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竜種少女と静かに暮らしたい  作者: るっぴ
第三章 「時計仕掛けの大司教編」
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13 「典範網」

スタイルは実像を凌ぐ――いい言葉だね。 だけどもう古い。

 今時はこうさ――「VRアバターは現実よりリアル」

   ―― 常連撃破ランカーのドニス・チェンバレン

窓を叩きつける風の音で吹雪いて来た事に気付く。 明日の朝には止んでくれると良いが…そう言えばザイツブルグには天気予報があるのだろうか?

いや、無いだろうな。 気象衛星なんてものは無いだろう。 在った所で役には立たないかも知れないしなあ。


いそいそとサイバネティックデッキの準備をしているフランセットを眺めながら、そんな余計な事を考えていた。

待望のウェブ体験なのだからはやる気持ちを抑えきれないが、それに没頭していられる状況でもない。

アクエリアスに今夜はもう出掛ける事も無いから、十分食事と休息をとっておくように念押ししておく。


ジャック=フェレオルはこの吹雪の中、署に一度戻って指示と報告をしてこなければならないという。

会社勤めの悲しさよ。 「娘に変なことするなよ。」と俺に釘を刺して出て行った。


「海様、準備ができましたっ」


フランセットが機嫌の良いはずむ様な声でそう告げる。 待ってました!

ジャック=フェレオルを送り出して、窓の外を眺めていた俺は彼女のほうを振り返って嘆息する。

これがサイバネティックデッキのネット環境か。


かなり大き目のノートPCを更に厚くしたようなサイバネティックデッキ本体は蓋を開けると液晶のようなディスプレイが蓋側についている

キーボードは存在せず、マウスすら無い。 代わりに多数の物理のスイッチとボリュームのつまみ、そして分厚い側面には様々な形の接続端子の挿入口がある。

PCというより、AV機器のインターフェイス装置と言われたほうがしっくりくる外見だ。


そのサイバネティックデッキ本体から接続された、いくつものコードがフランセットに伸びている。

分厚いゴーグル型のヘッドセット、横一文字の半透過がたバイザー型になっており没入型VRと非没入型の両方に対応できるようだ。

最も、サイバネティックデッキはニューロリンクが必須なため、非没入型で使用する人は稀ではあるが。

そのゴーグルはフランセットの首の後ろにあるニューロリンクの端子に接続しており、また右手首の端子にも接続されている。

左手首と両足首には血圧を計測するときに使うようなバンドを巻きつけている。


「海様はこちらを装着してください。」


フランセットはトロードセットを差し出す。 手足に着ける吸盤型のベルト付き電極パッチだ。 フランセットの指示するまま両手両足首に巻きつける。

そして頭部用のトロードを装着しようとすると…


「ああっ、海様、頭部にパッチをつける前にこれを塗るそうです。」


ホワッ!? フランセットが謎のチューブを差し出す。


「これを!? 頭に塗るの?」


「はい。 ええと…脳波などを拾い易くするための電解質ジェル、って書いてありますね…」


「ジェルかあ。 塗らないと動作がおかしくなりそうだから、やるしかないか。」


「私が塗って差し上げますねっ!」


フランセットが満面の笑みをたたえながら可愛らしい小さい手の平にチューブからジェルを押し出す。

透明でやや青味がかった気泡交じりの粘つくジェルが塗り広げられる。


うわっ! 冷たっ!


首筋の後方とこめかみ、そして頭頂部にジェルを塗りたくられる。 気持ち悪ぅーい!


