7 「チープアクション」
お前が今まで何クレディチップ分の飯を食って来たか知らないが、
お前の命を奪うのはこの1クリップで1クレディの安い弾丸さ。
―― 私的薬屋ファビオ・コヴィリ
アクエリアスが俺の前に出ようとするのを手で止める。 あっ 手が痛い。 竜種のパワー出しちゃってる。
だが彼女は銃を知らない。 竜種は見た目こそ人間だが、人間では有り得ないパワーとスピード、そして体の頑丈さを誇る。
頑丈さとは言っても、中世の鉄や鋼の武器に対してだ。 音速で飛来する銃弾に対してどこまで耐えられるものか。
簡単に打ち倒されるとは思えないが、急所に当たれば万が一は有りうる。
だったら防弾ケヴラーのコートを着ている俺のほうが、この状況ではまだマシかもしれない。 顔面はもろに即死だが。
「アクエリアス! 奴らが手にしてるあれは銃という武器だ。 威力が剣や矢の比じゃない。 下がるんだ。」
であれば尚更、とアクエリアスは俺の手を押しのける。 男のプライド粉微塵。
でも意地を張っても仕方ない。 魔法で援護できるようになっただけ、前よりはマシってもんだ!
「いいか、良く相手の銃口の先を見て、直線状になるべく入らないようにしてくれ。 銃の弾は音より速く飛んでくるぞ。」
非常識なアドバイスだが、竜種の身体能力ならやって出来ないことは無い、かも知れない。
7人のブースター(チンピラ)のうち1人が、無情にも氷漬けになった中年を盾にして初弾を放った!
乾いた破裂音が響き、俺の足元の木の床が割れる。 途端に足がすくんだ。
そういや、俺銃撃受けるの初めてだった! ビビるな! 魔力王のあれよりはマシだろ!
よし、スワッシュのせいか安物の武器のせいか、命中精度はそこまで高くない! いけるぞ。
アクエリアスは目にも止まらぬ速さで口火を切った男を既に床に張り倒している。
俺もフロストバ…氷の魔術を唱え、衝立の陰からアクエリアスを狙おうとする3人に狙いを定める。
パキャッ!
氷弾が空中で粉砕された。 くそっ! 射出直後に奴らの銃弾とぶつかり壊されたんだ!
だが、狭い酒場だったのが幸いし、粉砕された氷弾の破片がアクエリアスに飛びかかろうとしていた2人の男のそれぞれ足と手を固めた。
二人は痛みの余り床に転がり、更に体のあちこちを凍らせ被害を増してる。
いいじゃないか、このフロス…氷魔術! 役に立ってるぜ、サンキュー婆っちゃ!
アクエリアスが衝立自体に飛び蹴りを当て、影から射撃していた2人をまとめて引き倒す。
木の衝立は派手に壊れ、セーズスワソンキャットのビール瓶を巻き込んで割った。
彼女ももんどりうって、壊れた衝立の上に倒れこむ。 竜種の彼女達は桁外れのパワーがあるが、いかんせん細身の女性、体の軽さがいつでも弱点だ。
そこへ回り込もうとしていたブースターの最後の1人が飛び掛る、そいつは右手にハンドガン、左手にナイフを持っていた。
飛び掛った勢いでブースターの膝がアクエリアスの頬にヒットする。
「このジャンキーブースターがッ!」
完全に我を忘れて男に駆け寄り蹴り上げる。 すこぶるつきの防寒ハードブーツだ!
硬さは鉄並みだぜ。 狙ったわけじゃないが俺の蹴りは奴の顎を砕いた。 手加減、いや足加減は全く無しだった。
顔の形が変わった奴がよろけながら後退しビリヤード台に倒れこむ姿を見て、ようやく我に返った。
キュイーンという軽快なモーター音とフォオオンというサーボ音、それに木の砕ける音が混じって
俺とアクエリアスが吹き飛ばされパブの壁に叩き付けられる。 痛ッ! 何が起きた!?
