14 「対人襲撃」
ニューロリンクスの間で一番怖いのはアドレスを知られる事だ。
体内口座は抜かれる。 ログは全部筒抜け。
何より自分の考えを全て知られる、という被害妄想は死ぬより怖い。
―― ベテランニューロリンクス<データウィドウ>ジェローム・ベイエ
時刻は丁度日をまたぐ頃になっていた。 俺は気付かなかったが、食事を終えたアクエリアスが隣のソファで休んでいる。
ジャック=フェレオルはまだ戻っていないようだ。 すっかり聖典オン・サイバースペースに夢中で時を忘れていた。
だが、おかげでレベルは9になったぜ! 無敵の特殊能力とフランセットの回復とバフ奇跡のおかげでノンストップレベリングが可能だ。
「フランセット、少し休憩しようか。」 「はい、海様。 かなり強くなりましたね。」
「フランセット様様だな。 いやー 聖典オン・サイバースペース最高! ハマるなあこれ。」
「海様に喜んで頂けて何よりです!」
フランセットの頭をナデナデしてあげる。 最も、サイバースペース内でのアバター同士のじゃれ合いだが。
喜んでくれてるから問題ない。 ませていると言っても所詮はティーンエイジ前の女の子、この程度で良いのだ、と思い込んでおきたい…
「風景もリアルだなあ。 のどかな平原で風もや雲もきちんと固定じゃなく処理されている。」
「描画モードを5レベルの最高品質にしてますから。 サイバネティックデッキでログインすれば陽の暖かさや風を肌に感じるようになりますよ。」
「そりゃ凄いな。 じゃあ食べ物や飲み物なんかも感覚再現できるのかな。」
「はいー もちろんですっ。 ただ本物よりはやっぱり味や食感が平坦で――」
突然風景が黄色交じりに点滅し、赤い帯に警告文字が出て俺達の周囲を回転し始める。
何だ!? レイドボスでも沸いたか?
「対人警告です! 視界内に敵対的プレイヤーの侵入が始まります!」
「ええっ、PKあるのこのゲーム。」 「はい! しかも拒否できません! 街などの安全エリアに逃げ込むか倒すかの2択です!」
「対人に負けると何かペナルティがある?」 「あります。 こちらの稼いだ一時保有アイテムとゴールドを奪われます! あと経験値がレベルに比例して一定量低下します。」
まだ低レベルだし、全体から見れば稼いだゴールドもアイテムも大した事ないだろうが、黙ってやられるのも何か癪だしなあ。
次へ生かすためにも、ここは撤退戦の経験をしておこう。 幸い、俺はタフネスなキャラだしね。
「街への最短ルートである路上から接近してくるみたいです。 こちらのレーダーを見てください。」
「本当だ。 しかし対人が拒めないなんてハードなゲームだなあ。」
「能動的PK数に応じて、その人を倒した時の報酬がうなぎ登りですから割の良い行為ではないので、あまり対人の起こるゲームではないのですが…特に高レベルになるとまず起こりえません。」
「じゃあ俺が低レベルだから狙われたのか。」 「あ、いえ。 このゲームは相手の強さは基本的に見えないんです。 特殊スキルで見れますが、それも触らないと駄目です。」
「なるほど、まあ低レベルモンスターを狩ってる所見れば初心者だって事は分かるだろうから、遠目に見られてたって所かな。」
俺達は南回りで迂回しつつ安全地帯である街を目指すことにした。 レーダーを注視すると、こちらの動きに合わせて向こうも道を外れて弓なりに進路を変えてきた。
左手前方に人影が見えてくる。 向こうも2人だ。 退きながら戦えるか…?
「変です、海様。 向こうのキャラも大したレベルには見えませんね。」
「どこで分かるの?」 「装備が海様と同じくキャラメイク時のデフォ装備なんです。 それにPKの証であるPKオーラのエフェクトが見えません。」
「PKとしてはルーキーなのかな…片方は弓使いみたいだ! 来るぞ!」
敵の片方が弓を構えると放物線を描く虹がフランセットの体を貫く。 攻撃予測線か! 散布界はどのくらいだろう。 この線の範疇だろうか。
俺は逃げながらもフランセットと攻撃予測戦の間に割って入った。
シュッ…カンッ!
初撃被弾! 俺の右腕に矢が突き立った。 トロード接続で良かった…感覚連動じゃないから痛みは無い。
しかしサイバネティックデッキにノイズが走る。 やっぱりニューロリンク接続じゃないと、対人は負荷が大きくて駄目なのかなあ。
ダメージは低い。 特殊能力の無敵効果で最低保障分しか食らわないからな!
弓はクリティカルが出ればダメージ倍率が跳ね上がるらしいから、無敵の特殊能力にとって相性が最高だ。
毒や火矢でもないようだし、ちょくちょく回復挟んでもらえれば弓の方は大丈夫そうだ。
と、なれば問題はもう片方の近接型か。
「んもう! こんな時にラグなんてっ!」
フランセットが不機嫌な声をあげた。 俺がトロード接続だからだろうなあ。 2プレイヤー分の負荷って事もあるだろうし。
彼女はゲーム内でも有翼人種族なので移動は俺よりも早い。 だが有翼人は飛び道具のダメージに弱いという欠点がある。
2射目もフランセットが狙われ、俺が引き続き射線を遮る。
シュッ…ヒュオッ!