「うふふっ、旦那様の頭を洗ってあげてるみたいですね。 はい、ぬーりぬりっ。」


フランセットが上機嫌で俺の頭をこねながら鼻歌交じりに言った。

そう捉えれば悪い気分じゃないか…ちょっと粘度の高いシャンプーと思えば…いや駄目だ、気持ち悪いや。 ベタつくぅ

水で濡らしてもいない髪の上に、泡立たないモノを塗られてもシャンプーには置き換えられない。

コンディショナー的な何かだと思って我慢するしかない。


無理矢理飼い主にシャンプーさせられる飼い犬の気分になって、何となくしょげこんでしまう。

その上にトロードの吸盤を押し当てられ、更に気持ち悪さが増したような気がする。

更に滑り止めのバンドを頭と首に巻かれて、何だか拘束される凶悪犯じみた外見になる。


「さあ海様の準備も完了です! 一緒に典範網の海へハネムーンダイブしましょう!」


「お、おう…」


ややフランセットに気圧されながら同意の返事をした。


「私は没入状態になりますので、身体のほうは一切反応がなくなります。 あっ だからってエッチな事しちゃ駄目ですよ! 最初はちゃんとリアルでしてくださいねっ。」


しないしない。 俺もまだ命は惜しい。 ジャック=フェレオルのおっさんをパパと呼ぶ気にもなれないしな。

ははは、と乾いた笑いで誤魔化しながらフランセットの頭をバイザー越しにポンポンと軽く撫でるように叩いた。

二人並んで椅子に座りサイバネティックデッキの画面を見つめる。


「起動すると海さんのアバターが出ますが、没入して無いと視界はそのままですので、ディスプレイを見ながら動きを念じてください。 視界は海様視点で動くようにしておきますから。」


「オーケー、それじゃあ行こう。」 「はぁーい! 起動しまーす!」


待機状態で様々な文字や記号が踊っていた画面が移り変わりアイコンのような図形だかドット絵だかがびっしりと並ぶ。

目で追いきれない速さでウィンドウやダイアログが出入りしてデジタル音による起動チャイムが重なりノイズのようになった。


フランセットのほうを振り返ると、額にバイザーを載せた状態のままその表情が消え、目は見開かれているのに視線は虚ろに焦点を失っている。

口元が半開きになり、なぜか少しだけ笑っているように見えた。 ちょっと怖い。


サイバネティックデッキのスピーカーが震え、フランセットの絶叫を伝える。


「あーっ! 海様、見ないで! 見ないでぇー!」


「何を?」 「私の顔をです! 私、没入中は変な表情になるからー! 見ちゃ駄目ぇー!」


そうは言われましても。 確かに元が端正な顔立ちだけに、その焦点を失った目とにやけたような口元は面白いというか、ちょっと変だが…

フランセットの求めるまま、バイザーを降ろして目元が見えないようにする。


「今のは忘れてくださいね! でないと私、恥ずかしくて死んじゃいますから!」


「分かった、忘れる忘れる。 でも結構可愛かったのに。」 「言わないでぇー!」


ディスプレイの中にフランセットの姿が浮かんで身をよじって叫んでいた。

やや本物のフランセットと異なるように見えるのは実写アバターではなく、デジタル的に3D描写された、いわゆる「絵」だからか。

トゥーン調にディフォルメされているので、少々違和感を感じるのだろう。


画面内のフランセットアバターの隣にピンクの何とも言えないクリーチャーが存在しており、それが俺が頬をポリポリと掻いた仕草に連動して同じポーズを取る。

これが俺のアバターか!


