバードライブ」

ここザイツブルグじゃあ何でもアリだ。 人間のサイバーアームやレッグなんて古い古い。

どうせ足を変えるなら下半身はサイバーホースにしてケンタウロスを名乗るくらいはしないとエッジじゃない。

理想は天使だ。 どうせ中身は悪魔なんだからな。

  ―― 街の駆け込み医者<ブラックドク>ロワイエ・デラボルド

椅子から倒れかけたフランセットの身体を支え、座りなおさせる。 サイバネティックデッキでの没入中は肉体の制御が一切できない。

ディスプレイバイザーが頭から外れて床に転がる。 それは半没入時の装備なので、今は意味が無いからだ。

フランセットの身体は目が見開かれ、口元が少し笑ったような表情で固定されている。


「フランセット! 身体に異常は出てないか?」


身体、というのも変だ。 なぜなら、サイバネティックデッキに移っているフランセットはただのデータでしかない。

彼女の体は俺の手の中にあり、意識と呼ばれるものもその頭の内側にある。

ディスプレイに移っているのはあくまでもアバターであり、デッキ内に意識があるというのは錯覚だ。

だがそう錯覚させる感覚の置換が驚異的な処理速度の一端を担っているのもまた事実。 彼女は今サイバネティックデッキのメモリ空間に意識を投影するという形で存在しているのだ。


「はい。 問題ありません。 海様はそのままゲーム内の戦闘を処理してください。」


フランセットの語調としゃべり方から感情が失われている。 これが天使回路を焚いた代償か。 

その常識を超えたニューロリンクと脳の処理速度を得るために、人間性を失っているのだろう。

一時的なものか、恒久的なものか…今はそれを気にしている余裕も無い。


フランセットのニューロリンクに敵が侵入してしまえば、彼女は敵の手駒になってしまうのだ。

見聞きした情報が全て筒抜けになり、脳内に開設してある預金口座も奪われる。

実際に脳を占拠されるわけではないから、直接的な支配をされるというのはニューロリンカー達の被害妄想でしかないが、個人情報と口座を占拠されたのではそれと同じ意味を持ってしまう。

命令に逆らえば翌日には自分の羞恥画像がウェブに拡散し、口座がマイナスになり取り立て屋から逃げ回るハメになるのだから。

どちらか一方だけならともかく、両方に耐えて生きている人間はそうそう居ないだろう。


俺は焦りながらもゲーム、聖典オン・サイバースペース内のPKを排除する事に全力を傾ける。

PKに負けて死に戻りしてしまうと、ゲームサーバー内で膨大なID照会が行われそこからID情報、ひいてはニューロリンクのアドレスを割り出される。

敵にゴールまでの特急チケットを渡してしまう事になるのだ。 PK処理が不可能な安全圏まで逃れれば、ひとまずは撃退までの時間が稼げる。

幸い、PK戦は俺達の有利に進んでいる。 フランセットのサイバネティックデッキへの侵入を同時に試みている二人のPKのうち戦士の方は行動を停止している。

もう片方の弓使いを倒せば状況はクリアになる。


だが待てよ? 本当に2人か?

弓使いのPKプレイヤーとデッキへの侵入を試みているハッカーは別々の人物ではないか。

敵は3人、あるいはそれ以上いるのではないか。


逃げ回りながら攻撃を仕掛けてくる弓使いを追いかけながらそんな思考が頭をよぎる。


「フランセット敵がもっと多い、あるいは増える可能性はあると思うか?」


「肯定です。 現に今、4回線からの侵入に対処しています。」


「な…ッ…んだと…!?」


状況は俺が考えていた以上に悪く、しかも更に悪くなり続けていた!

相手は2人のハッカーコンビではなく、明確な目的を持ってチームで稼動している「組織」なのだ。


どこだ。 どこで狙われた。 どこで俺達は目をつけられた?



