26 「大帰還 もちろん即召還」
万感の想いを胸に、童貞は今、故郷へ還る
何だかんだで慌しい日々を過ごしていたが、
戦闘や戦争が起きるような話ではないので、語るのはまたの機会にしよう。
巨人戦から1ヶ月ほど経つと、婆様の魔力も満たされたようなので
一度地球に戻らせて貰う事になった。
「前回は魔力を溜めるのに1年かかってたようですが…」
「うむ、精霊達の力を借りてな。 マナを集めてもらったのじゃ。」
便利だ。便利過ぎる。
皆それぞれの形で相性の良い精霊と付き合ってる。
クリスタは風の精霊の力で加速減速、跳躍をトリッキーに使いこなすようになった。
ルビィは炎の剣と言って武器に火の精霊を纏わせる戦闘スタイルを身につけた。
アクエリアスも水の精霊で相手を縛ったり盾としたり上手くやっている。
婆様の場合は竜気を発動してる時のように
精霊達にマナを集めさせる事が可能になったらしい。
カチナの指導と助力あっての事だが、皆成長が目覚しいな。
ソーサリスの住人達も、大なり小なり生活に精霊の力を取り入れている。
風車や水車が止まる事無く良く回り続け、夜道は火の精霊、光の精霊が照らす。
その他の精霊達も様々な形でソーサリスに浸透しつつあるようだ。
皆が精霊の恩恵を受け取っていた。
俺以外は。
相変わらず俺は精霊の名を呼ぶだけで死ぬような目に会うので
カチナが側にいてくれないと迂闊に元素4大精霊は呼び出せない。
もっと小さい精霊から始めろとカチナは言う。
光の精霊を呼び出して、眩しさからか長時間気絶した経験で
俺は精霊を使いこなすのを諦めた。
光の熱で燃やされなかっただけ運が良かったかもしれない。
一度地球に帰ることを告げると、
クリスタやエミィは泣いて引き止めてくれた。
嬉しいねえ。 男冥利に尽きますね。
でも流石に限界。 米食べたい。 ハンバーガー食べたい。
ネットやテレビを満喫したい。
「まあ、わずか2ヶ月足らずで婆様の魔力も満たされるようになったし。
もういつでも会えるだろうからさ。」
と、二人をなだめた。
アクエリアスは笑顔で許してくれたが、ルビィは話をした途端出て行ってしまった。
いくら俺でも少しは学習する。
ルビィを急いで追いかけると、道場の片隅で剣を握っていた。
剣で殴られるくらいは覚悟できてるぞ。
「ルビィ。 すぐ帰ってくるからな。」
「わかってるわよ。」
「寂しくなったら、いつでも呼び出してくれていいからな。」
「今寂しいわよ!」
ぐぅ。
いっそ、連れて帰るか…?
ルビィは涙をこらえてるのだろう、そっぽを向いて肩を震わせている。
俺はそのままルビィを包むように後ろから抱きしめる。
ルビィの手に握られていた大きな練習用の剣が床に転がり乾いた音を立てる。
竜種は多かれ少なかれ、みんな寂しがり屋だ。
その力に目覚めたときから家族と別れ竜種の道場に隔離されてきた。
彼女達にとって一度でも一緒になった相手と別れるのは何より辛いのだ。
俺は言葉も無く、ただただ抱きしめてあげる事しか出来なかった。
ルビィも言葉を発する事無く振り向いて、涙を湛えた瞳で見つめ返してきた。
ゆっくりとした動作でルビィの頬に手を当て唇を重ねた。
手に暖かい涙が零れ落ちるのを感じながら。
体を離した時のルビィがこぼした言葉
「待ってるからね。」
が、何時までも耳に残って、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
翌日、婆様が道場に大きな魔法陣を描く。
道場でやってたのかー
それで何で毎回風呂場に落ちるんだか。
まあその方が安全だからいいけど。
午前中を丸々費やして、魔方陣は完成した。
そこから今度は詠唱に入るのだから大仕事だ。
世界の壁を越えるってのは、そういう事なんだなあ…
陣の中央に例の黒い穴が開き始め拡大していった。
俺は婆様を始め、みんなと握手して挨拶を交わす。
「何も無くても一年経ったら呼んでください。
俺も会いたくなってるに違いないし、前回からも一年でしたからね。」
皆が笑顔で居てくれるうちにと、穴に飛び込んだ。
既にクリスタは涙目だったよ。 ゴメンな。
「やあ星渡し、の方かな? また地球のある世界へよろしく頼むよ。」
「星渡しで合ってるわ、半分マイロード。」
「半分?」
「私は半分アストラル生命体だけど、残り半分は妖精だもの!