「あっ これが海様の仮のアバターで、ドラゴにゃんです! ゲストなのでこれを使ってくださいね。」


「ド、ドラゴにゃん(Kitty Dragonian)…?」


「可愛いでしょー!」


いや全然。 もうさっぱり。

身体はやや赤っぽいピンク地に白い縞ぶちで丸っこい短い尻尾がある。 顔は猫のディフォルメされた小文字のオメガみたいな口と短いヒゲ、丸っこい角に三角の猫耳。

何とも言えない微妙なキャラクターが3頭身で棒立ちになっている。 猫口なのに八重歯が除いていて表情はややジト目でふてぶてしい。


「これは4ヶ月前に世界を壊して直した、赤い巨大ドラゴンちゃんをモデルにしたマスコットです! 赤いドラゴンと背中に乗ってた女の子を合わせたような感じでしょー!」


…ルビィかこれ。 アイツがモデルなのか。 それで猫っぽいのかー…本人が見たら何と言うやら。

あのときの精霊世界は、元に戻ってみれば普通の人には漠然としたイメージしか残ってなかったようで、誰もが同じ光景を見たという点で、辛うじて現実だと認識されている。

だが、互いの記憶を補完しあって後付けのイメージを重ねれば、こんなキャラクターが出来上がるわけか。

下手な事を言って、その隣に居た男が俺だと気付かれても困る。 ここは適当に合わせて流してしまおう。


「どことなく愛嬌のある猫だね。」 「ドラゴにゃんです! ちゃんと呼んであげてください! 世界の平和を守ってくれてるんですよっ。」


世界を壊したんだけどね。 まあいいけど。 十日もしないうちに、こっちへ来るから会えるよ。

俺は手足を動かすイメージをして、ドラゴにゃんをバタバタと動かした。 おお、動く動く。

トロードでのネットダイブのせいか、動きに一瞬のラグが生じてはいるが概ねイメージ通りに軽々と動いてくれた。

こりゃ楽しい。


「じゃあ情報収集に行きますね。 やっぱり聖典セイクリッドスクリプチュアオン・サイバースペースが一番かな?」


「なんぞそれ?」 「ゲーム形式の仮想世界です。 そこから拡張スペースが設けられていて情報アーカイブやアプリなんかの取引も出来る様になってます。」


「なるほど。 利用者は多いの?」 「典範網に接続できるほぼ全ての人がアカウントを持ってますよ。 ここでアカウント作って通話するのが一番手っ取り早いのでー。」


「じゃあまずはそれだな。」 「了解しました。 SSOCSに接続しますね。 クォ・ヴァディス。」


「くお…なんだって?」 「えっ? ああ、ゲートやサーバ間の移動のコマンドです。 気にしないでください。 典範網は名前の通り、聖門教団が作ったサイバースペースネットワークなので、主なコードが全部聖典や大司教様の御言葉から抜き出したものなんです。 信徒ではない私達には押し付けがましいですよね。 もっと簡単なものにしてくれればいいのに。」


なるほど。 典範網は完全に敵の懐の内、というわけか。 これはあまり浮かれていられないな。

一瞬だけノイズのようなカラフルな横線だらけに視界が埋まり、鮮やかな緑の大地と青い空に切り替わった。

目の前に聖典・オン・サイバースペースのゴシック体を基調としたタイトル文字が浮かび上がり、派手なオーケストラの音楽が鳴り響く。


「聖典オンに入りました。 海様もゲーム内でのアバターを作りましょう。」


「オッケー! これだよ、これこれ! こーゆーのに飢えてたんだよ、俺は!」


「早くも気に入ってもらえたようで、フランセットも嬉しいです!」


「やっぱりフランセットは最高だな! よし、どんなアバターにしようか。」


「アバターは後ほどいくらでも変更できます。 外見はデフォルトでキャラだけ作ってしまいましょう。」


「よし、じゃあまずはこの…職業か、普通の戦士や魔法使いの他にも色々あるなあ…まあ、とりあえず基本は戦士が楽そうだ。」


「戦士ですね! 私は僧侶なので相性バッチリです! 種族はどうしますか?」


「種族も選ぶのか。 最初だから人間のこの蛮族にしておこう。」 「分かりました。 では名前をこちらへ入力してください。」


おっと、名前はどう入力するんだ? フランセットの指差す所に触れると入力用ウィンドウが開く。

わざわざ入力を求めてくるくらいだから、本名はまずいって事だろう。 じゃあ魔法使いだからフィズバット・ファーボールあたりにしておくか。

と、思っただけで入力欄にはフィズバット・ファーボールが当てはめられた。 素晴らしい!

オン・サイバー楽しいな! やばい、これは早くもハマりそう。


「さあ海様、ドキドキワクワクの特殊能力タイムです。 これは完全ランダムなので一発勝負ですよ!」


名前を決めたら目の前にリールが出現し物凄い速さで回転し始める。 ナムサン! 止まれ!



「お、強そう。 インビンシンブルだって。 透明になれるのか?」


「初めて見ました! 無敵インビンシンブルですよ! ダメージを最低保障分しか受けないんです。 戦士としては最高の特殊能力ですね!」


「すげー。 最強だな。 何か代償とかあるのかな?」


「あります。 与えるダメージも半減してしまうんです。」


「ただのタンクじゃないか…」 「そこは私の僧侶奇跡で補いますから大丈夫です!」


ほうほう。 ならば何とかなるか。 駄目なら作り直すまでだ。


「よし、まずはレベル上げだな!」 「あっ そこに一番お手頃なモンスターのワラビィがいますよ。 基本攻撃は実際に剣を振ればOKです。」


慣れてないせいか、剣を振るうのにもちょっとした苦労が伴ったが、何とか攻撃が成功しモンスターを倒す事が出来た。

よしよし、これは行ける。 正面からは少し斜めから攻撃すれば敵からの初撃を回避できるんだな。 俺、学んだ。

じゃあ次のワラビィは無傷で倒してやる。 レベルが上がればソードスキルを覚えられるとフランセットが言っている。

あと3匹も倒せば2レベルに上がると経験値バーが告げている。 サクサクと倒してしまおう!



この時点で俺は完全に目的を忘れていた。

VRゲームにのめり込み、情報収集を忘れている海。

ゲームに興じる二人を狙う影が現れる。

次回、時計仕掛けの大司教編 第14話「対人襲撃」

ゲームだから安全? いつの時代の話をしているのかね?

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