…俺だ。 俺がこの街に訪れた時に足跡を残してしまったのだ。 そこで既に敵は動き始めていたのだ。

街への入場時に、俺はこのザイツブルグの世界観に呑まれていた。 完全に本名で市民登録をしてしまったのだ。

この厳寒の時期に雪に閉ざされた都市に訪問する人間など数えるほどしかいない。

最初から俺とアクエリアスは敵の監視対象だった事は疑いようが無い。

この聖典オン・サイバースペースにはアカウント登録に市民情報を提供する。 そこで俺がウェブ上にオンステージした事がばれたのだ。


敵は聖門教団、それもかなり高位・中枢に位置する奴だ。 ドラゴン教団の信徒20人を事件性を露わにせずに誘拐し、ウェブ上に監視網を敷けるほどの。

異世界の世界法則で街一つを呑み込める程の相手なのは伊達じゃないって事か…

迂闊だった。 遊んでいる暇は無かったのだ。


となれば、フランセットを襲撃したのはブースターギャングに扮した聖門教団の手の者だろう。 俺とジャック=フェレオルの接触に関しては多くの目撃者がいる。

ジャック=フェレオル自身が元から聖門教団に目を付けられている可能性もあるしな。 フランセットのニューロリンクを支配して、間接的にジャック=フェレオルを動かすのが目的か。


仮装じみた変装に腐心してみたものの、電子的なレベルで監視されていたのでは意味が無い。

ウェブの存在に最初から気付いておくべきだった。 別世界の科学技術とは言え、高度な技術には相応の通信網が存在しているのが自然なのだろう。

どこかで魔法世界ソーサリスの基本技術文明の低さを侮っていたのかもしれない。 そこに高度な技術で侵略したとて、馴染む筈が無いと。

分かっていた所で対処のしようも無いが、それはあまり慰めにならない。


「押されています。 サイバネティックデッキに侵入されるまで、後37.4秒です。」


「ここまでだ、フランセット! 強制切断しろ! 君のニューロリンクに侵入されるよりはマシだ!」


「その要請は応じかねます。 個人情報を侵入者に盗まれます。」


「それはもう盗まれたも同然の状態だ。 俺達の素性自体はとっくに敵に知られている。 だから狙い撃ちで侵入を仕掛けられているんだ!」


「個人情報は素性という意味だけではありません。 例えば、個人情報を盗まれた上で警察のセキュリティを突破すれば、私達はいつでも重犯罪者に仕立て上げられてしまいます。 ザイツブルグに存在している証明を消して社会的に存在しない事にすら出来てしまいます。」


「そ、それでもいい! 街を出ればいいだけだ。 デッキの個人情報くらいくれてやれ!」


「そうは参りません。 まだ手段は残されています。 天使回路オーバードライブモード、シフトツ ――」


「やめろッ!」


俺は慌ててフランセットの口を押さえる。 が、それは無意味な行為だった。 フランセットは身体でしゃべっているのではなく、脳内でコマンドを実行しているだけなのだ。

それがサイバネティックデッキを通じて音声としてスピーカーを震わせている。 俺がフランセットの身体の口を押さえた所で声を止められるはずが無い。


「 ――ドリヴン。」


フランセットの身体が再度、前回よりも大きく跳ね上がる。 鼻から一筋の赤い糸が垂れてきた。 鼻血が出たという事は毛細管が負かに耐えかね始めた証拠だ…

本当に彼女の身体は大丈夫なのか…解除した時に死ぬ事があると言っていたはずだ。 鼻血が垂れ続けているが手元にタオルが見当たらない。 ティッシュの類は見かけた事が無い。

サイバネティックデッキ内のフランセットのアバターは棒立ち状態になり、代わりに背景で開閉して処理を行っているはずのウィンドウの類がもう目で終えない速度にまでなり、虹色に点滅しているかのように俺の目には見える。



「フランセット、その天使回路は何段階まで加速できるんだ?」


「3段階。」


その声には抑揚が完全に無くなるどころか、フランセットの声色からも遠ざかる。 フランセットの地声からはややくぐもったような、ぼんやりした声に聞こえた。

フランセットが機械に近づいているのか。 サイバネティックデッキの処理が追いつかないのか。 あるいはその両方か。

俺は今更ながらにゲーム内の弓使いを倒した。 棒立ちになった戦士も一応倒し、フランセットのアバターを抱えて街へと歩き出す。


「こっちは終わったぞ! 後は安全エリアに入れば完了だ。」


「了解。 エンジェルサーキット シフトスリー。 成功。」


ガタガタと振動する音に振り返るとフランセットの身体が激しい痙攣を繰り返している! 鼻血は滝のようになり口の周囲を鮮やかな赤で染め上げている。

指の先が紫色がかって腫れている。 限界を明らかに超えている!