衝立と共に倒された男の1人が立ち上がっていた。 奴のジャンプスーツの上着が破けている。
その両腕は生身ではなく―― 光沢のある灰色のカラーリング、いくつものパイプとチューブから成る内部機構がクロームメッキされたフレームと装甲の隙間から見えている。
あれは…義肢だ!
「気をつけろ! それは義手だ! そいつは腕力と握力だけならお前以上だッ!」
◆◆◆
多くの人が持つイメージと違い、四肢を義肢に置き換えたとてそのパワーは上がらない。 なぜか?
確かに腕をサイバーアームに置き換えれば、その握力だけはリンゴどころか握った鉄骨をひしゃげる事が可能だろう。
しかしパンチを繰り出した時には普通の人間が重い金属の小手を装着した時と大差ない。
パンチやキックで大事なのは体の中心、背骨と肩から腰にかけての筋肉だからだ。
それを無視してサイバーアームの内臓モーターと人工筋肉をフル稼働してパンチを繰り出せばどうなるか。
パンチが敵に届く前に背骨が粉々に砕け、広背筋や僧帽筋がブツンと全て断裂する。
考えてみれば当たり前の話だ。 作用反作用の法則。 強力な攻撃は、それと同じだけのパワーを受け止められる体からしか繰り出せない。
それが普通だ。 ではどうするか? 全身義体にするのは容易ではない。
背骨と筋肉を人工物に置き換えれば良いが、それもフルボーグに次いでコストを始めとする様々な問題に直面しなければならない。
現実的な回答は今、目の前に居るブースターが出している。 両腕のサイバーアームから幾つかの金属織りのチューブが背中に這っている。
義肢の途方も無いパワーを受け止める補助ユニットを装着しているのだ。 薄く背中に張り付いている加圧ユニットが油圧でパワーを制御。
更に加圧ユニットからベルトじみたクロムのフレームとチューブが、体を囲う金属の格子鎧のように這っている。
ジャンプスーツの下半身で見えることは出来ないが、特にこれは腰から足にかけて重点的に装着されている。
強化外骨格―― その原型、もしくは簡略版がサイバーアームの真価を引き出し、支えているのだ。
◆◆◆
両腕が義肢のブースターは解説有難う、とばかりに俺を睨み口角をあげる。 口元から涎が垂れているのは、こいつもスワッシュのヤり過ぎで頭が飛んでいるからか。
右の掌の手首の付け根からブレードが滑り出した。 刃渡りは25cmほどで幅は5cmも無いだろう。 だが…ただの鉄や鋼とはワケが違う。
たかがチンピラがえらい脅威だ! 馬鹿に技術を与えるな、ってのは何の言葉だっけか!
俺の言葉を聞いたアクエリアスは意味は良く分からなかったかもしれないが、見た目以上に危険なことは察してくれたらしい。
「竜気を焚きます!」
賛成。 未知のハイテク武器 ――いやもはや兵器か―― に出し惜しみをしてる場合じゃない。
アクエリアスの体の周囲に青味を帯びた風が渦巻き始める。 竜気を発動した証拠だ。
それを見たサイバーアームのブースターが両手の拳を打ち鳴らしながら笑う。 その右手の刃を左手に指してしまえクズ野郎。
「がはは! 武術か! かかってこい、小娘。 手荒なダンスでヒィヒィ言わせてやるぞぃ!」
どこまでも下品だな。 チンピラなんてそんなものか。
だが違うな。 武術じゃない。 竜術だ。
ブースターがアクエリアスに左手で掴みかかる。 それを脇へステップでアクエリアスはかわす。
かわした先には奴のアームブレードが―― 状態を仰け反らしてそれも避けた!
そのまま後方に回転するかのような大きな動作で奴の拳を…拳の先にあるアームブレードを蹴り上げる。
ブースターはバランスを崩し倒れた。 よし! スピードも反射もアクエリアスのほうが上だ。 これなら互角以上か。
アクエリアスは跳躍し宙で回転し天井を蹴った。 勢いの乗った蹴りが倒れたブースターの喉元を狙う。
が、ブースターがサイバーアームの左手を突き出してアクエリアスのつま先を受け止めた。
ガオッ!
