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竜種少女と静かに暮らしたい  作者: るっぴ
第三章 「時計仕掛けの大司教編」
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6 「スワッシュ」

腐った聖なる街、ザイツブルグでは先端に食らいつかねば生きていけない。

                  ―― 運び屋アドリアン・バラスコの言

俺はアクエリアスを抱き寄せ、壁に押し付ける。 ギリギリまで互いの顔を近づけた。


「か、海さん…こんな所でそれは…」


「すまない、我慢して欲しい。 下手に目立ちたくない。 カップルが路地裏でイチャついてるだけの雰囲気にしておきたいんだ。」


「わ、分かりました…海さんがそう望むなら。」


普段はすまし顔を崩さないアクエリアスが頬を染めて目を伏し目がちにする。

このまま本当に奪ってしまいたい気分にも駆られるが、今は我慢しよう。

いわゆる壁ドンのスタイルで、しばし深呼吸を繰り返す。 よし、だいぶ落ち着いた。


「しかし雪の中でこの状態も長時間は続けられないな。 ひとまずどこか店に入ったほうが良いかな。」


「そうですね。 海さんにお任せします。」


アクエリアスに覆い被さるようにしながら、慎重に周囲に視線を送る。

露骨に尾行している奴は流石に見当たらないが、やはり死角を無くすようにあちこちに監視カメラが存在する。

データタームもセンサーカメラを内蔵していると見ていいだろう。

敵が、そう、敵が存在して俺達に勘付いているとしたら既に監視対象となっていてもおかしくない。


「まずやるべき事は…服だ。」


「服ですか?」


アクエリアスが頓狂な表情を作ってしまう。 もうちょっと別の行動を予測していたのだろう。

だが、スタイルは実像を凌ぐ。 これは至言だ。


「ああ、俺達はソーサリスの服を着ているが、この街の人達は異世界のファッションだ。

 外から来てここの世界法則に染まっていないのが明確すぎる。 まずは街に溶け込まなければ調査もままならない。」


「確かに…道理ですね。 でも私はこの街の服については良く分かりません。」


俺は苦笑いで返す。


「だろうな。 俺も分からないや。 だからまずは手近のブティックに入ろう。」


アクエリアスの腰に手を回し抱き寄せるような形にする。

彼女はきゃっと小さく驚愕した。 えー…昨日、布団に潜り込んで来ておいてその反応て。

でもまあ初々しいほうが男心をくすぐるってもんだよな。


「恋人のふり、ふりをしてくれ。」


「そうでした。 すみません、もう私も海さんの妻なのに、自覚が足りませんね。」


すっごい色々ズレてるよ。 まあ納得してくれたならそれで良しだ。

裏路地を出て、表大通りを再び歩き始める。 正気に戻って見直してみれば、本当に不思議な光景が広がっている。


赤レンガ造りの建物を漆喰で固めた、オレンジ屋根の町並み。 いわゆる中世風の街だ。

だが、そこにコンクリの電柱と絶縁体で保護された電線が建物と道の電柱に張り巡らされている。

窓の外にはエアコンの室外機が見え、かび臭い排気を撒き散らしている。

建物からはネオンやライトで照らされる看板が店名や商品をアピールしている。 俺の基準では現代風の光景だ。


そして街角にデータ端末が据えられて、店先の自販機からは霧の中に立体ホログラフが浮き出ている。

街を歩く人々は皆手にスマートデッキを持ち通話や音楽か何かの音声を聞くためにヘッドセットへコードを這わせている。

中には分厚いスマートゴーグルにデッキを接続してる者もいる。

そして時折、空中をゆっくりと周回する警察と救急の無翼機が見えてくる。 地球のヘリより静穏性が高いのはどういう原理だろう。

これはもう俺の知らない、映画や作り物の世界でしか知らない近未来世界だ。


手近のブティックを見つけ、店に滑り込む。 ここは女性物限定のようだ。

ショップのマヌカンがアクエリアスの応対をし始める。 普通のメガネをかけていて長い髪を後ろに纏め上げている。

どうやらスタイル的にはビジネススーツ系のショップのようだ。 これなら問題無いだろう。


おっと1つ問題があった。 アクエリアスが試着室に消えている間に、俺はマヌカン手招きして呼び寄せ支払い方法を尋ねた。

スマートデッキからのダイレクトか、カードかクレディチップで、と言われる。 カードはともかくクレディチップって何だ。

まあ察するに預金データのセキュリティコードが入ったチップの事だろう。

俺は腰の麻袋から金貨を取り出し、マヌカンに見せる。


「実は旧式のソーサリス金貨しか無いんだが、これでもいいか?」


「当店では受け付けかねるのですが…」


ちっ、やはりか。 だがここからだ。 手に持った3枚の金貨をわざとらしくマヌカンの胸元に差し込む。


「何、これは迷惑料だ。 旅行者なんだが換金してる暇が無くてね。 この街じゃ金は他の街以上に貴重だろ?」


マヌカンは自分の胸元を見つめ思案している… これだけ電気・電子技術が発達した都市なら金の価値はむしろ高いはず。

換金する手段だってあるはずだ。 いくら独立して経済的に完結している都市と言ってもな。


マヌカンは素直に落ちた。 メガネの奥の目線が爬虫類めいた光を帯びて細くなる。

金貨は沢山持ってきている。 せいぜいぼったくってくれ。

マヌカンが了承の意思を示すと、俺は更に2枚の金貨をマヌカンの上着のポケットに差し込む。


「あまり周囲にお昇りさんと知られたくないんでね。」


と口止めを匂わせながら。 ついでに男性用のショップの場所と換金可能な所を聞き出す。

やはり換金は銀行だったが、さてこれ以上露骨に足跡を残すような事をして大丈夫か否か…

 

比較的無難なファッションにまとまったアクエリアスの会計を済ませる。

ドレープネックのブラウスにレザー地のタイトスカート、厚手のストッキング、ダウン地にファーのついたロングコート。

デザイナーの一点ものというシェードグラスや大きめのバッグ、マフラー、ニット帽子まで合わせて購入した。

相当金は取られたが、これでザイツブルグの街を気にせずに歩けるだろう。


「ブラボー、素晴らしく似合うよ、アクエリアス。」


恥ずかしがるアクエリアスを褒め倒す。 褒め言葉のボキャブラリーが少ない我が頭脳を呪いたいほどだ。


「あ、ありがとうございます… これなら海さんの隣を歩いても恥ずかしくないですか?」


「勿論だ。 むしろ今、ソーサリスで一番綺麗だ。 間違いない。」


ボキャブラリーが少ないなら数で勝負だ。 綺麗だ、と美しい、を連呼して褒めちぎっておく。


「あまりおだてないでください。 私もう恥ずかしくて…」


アクエリアスは両手で顔を覆ってしまった。 やりすぎたかな?