妖精王になったんでしょ。 だから半分マイロード。」
「なるほど。 じゃあ半分よろしくね。」
「半分任せて! じゃあ半分行くわよ!」
途中下車は無しでお願いしたい。
しかし世界の外側までそんな話が伝わるものなのか。
精霊の界隈も色々あるんだろうに違いないのだ。
星渡しが狙いを定め俺を放り投げる。
擬似宇宙空間を俺は光のような速さで進んだ。
今回は時間酔いとか無さそうだな。 安心安心。
…ん? 時間酔いって何だっけ。
さて、お次は惑星破壊兵器ルインブリンガーを壊しにいかなきゃ。
色々忙しいな。 …って何だ? 次って…?
やっぱりここに居ると俺は何かおかしくなるみたいだな。
無心でいよう。 無心無心。
…まあ今回は上手くやった方だな。 お前にしては、だが。
あのドラッグジャンキーのシャーマンが余計な事を吹き込みかけたのは防いでやった。
お前は個別のユニバース侵食を迎撃し続けろ。
それが俺達、因果同位体の普遍性を濃くする。
…あれ、また変な事を考えてたなあ。
どうも思考が混線する場所みたいだ…
お、出口が見えてきたぞ。
終点に向かって光が広がる。
フボッ!
よし、ベッドの上…に!?
「遅かったじゃない! どこに行ってたのよ!」
ベッドの上に落ちる間もなくルビィにキャッチされた!
どういう事だ!?
感動的な別れのシーンを返して!
「海、あんたまさか、別の世界に浮気してたんじゃないでしょうね!」
「何を…俺は今ソーサリスから…ごふっ!」
クリスタが俺に抱きつくために飛び掛ってきて3人でベッドの上にもんどりうった。
俺より早く地球に回りこんできた、だと…!?
うん。 わかった。 分かってた。
何かそんな雰囲気あったよ。
地球とソーサリスは時間の流れが同調してないんだな。
だから世界を渡る時に誤差が生じて、こうやって前後したりする訳だ。
きっと星渡しは最初に開いたゲートを目印にして俺を送ってるから
毎回同じ様な時間に俺は戻ってくる訳だな!
「1回、間違って別の世界に出ちゃったわよ!」
「ほお? 星門の移動って間違えたりする物なのか。」
「何か、あんたの別荘だったわよ! 凄い大きな屋敷だったわ。」
「溝呂木家に別荘は無いんだけどね?」
「あらそう? でも、あんたの銅像がたくさん並んでたわよ。 悪趣味ね!」
「なんじゃそりゃ。 別世界に俺と似た存在があるのか…?」
面白そうだから、後で星渡しに聞いてみよう。
それはそうと、そろそろお腹が苦しくなってきた。
俺の名前を連呼しながら、顔をぐりぐりと胸に押し付けてくるクリスタをなだめる。
さて、一体どういう事か説明をしてもらおうか。
「べ、別に緊急の用事じゃないけどねっ!
あんたに会いたかったから用事を作ったようなもんだし!」
ツンする箇所が完全にズレているな。
ただの素直じゃないですか。
「良し、分かった。 まずは落ち着いてお茶にしよう。」
「そんなにのんびりもしてられないわよ? 星門が閉じちゃうからね。」
そうだった。 俺はベッドから飛び上がって黒い穴に顔だけ突っ込んでみた。
居た居た。 こっちは…星渡りかな?
「やあ、星渡り。 元気かい?」
「元気よ! それなりに王様の魔法使い!」
それなり、なのか…
星渡しとはまた一味違った表現だな。
「この星門って、何時間くらい開けてられるの?」
「ええと…それなりに王様の魔法使いの世界の感覚で1日の半分ね!」
長いよ。 略して呼んでくれよ。
でも12時間近く開けてられるなら、一休みはできそうだ。
「ルビィ、少しくらいは大丈夫だってよ。」
「そう! じゃあ海の世界を少し見学しようかしら。」
「おっと、流石にルビィ達を外には――」
ガラッ
部屋の襖が開いた。
しまった!