爆発音と共に謎の衝撃でアクエリアスが吹き飛ばされ、カウンターの上を滑っていく!
カウンターの上に置いてあった酒やリキュールの瓶が次々と割れていく。 サーバーに繋がれているビールのコックが弾け飛び、店内にクローネンブルクのシャワーが降り注ぎ、艶やかな芳香で満たされる。
何が起こった!? 奴の左腕が右腕のそれより1.5倍ほどに伸びている。 伸びた腕が縮むと同時に円筒形の物体が左腕から排出され、きな臭さを撒き散らしながら煙を糸のように引き摺った。
衝角か!
炸薬でサイバーアーム自体を打ち出す。 言わばパイルバンカーハンド。 奴の奥の手か!
「アクエリアースッ!」
「はい?」
無事でした。 無敵かよ!
カウンターを越え、レンガの壁をぶち抜いた穴から埃を払いながらアクエリアスが起き上がった。
「大丈夫か!?」 「実はあまり…」
「ダメージが深刻か!」 「いえ、そうでは無く…」
「どうした?」 「正直私、あまりお酒に強くなくて。」
そうですか。 確かに店内にビールのシャワーが降ってアルコールの霧になってるね。
竜気を焚いた竜種は本当に頼もしいな。
「俺のラムショットが効かねえッ!? こ、こいつら化け物や!」
距離が開いている。 今のうちにフロ…氷魔術で――
俺の背後から銃声が3度響き、驚きのあまり練り始めた反魔力が解けてしまった。
「よし、そこまでだ。 死人が出る前に止めておけ!」
カーキ色のトレンチコートを着た髭面の男が右手に大口径ハンドガン、左手に何か黒い手帳の中に身分証のような物が付いた物を掲げて叫んだ。
警察だ… まあ、いいか。 俺は両手を挙げて、アクエリアスにも同じ様に手を上げるように促した。
素早く店内を見回し、セキュリティカメラがある事を確認する。 これなら俺達が被害者だって事は証明できるな。
大きく溜息をついて、笑顔を作りアクエリアスに向ける。 それを見たアクエリアスが竜気を解き、壁にもたれかかる。
竜気は無敵のパワーを発揮できるようになるが、解除しなければいずれ暴走するし、解除したらこのように一気に疲労が襲い掛かってくる。
「よーし、スワッシュで茹だった頭も冷えたな? ソシエテ・ル・ルーヌ社のジャック=フェレオル・トゥラランだ。
以降、店内映像を始めお前達の行動は全部裁判での有力な証拠となる。 武器を捨て義装の動力を停止しろ。」
ブースター達も渋々立ち上がり、武器を捨てる。 サイバーアームの奴は両腕をだらりと下げ、重さのあまり床に座り込む。
加圧ユニットを停止すれば、その自重ですら支えるのが辛いのだろう。
ジャック何とかと名乗った警官は銃を各人に代わる代わる向けながら、店内の様子を無言で観察している。
下半身が凍って棒立ちになった男の足を軽く小突きながら
「フム… よし分かった。」
ほっ、助かった。 お昇りの旅行者がチンピラに絡まれた、という状況を理解してくれたようだ。
そのジャック何とかは俺の隣に来て軽く肩を叩き人懐こそうな笑顔を作った。 お仕事ご苦労様です、と内心で礼を言っておく。
そしてジャック何とかはポケットから白銀の光沢を放つ、鎖で繋がれた2つの金属の輪を取り出し…
俺の右手に手錠をかけた。
―― なんで?
なぜか逮捕されてしまった海。 彼に新たなる肩書きがまた一つ加わる。 そう、前科者。
敵か味方か、謎の警官ジャック=フェレオルと名乗る男の目的や如何に。
次回、時計仕掛けの大司教編 第8話「ジャック=フェレオル」 お楽しみに。
爛れた街、ザイツブルグには正義も悪も、道理すらも無いのか。