大人しくて控え目な性格のアクエリアスに、褒めちぎり作戦は合わなかったかもしれない。 


が、ブティックを出て歩き出すと思った以上に機嫌が良さそうな笑顔を向けてきた。

喉元過ぎれば平気なようだ。 と思って、もう一度「本当に綺麗だ。」と言うと顔を背けられてしまった。


迷った挙げ句、銀行で換金だけはしておく。

やはり現金は強い。 と言ってもこの街ではクレディチップが現金がわりだがな。

足がついたとてこのメリットは捨てられない。


問題はクレディチップ自体に取引のログが残る事だ。 どこかでロンダリングもしておきたい。

換金を済ませ、自分の服は手近にあったブラックレザー系で済ます。

どうせこの防弾繊維の分厚いトレンチコートの内側だ。

ケブラー2020繊維がどうのポリマーがどうのと言っていたが気に止めなかった。

要は使えるかどうかだ。 しかし正直、凄く重い。

後はハンチング帽と光透過性の高いミラーシェードの大きなサングラスをかければザイツブルグの最先端エッジャーぽく見えてくる。

後は防弾樹脂の大きな濃い灰色のブリーフケースに古い服を叩き込んでしまえばいい。

チェーンでブリーフケースと左手首をロックして、駆け足で暮れていく街へ滑り出した。


「スタイルはこれで十分街のエッジに追い付いたろう。 パブに寄って人の空気を掴もう。」


近くの酒場パブを探して入り組んだ路地を2つ3つと曲がっていく。

これで安全グリーンエリアから危険イエローゾーンへ入ってしまった事に俺達は気付かなかった。


それなりに賑わってそうで、窓ガラス越しで外から店内が見える安全そうなパブを探して入る。

十分用心したからこれで大丈夫だろう。 と、思っていた。

俺の慎重さは正しく報われた。 確かにこの店は良い所だったよ。

危険地帯イエローゾーンにしては」という意味で、だったが…


俺達はまだこの街を知らなさ過ぎた。 イエローゾーンのパブと言えば、毎日のようにトラブルが起こって当然、だなんて。

窓や壁、床があちこち新しく、頻繁に交換されている理由に気付くべきだった。


店の照明は意図的に抑えて薄暗く、煙草の煙がライトの下をたゆたっている。 カウンターといくつかのテーブルがあり、まばらに客が座っている

衝立の奥が意外と広く、ビリヤード台とダーツが置いてあり騒ぎながら賭けている連中がいる。

カウンターと衝立の間の隙間にあるようなテーブルに陣取る事にしたが…案外、柄が悪い店だな。

バーテンはどこにでも居そうな地味な男だが、客層が思った以上に悪い。

店内はエアコンが効いてて煙草の煙をかき回している。 ちょっと熱いが一応コートは着たままで居る事にした。 アクエリアスも脱ぐ様子は無い。

バーテンが来て注文を取るのかと思ったら、テーブルチャージ料を先に請求された。 しかも結構高い。

お勧めの飲み物を聞くと「スワッシュ」とだけ短く返答があった。 どんな飲み物かを訊ねると、近くの客が飲んでいるモノを握った拳と立てた親指で指し示し


「合成ビールにブルージュースを混ぜたモノだ。 軽くトべる」


ドラッグじゃねえか…

ブルージュースがどんな合成モノか知らないが、客の顔を見れば明らかにヤバいものだって事だけは分かる。

陰鬱な感じはしていたが、どうやらそのスワッシュのせいでダウン状態に浸ってるようだ。

中には大声で話して笑っている者もいたが、その話してる相手が見当たらない。 これは駄目なヤツだな。


無難にその合成ビールだけを2人分、ついでに適当な乾き物で豆とサラミあたりを頼んでおく。

街に溶け込んで、ようやく落ち着ける場所を確保した所でアクエリアスと状況を整理するために会話をしようとした途端、早速柄の悪いのが絡んできた。


