25 「大宗教」
平和に過ごす竜種道場に珍客が現る
「ところで海よ、お前はこれから何と名乗るのじゃ?」
へ?
食事の下ごしらえ中に婆様が突然、変な事を俺に尋ねた。
「名乗るって…? 二つ名は涸れ川で、本名は溝呂木 海のままですが。」
「おっと、言い方が悪かったようじゃな。 お前の肩書きじゃ。」
「肩書きですか…じゃあ竜種次期当主代理補佐見習い予定、あたりで…」
婆様が豆を磨り潰していたすりこ木で俺の頭をぐりぐり捻る。
痛い、痛い。 実が出ちゃう。
婆様が言うには、今の俺には肩書きが複数あるそうだ。
何でも…
1.ユーピガル大魔道士
2.伝説の竜の魔法使い
3.反魔王
4.竜種の長
5.精霊王
6.巨人王
…なんで?
「つまりお前が宮廷で名前を呼ばれる時はこうなる。」
ユーピガル大魔道士にして伝説の竜の魔法使い、2人の魔王を倒した反魔王であり2代目竜種の長、
新たなる精霊王にして巨人族の王、その二つ名を涸れ川と称す
溝呂木 海
だ、そうだ。
名前を読み上げる人は窒息して死ぬんじゃないかな。
あれって一息で呼び上げないと駄目なんじゃなかったっけ。
「そもそもユーピガル大魔道士はレオンハルトじゃ…」
「奴は隠棲同然じゃからの。 しかも魔力王が倒された事とその復興の忙しさで
今年の魔術大会は無くなった。 よってお前が大魔道士の称号を継いでおるのじゃ。」
「いりません。 返します。 それに反魔王って何ですか。」
「魔王を倒して反魔力の力を使いこなす。 自然と付けられた名じゃな。
人間教がうるさかった先日までは公に呼ばれることは無かったが、もう心配あるまい。」
「精霊王も名乗った覚えどろこか了承した覚えが無いですが…」
「今やちょっとでも精霊術の才がある者はどこでも精霊と会話できよる。
まず精霊達が口にするのがお前の名じゃ。 避けられるものでもあるまい。」
「巨人の王だって、なると言った覚えは…」
「精霊体となった全生命が見てる前でタイタンに忠誠を誓われたのじゃ。
否定する余地などあるまいて。」
「…ぎゃふん。」
「非公式の呼び名ならもっとあるぞ。 ユーピガルの救世主、ヴァルベルデの救世主
それに…」
「やめてください。 称号とか名誉とかのためにやってた訳じゃないんですから。」
「ああ、あとソーサリスの破壊神というのもあるな。」
婆様がケタケタと妖怪じみた笑いで機嫌良さそうに豆を磨り潰す。
どこまで本気で、どこからからかってるのやら…
第一、ソーサリスを壊したのはルビィのお尻で俺じゃないのに。
大体、それだけ偉そうな称号がてんこ盛りなのに
川の掃除とかさせられるのは何でだ。
今だって豆のさや剥きさせられてるのに…
今日から雑用王を名乗ってやる。
そんな下らない(と思いたい)やり取りをしてると、不意の来客があった。
見慣れない男が3人ほどだ。
それぞれ壮年、中年、青年と揃ってる。
嫌な予感しかしないので俺は逃げ出したのだが、
門の所で飛んできたルビィに首根っこを掴まれて強制参加させられる。
「海は座ってるだけでもいいから! 話は私が聞くから!」
仕方なく、仏頂面を隠しもせず話を聞くことにした。
彼らは古い土着の宗教を細々と信奉していた人達で
この2年の事件を経て教義を少しずつ換えて来たが、
先日の事件でルビィの宣言と教義が大きく合致するのでドラゴン教として
改宗したいとの申し出だった。
うん、断ろう。
「申し訳無いが宗教には余り良い思いが――」
「わかったわ! 好きなだけ崇めなさい!」
あっ、久々にルビィを殴りたくなった。
人間教に痛い目に会わされたばかりだってのに…
彼らはルビィの了承でぱっと顔を明るくした。
まあルビィは派手なのが好きだろうから、崇められてもらおう…
「開祖はこの海よ! 海が竜種の長で、あたし達竜種の娘の旦那様だからね!
1番が海、あたし達が2番! あんた達が3番ならあとはどうでもいいわ!」
「いや、ルビィ。 俺はそういうのはちょっと――」
「竜種は人類が平等に暮らしてる限り、いつでもピンチには駆けつけるわ!
動物や精霊も人間と平等よ! 細かい事は任せるわ!
でもこの海の機嫌を損ねるようならあたし達が人類を滅亡させるわ!
覚えておきなさい!」
惚れ惚れするほど分かりやすい所信表明だなあ。
でも教義と公約はちょっと違うと思うよ。
ルビィが乗り気なので断るに断れなくなってしまったなあ。
仕方なく、彼らのこれまでの教義を聞いてみると
土着の零細信仰らしく、全てのものに神が宿り調和して…と、
地味で素朴な教義のようだったので、そのまま使ってもらうことにした。
何か精霊とも相性良さそうだし。
開祖としての教えとかを聞かれたので仕方なく
「竜種は恥ずかしがり屋なので、見かけてもそっとしておいて下さい。」
「地味ね! そんなんじゃ駄目よ!」
「いやー 氏族の族長が言ってただろう。 竜は非常の力だと。
平和な時くらい穏やかに暮らすのが一番だよ。」
第一、ドラゴン教なんて名前からして悪役みたいじゃないか。
その他に細かい事として、布教の全面禁止を言い渡しておく。
これ以上増やされてたまるか、ってのが本音だけど。
ついでに一番偉い人以外は専業で僧侶するのを禁止して…
何か適当にお布施とか寄進を制限しておけばいいか。
竜の名前で商売されたらたまらんからなあ。
流石に壮年の男が口出ししてきて、各町に一人は専業の司教を置かせて欲しいと言われた。
んん…? 各町?
「あの…信徒はどのくらいいるんですか?」
「街によりけりですが、都市部なら20人から50人です。」
しまった、意外と大宗教だった。
ヴァルベルデ近くの小さな町だけのマイナー宗教だと思ってたのに。
まあ宗教ごと乗り換えるとなれば半分くらいは分かれてくれるだろう…
自分が何かを強制される事は無さそうなので、
俺は安心しきって任せてしまった。
結果、ほぼ全信徒がドラゴン教に改宗し急速に広まった挙句、
いくつかの他宗教と大小のトラブルを巻き起こす事になる。
だがもちろん俺がこの時点でそんな事は知り得ない。
後はルビィに任せておけば問題ないだろう。
いや、問題になる気もするが。
こういう事はやりたい奴にやらせるのが一番に違いない。
「ところで婆様、例の人間教はもう俺達に手を出してこないでしょうかね?」
「大丈夫じゃろう。 昨日ルビィが街の教会をいくつか確認してきたが
閉鎖されておったそうじゃ。 少なくとも、表立って活動はできないじゃろうな。」
それなら安心していいか。
でもバックボーンが権力者集団だけに、水面下に潜っても安心はし切れないな。
竜種のみんなは戦闘力だけは一騎当千だけど、
婆様からして色々抜けてる所があるからなあ…
人の事を言えないか。
俺だもの。
いよいよ地球に帰れる事になった海、次に呼び出される日はいつになるのか。
しばしの別れだ。 皆泣くな。
次回、伝説のタイタンバトル編 最終話「大帰還 もちろん即召還」
王に平穏の二文字は無い。