母親が起き出してきたか!
この状況を説明するのは骨だぞ!
俺を見るなり、母親は俺の名前を呼びかけて――倒れた。
なんでだ?
ルビィとクリスタとアクエリアスがそんなに珍しいかな?
俺がソーサリスの服を着てるからかな?
俺はベッドから降りて母親を助け起こそうとして思い出した。
身長が伸びたままだった!
今の俺は2.1mの巨漢だったのをすっかり忘れていた!
「これはまずい…! 身長の事をすっかり忘れていたぞ。
みんな、悪いが窓からこっそり抜け出してくれ!
母親が気絶してる今がチャンスだ!」
母親をベッドに寝かせると、俺達は大慌てで窓から脱出した。
とにかく逃げ出しておかないと!
「なにこの街…! ソーサリスと全然違うじゃない!」
「これが海くんの住んでる世界なんですね!」
「不思議です。 この鉄の馬車は馬が引いてなくても動いてますね。」
3人が口々に驚きの声をあげる。
どうしよう、どうしよう!
今はまだ夜中だ! 深夜の2時かそこらだろう。
近くの公園へ…いや、あそこは頻繁に警官が巡回している。
あそこだ! ファミレスに入ってしまおう!
俺は3人の背中を押すようにしてファミレスに入った。
「いいか、ここは大きな声を出したら駄目な世界なんだ。
必ず小声でしゃべる事。 いいね?」
入り口で3人にそう言い渡して、特にルビィにはもう1度念を押す。
一体、この地球の何から説明してやろうか――
俺は頭を悩ませつつも、ちょっと楽しい気分になりながら
店員さんに向かって4人です、と親指だけを曲げた手を見せた。
席に通される時に店内の専用放送がふと耳に入った。
「ええ、未だに解明されていない二重太陽現象ですが重力レンズ効果で――」
俺は盛大にむせ込んだ。 何だって!?
席に着くとクリスタが前屈みでテーブルに乗り出してきた。
「海くん、何でこのお店こんなに明るいんですか。 まるで昼間みたいです!」
「ええと、松明とかより凄い明るい光の出し方があってね――」
ルビィが遮るように質問を重ねてくる。
「海、海! 言葉がさっぱり分からないわよ! 何このミミズがのたくったような文字は!」
「ええ、でもこちらの文字はほぼソーサリスと同じですね。
ドリンクバー…棒を飲み込め、って何でしょう?」
忙しいな! 考えてる暇もありゃしない。
はいはい、じゃあ片っ端から地球の日本文明を叩き込んでやりましょうかね!
まずはファミレスの基本からだな!
おっと、その前に…
「こっちの世界の事は後回しにして、まずはソーサリスで何が起きたのか
それを先に聞いていいかな?」
珍しく控え目なアクエリアスが他のルビィとクリスタを制して口を開いた。
「はい。 私がご説明しますね。
まず北の都、絶雪都市サンクトザイツブルグの魔法院本部から呼び出しがありまして。
私達を名誉会員に、と。 後何か相談があるそうで、そちらが本命でしょうね。
それに関してグロリアお師匠様が、海さんも魔法を使えるようになるから、
学んで来るようにと。 あと…」
まだあるのか。 てんこ盛りだなあ。
一体向こうでどれくらい月日が流れたんだろう。
反魔力の俺でも魔法が使えるって、それは非常に興味をそそられるね。
「ドラゴン教団の信徒達からも相談がありまして、そのサンクトザイツブルグで
信徒が全員消息を絶ったと不穏な報告がありまして。」
これは本腰を入れて聞かないと駄目だな!
ソーサリスに戻ったほうが早いけど、せっかくの地球だ。
少しくらい堪能してからでもいいだろう。
3人にどんな飯をおごってやろうか…なんて考えながら会話する俺の耳を、
店内放送のDJの声が素通りしていくのだった。
「はい、それに関連して消失していた水星、火星、土星ですが、どうやら――」
第二章 完
一つの事件が終わり、また新たなる事件がソーサリスを席巻する。
次の舞台は北の都、絶雪都市サンクトザイツブルグ。
敵の侵略は既に始まっていたのだ。
次回、時計仕掛けの大司教は竜の夢を見るか編 第1話「王の帰還」 お楽しみに
北の都に不穏な気配、新たな異世界使いが忍び寄る。