「なんで更に加速するんだ!? 解除するんだ!」 「不可能。 侵入者のアクセスポイントを特定。」


「でかした! 通報するんだ! 向こうは犯罪行為だからな!」


「不可能。」


「なぜ!? リアルで俺が警察まで走ってもいいぞ!」


「侵入者の物理座標は街の外。」 


「街の外でも構わない! どこだ? 何なら俺とアクエリアスで物理的にぶちのめして来てやる!」


「街の外―― ザイツブルグ大聖堂カテドラル、中央開発室…」


「なん…だと!?」


それって、つまり…



「ウェブ部門、プロジェクト聖典オン・チーム。 権限は――聖門教大司教、ジャン=パウロ・ド・シャンパルティエ猊下げいか



なんてこった…!


薄々予感はあったが、聖門教団のトップが敵の正体だった。 教団の全てが、街を覆っているこの退廃的サイバー技術の全てが敵だったのだ!

サイバネティックデッキの画面とスピーカーがノイズで覆われたかと思うと、そこには知らないアバターが映し出されていた。

灰色の肌のローポリゴンの角ばった、両目が横一線の赤い単眼モノアイで構成された陰影の無い意図的に手を抜いたようなグラフィックだ。


「これは嬉しい誤算だ。 よもやこんな所で天使回路を最大限に焚く小娘に手を噛まれるとは。」


「き、貴様は…! お前が大司教か!」


「初めまして。 カイ・ミソロギ竜王陛下。 それともタイタン王とお呼びするべきかな? 反魔王のほうがお好みか。」


ククク…と声だけの笑いがスピーカー響く。 


「俺達の事は調査済みってわけか…」


思わず歯軋りで返してしまう。 俺は敵の手の平の上で暢気に遊んでいたわけだ! 間抜けにも程がある。


「私の作った箱庭は堪能して頂けたようだ。 何なら永遠にここに住んでいてもらっても構わないのだが。」


「糞PKがあるゲームだと知ってたらやらなかったさ。 それより、お前の虫唾が走るような本名を名乗れよ、生臭坊主!」


「ははは、我々の世界法則の嘆かわしい面にだけは馴染んで頂けたようですな。 そこの小娘が紹介した通り、私の名はジャン=パウロ・ド・シャンパルティエ。 聖門教団の大司教でありますよ、竜王閣下。」


さっきは陛下って言ったくせに。 完全にバカにしていやがる。

さぞかし楽しかったろうな。 敵である俺が、自分の箱庭の中を夢中で遊んでる姿を眺めているのは。


「それはソーサリスでの仮の名前だろう。 お前が来た世界での本名を名乗れよ糞坊主!」


「クックック、話が早い。 だが、嫌いじゃない。 互いに忙しい身ですからな。 良いでしょう。 だが、ジャン=パウロは私のホームユニバース、マグナ・ヴァルナでも本名だ。 向こうではサイバネティック神聖魔王と呼ばれているがね。」


ホームユニバース! 元の世界の事を、今こいつはそう表現した。

やはりこいつは異世界からの侵略者だったのだ。 隠そうともせずに明かしてきた。


「竜王殿はどうやらインターユニバースでの闘争作法を全くご存知ないようだ。 最も作法なんぞありませんがな。」


どういう事だ。 異世界同士の闘争なんてのが、頻繁に起こっているかのような口ぶりだ。

これは迂闊に返せないぞ。 そもそも異世界が複数存在する事すら今初めて知ったのだから。

でも考えてみれば…いや、俺はそれを知っていたような…? どこかでそんな記憶があったような…例えば、遠い将来。

駄目だ。 何だか知らないが、それを認識してはいけない気がする。 今は目の前のいけ好かない坊主を殴り倒すのが先決のはずだ。


「はん、なるほど。 俺が間抜けにも遊んでるのを見て、余裕をかましに来たわけだ。」


「ははは、まさか。 これは降伏勧告でございますよ、竜王陛下。 私は竜の力が欲しい。 大人しくドラゴン達を差し出して頂ければこのサンクトザイツブルグでの安全を保証しましょう。」