「よう、お前ら。 やらないのかい?」


片手には青味がかったような、やや緑がかったような泡の立つ飲み物、先程のスワッシュとやらを掲げている。

小太りの中年男でジャンプスーツを着た労働者風の男だ。 濁った目をしており、既に相当スワッシュで「飛んでる」に違いない。

幸いダウンしないでアッパー方向にトべたらしく、上機嫌だ。 おくび(ゲップ)を出しながらニヤけている。


「ああ、まだ仕事が残っていてね。」


素っ気無く完結に返しておく。 一応愛想笑いだけは付けておこう。


「おメーじゃねーよ! こっちの綺麗なネーちゃんに言ってンだよォ!」


中年男がアクエリアスにすえた酒臭い息を吐きかけながら近づき、肩に手をかけ…

アクエリアスが椅子を引き、肩透かしを食らわせた。


「申し訳有りません。 触れようとしないでくださいますか。」


「あア~ん? お高くとまるならこんなエリアに来てんじゃねェよ! スワッシュがこぼれちまっただろ。」


勘弁してくれ。 1秒たりとも休めないな。 だがいかに俺が童貞とは言え、妻――の予定――に手を出されて黙ってる訳には行かない。


「悪いが、俺の連れ(バディ)に手を出すんじゃない。」


小太り中年男の前に立ちはだかりながら言ってのけた。

いや、マジ、ケンカとか勘弁してくれ。 正直そんな事ができるタマじゃない。

…と、内心で思いつつも反魔力を練り始めている。 早くも封印を解くべき時が来てしまったか。

小声で詠唱しても大丈夫かなあ。


判断ミスだった。 この手の店で丁寧さは弱腰と取られるものだ。 本当に止めさせたいなら、ちょっと馬鹿げてイキがった台詞で初手威嚇から入るのが、ある意味この場でのルールだ。

中年男は俺の頭の上から、手に持っていたスワッシュをぶっ掛けてきた。


「俺のオゴりだぁ! ひゃひゃっ! どきな。 お前のバディは俺とロデオしたがってるぜ!」


…よし、こいつ殺そう。 遠慮しなくていいや。

口元を拭いながら即決した。


「外に出てその茹であがった頭を冷やせよ。 おっと、足元がふらついているな? じゃあこの場で冷やしてやるッ!」


覚えたての魔法、フロストバイトを唱えた。 もちろん小声で。

中年男の右足の少し脇に氷の塊が出現し、即座に弾ける。 男の足が霜に包まれ下半身を氷漬けにした。

自分も巻き込まれそうになったので、少し後ずさりして距離を取る。 中年男は痛みの余り、音程の外れた声で絶叫した。


「動くなよ? 動けば両足がポッキリ逝くぞ。」


中年男は寒さと恐怖から歯を派手に鳴らして震えた。 店内がざわめきと怒号に包まれる。

ビリヤードルームの方から小太り中年と同じジャンプスーツの男達が7人出てくる。

仲間が居たか…まあ当然かな。 どうしてこうなるんだ。

酒場でケンカなんて、柄じゃないにも程があるってのに!


中年男の仲間達は下半身氷漬けになった男を見て状況を悟った。 ブースターは喧嘩の匂いにだけは敏感なんだな。

俺はアクエリアスを背にしながら、少しずつ店の出口に向かって後ずさりしながら反魔力を再び練り上げる。


横目で怯えてカウンターの下に隠れているバーテンをチラリと見た。



いくら請求されるんだろうなあ…


奴らが懐から銃を取り出すのを見据えながら、そんな余計な事を考えていた。

どこに行ってもトラブルに巻き込まれる男、海。 それが主役の定めなのか。

安い酒場に安い喧嘩。 今日もザイツブルグの下町は一杯の酒より安い命をやり取りする。

次回、時計仕掛けの大司教編 第7話「チープアクション」 お楽しみに

謎の男、ジャック=フェレオル現る。

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