「きゃあっ!」
フランセットの悲鳴が響き渡る。 しまった脇をすり抜けられてフランセットの足に命中した!
しかし一瞬フランセットがTの字のデフォルトポーズに固まる。 バグったか!?
そのTの字ポーズのまま首だけがぐるりとこちらを向く。 怖い、けど面白い。
「海様! 大変です!」 「バグったのか?」
「いいえ、サイバネティックデッキに不正なアクセスを受けています! 侵入されます!」
なんだと! つまりハッキングを受けてるって事か!
やはり敵は聖門教団内に居るって事か。
「ゲームなんていいから、サーバーとの接続を切るんだ!」
「いけません! 強制切断すると復旧しようとするサーバー側のアクセスからゲームアカウントの個人情報を割り出されます! 狙いは私達のリアル特定です!」
「つまり、このPK達が同時にハッキングを仕掛けてきているという事か?」
「はい! 防御ソフトでこちらのデッキに対する不正アクセスを遮断します。 ゲームが重くなりますが何とか耐えてください!」
「別にゲームはどうでもいい!」 「それが良くないんです! 死に戻りの時にもゲームデータが大きく変動するためアカウント認証を厳密に再チェックします。 そこからサーバー側に侵入されて私達のリアル情報が割り出されます!」
「つまり…最初から俺達は狙われていたって事か!」
フランセットのアバターが頷く。 T字のポーズのまま右を向いて頷いたため顔が肩にめり込んでいる。 面白いが遊んでる場合じゃない。 いや、遊びが本当の危機になった!
しかし俺にプログラム関連の知識は無い。 フランセットを手伝ってやる事すら出来ないのが悔しい。
だが、このPK達を防ぐ事で少なくともフランセットの足を引っ張らないだけの働きはできるはずだ!
「大丈夫です。 侵入は適切な遮断ソフトを起動し続けることで防ぐ事ができます。 防御側がアクティブならば基本的に防御側が勝ちます!」
なるほど。 正直あまり良く分からないが、少なくともザイツブルグのウェブでは侵入側が不利なんだろう。
サイバネティックデッキの画面に移るゲーム画面が左下の4分の1程度に縮小し、外側は様々なウィンドウやダイアログが出ては消えていく。
フランセットが全力で防御をしているようだ。
俺はゲーム内で目の前にいる戦士に切りかかった。 戦士は棒立ちで俺の攻撃を回避も防御もしようとしなかった。
攻撃が成功すると戦士もTの字に固まって動かなくなる。 どういう事だ?
「おそらく侵入者はその戦士を操っていた人です。 侵入に専念し始めたのだと思います!」
「納得した。 じゃあ弓使いを倒せば、ゲーム内の俺達は街へ戻れてサーバー側への侵入は防げる訳だな!」
ノイズが激しく混じったフランセットのデッキ越しの声での返事を聞いて弓使いへ攻撃に移る。
弓使いは俺が戦士を攻撃してる間にフランセットに矢を2本当てていた。
弓使いへと距離を詰めてソードスキルで攻撃を仕掛ける!
命中! だが流石に俺の1撃では弓使いに致命傷を与えられない。
とは言え弓使い相手に接近してしまえば、あとはこっちのものだ。 一気に追い詰めてやる!
「きゃあっ!」
再びフランセットの悲鳴がスピーカーを奮わせる。 気が付くとゲーム画面の外は赤や黄色のウィンドウが重なって点滅しているように見える。
「どうしたフランセット!」 「い、今手が…侵入者が増えました! 処理が追いつかない…ッ!」
俺はゲーム内で一刻も早く敵を仕留めようと躍起になる。 画面が頻繁にアプリのウィンドウで邪魔されるが仕方ない。
だが敵の弓使いは距離を置いて円を描くように動いて、露骨に時間を稼ごうとしている。
焦りのあまり、手に汗がにじんでくるのが分かる。
「そ、そうだわ! こんな時のためのチップチューンがあったんだわ!」
「お、おい! 待てフランセット! それはもしかして…!」
「はい! 使います! 天使回路!」 「駄目だ! やめろ、死ぬぞ!」
「私のニューロリンクの情報が割られれば同じ事です!」
くそっ、俺にはフランセットを止める術が無い。 強制切断しても同じ事だ!
「起動、天使回路! オーバードライブ、シフトワン!」
フランセットのリアルの肉体が大きく1度痙攣した――
侵入者の攻撃を受け、ついに天使回路を焚いてしまうフランセット。
海はただ、見守る事しかできないのか。
次回、時計仕掛けの大司教編 第15話「ガブリエル・オーバードライブ」
人の速さに限界はあるのか。