「消えろ、下衆。」 「――は?」


「お前のホームに帰って、神とやらの尻でも舐めてろって言ったんだよ、覗きが趣味のエロ坊主!」


「ははっ! 流石竜王、威勢が良い! いいでしょう、私が作り上げたマグナ・ヴァルナにここ魔法世界を取り入れた鉄壁の新世界、サンクトザイツブルグで迎え撃ってあげましょう!」


大司教の高圧的な高笑いがサイバネティックデッキを通して部屋中に響き渡る。



「海様、下がってください! 私が仕掛けます!」


下がる!? デッキ内で何をしようと言うんだ? 

フランセットの気配に気付いた大司教が嘲笑する。



「調子に乗るなよ、小娘。 その天使回路を組んだのは私だ。 お前の如き低俗な人間が、大司教たる私に逆らおうなどとは思わぬ事だ。」


「フランセット、退くんだ! こいつは君が相手にできるほど――」


そこで俺は気が付いた。 フランセットの声とアバターの動作に人間らしさが戻っていることを。

一体フランセットの身に、デッキ内で何が起こっているんだ!?


「作り手なら分かるでしょう、大司教。 これをなぜ天使回路と名付けたのか。 なぜザイツブルグにばら撒いたのか、その答えと結果がここにあります!」


「まさか! ただの人間の小娘如きに――」 「解析は済みました。 御覧なさい! 貴方が求めていた物を!」


俺はフランセットの痙攣を抑えるためにその体を押さえていたが、その俺の右手にフランセットの手が重ねられる。

どういう事だ。 没入中は体を動かすことができないはずでは…!?

フランセットの表情は没入のままだ。 だが、その場に立ち上がって…いや、その場に浮き上がって――羽根を広げた!


「私が人間では無いとしたら…どうしますか!」


「ただの人間じゃなく…その羽根、小娘ッ! 貴様、有翼人―― そうか、そう来たか!」


浮き上がって羽根を広げたフランセットの体にマナによる魔方陣が浮かび上がる。 だが、これまでに見てきたソーサリスの魔方陣とは少し違う形式をしていた。

と、言うより俺はこれを自分の元居た地球で良く見ていた…そう、この陣は電子回路だ。 

フランセットはソーサリスに遍在するマナによって己の身体に電子回路を構成した!


「くくくっ! 認めよう小娘、貴様が下賤の人間では無い事をな。 だが、そこまでだ。 そこまでは私も思いついたよ! お前のはマナとか言うこの世界のエネルギー、私の場合は体内ナノマシンだがな! それでは私に追い付く事は出来ても私に勝つ事は出来ぬ! 出来ぬのだッ! 神経を伴わぬ回路なぞ、ただの機械でしかないのだ!」


「人の身にあらざれば、人に成し得ぬ業を成しましょう…」


フランセットの体に浮かび上がるマナの電子回路が光を増し、羽根をも多い尽くしその羽根一枚一枚にまでサーキット模様が浮かび上がった!

バイザー一体型ヘッドセットがフランセットの頭上に浮かび上がり回転してるその様は、まるで天使の輪のようだ…

大司教のアバターであるロボットボイスが途切れ途切れの魅入られたような声をあげる。


「羽根… 羽根のサーキット…人間を越えた、小鳥のように成長中の羽根にのみ宿る神経の力、有翼の小娘のみに宿る一時的な天使、それが答えだったのか――!」


俺の理解を完全に超えた状況だが、フランセットは何かに「成った」。 電子の天使とも言うべき存在に。

フランセットがサイバネティックデッキをその見開いて焦点を失った目で見下ろし、指差して…唱えた。

人間には理解できない電子の言語を。 何百、何千重にも束ねられた16進数の言葉を。

俺に聞き取れたのは最後の命令文コマンドだけだった。




ガブリエル・オーバードライブ――!

人間の限界を超えたフランセット。 唖然とする海を尻目に、遂に正体を表した敵の首魁を追い詰める。

一気に敵を仕留めてしまえ。 だがそうは問屋が卸さない。

次回、時計仕掛けの大司教編 第16話「無期限有給休暇」

有給休暇、何と甘美な響きだろうか。

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