23 「後日談 大迷惑オンパレード」
精霊のある生活
目が覚めたのは俺が一番最後だったようだ。
エミィが俺の体の上をゴロゴロと寝転げまわって遊んでたせいで
寝覚めが気持ち悪い。
かなりお腹を刺激してくれましたね、この子。
腹を擦りながらリビングへ降りていく途中に、
白い半透明の布みたいな何かが廊下の窓から入ってきて
人間の女性の上半身みたいな形を取って俺の前を通り過ぎて行った。
俺の脇を通り抜ける瞬間、手を振っていたが…何だあれ?
リビングではクリスタとアクエリアスが昼食の用意をしている。
もうそんな時間だったか。
二人ともエプロンが実に良く似合う。
「あっ 海くん。 おはようございます。」
どちらといえばグッドヌーンだけどね。
俺は二人に挨拶を返す。
「ところで、カチナは?」
「ルビィと庭にいますよ。」
窓から外を覗くと、確かにルビィが剣を振って稽古している。
庭の外には人だかりが出来ていて、
竜種を一目見ようという野次馬の群れが出来ている。
頼むから竜種見たさであってくれよ?
俺はただの人間だからな!
あんな衆目の中で良く平然と稽古できるもんだ。
まあ、つい昨日はソーサリスの生物全てが注目する中で戦ってたからね。
今更100人や1000人何とも無いのかね。
野次馬も野次馬だ。
昨日の今日であれこれと混乱と破壊のままなんだから
竜を見るよりまず日常生活を取り戻しなさいよ。
「もう皆、慣れっこなんですよ。
それに2度も大騒ぎの戦いを演じたのは海くんですよ。 ふふっ」
クリスタが俺の独り言を聞いて笑いながら答えた。
目の前に昼食の皿が次々と並べられている。
「俺が何かやったっけかなあ…
ルビィの隣に居ただけなんだけど。」
俺は差し出されたスプーンやフォークを受け取る。
渡してくれたのはカチナだ。
君、つい今まで庭に居たよね?
明らかに壁をすり抜けて直接リビングに来てるよね。
「流石海さんですね! これだけの事件を巻き起こして
世界を改変して、何もやってないとは肝の据わり方が神話級です!」
「逆だろう。 事件を起こしたんじゃなくて収めたんだ。
それにやったのはルビィで俺はアドバイスをしていただけだぞ。」
「ご謙遜をー 竜種の長は器の大きさが違いますね!
流石私の旦那様です! きゃあー」
「俺は静かに暮らしたいだけなんですが…」
口で何を言っても変に受け取られそうだから止めておこう。
平穏な日が続けば、持ち上げるのも程々に落ち着いてくれるさ。
…続いてくれるかな? 平穏な日々。
一年持つかどうかだろうな。
去年が魔力王で今年が精霊魔王だからなあ。
俺にとっては魔力王を倒してから、まだ2週間余りなんだが。
「ところで、その部屋の隅に居る人達は何だ? お客さん?」
「ああ、あれは…この家の精霊と暖炉の精霊と風の精霊と…」
「なぜ居る!? というか、何故見える!?」
「それはもちろん、昨日精霊魔王が世界中に精霊の力を満たしちゃったからですよ?
言ったじゃないですか。 精霊に満ち溢れてるって。」
「何で元に戻らないの…」
「精霊魔王は力の大半を、精霊力の充満に費やしていましたからねー
それに今は3つ目の太陽としてお空の上で大活躍中ですし、
当分、このまま精霊に満ち溢れた生活になりそうですね。」
「あ、そ… 3つ目の太陽ってどういう事…?」
俺は窓から身を乗り出し空を見上げた。
ソーサリスには陰の太陽、陽の太陽の2つがある世界だ。
だった。
だが今は、その近くに燦然と輝く第3の太陽が出現していた。
俺は文字通り天を仰いで顔を手で覆った。
また、やらかしてしまったのか…
良く考えたら、ソーサリスが元に戻るんだから
太陽を壊したって元に戻るに決まってるのだ。
戦いには勝った。
だが、また世界を変えてしまった。
今やソーサリスは精霊達で溢れ返り、
視界のどこかに何かしらの精霊が目に止まる。
そして太陽がひとつ増えてしまった。
これから冬の季節なんだけど、ちゃんと寒くなってくれるかなあ。
今度の夏はソーサリス全土が砂漠化したりしないだろうか。
心配だ。
「でも精霊たちは皆、海さんに感謝していますよ。
昨日まではもっと希薄で、薄い空気や霧のようだった彼らが
こんなに力強く、誰の目にも見えるように存在できるようになって、
人間みたいに物を考えたりする知恵も付きました。
言わば、精霊達にとって海さんこそワカンタンカの化身、造物主みたいなものです。」
「は、は、は…」
乾いた笑いしかでない。
違う。 俺じゃない。 俺じゃないぞ。
そういうのはルビィにやってくれ。
ロンガロンガを呼び戻して、元通りにできないものかね。
3つ目の太陽なんて無くてもいいだろうし。
でも空に向かって奴に呼びかけるのも恥ずかしいし、
どうせ声も届きはすまい。
「もう好きにしてくれ… まあ精霊達が人格を持って世界にあふれようと
誰かがそれで死ぬわけじゃないだろうからいいだろう。
俺には関係ないって事で。」
「まあ! 精霊王の海さんがそんな事を言っちゃ駄目じゃないですか!」
カチナがプスンプスンと頭から湯気を勢い良く噴き出しながら怒り出す。
この子はあれか? 蒸気機関で動いてるのか?
スチーム・ロコモーティブ・シャーマン。 ちょっとカッコイイな。
しかし…
「待て、俺が精霊…王? 何かの冗談ですよね?」
「やっぱり自覚して無いんですね! ロンガロンガを倒した海さんは
新しい精霊達の王なんですよ! ちゃんと大切にしてあげてくださいね。
あ、ついでに精霊女王が私って事になっちゃいました。 えへへ」
もう笑いも出ない。
「精霊を使う事も出来ない男が王とか意味無いでしょ。 カチナに任せ――」
「王たる者ともなれば、特別な術とか儀式は必要無いんですよ。」
「ははは。 お飾りの王様って事か。 それならいいや。」
「いえ、そう言う事では無くてですね――」
「うむ、王はご機嫌である。 そこのかまどで働いてる炎の精霊君も全力で頑張りたまえ!」
ドゴン!
キッチンは爆発した。
かまどの周囲が燃え上がり、更に周囲に飛び火している。
何が起きた!?
俺の言葉に反応したのか!
カチナが察して風の盾の術を張ってくれなかったら、
全員丸焼けだったかもしれない…
「海さん! 何て事を! 火の精霊をいたずらに使ってはいけませんよ!」
「何で俺の言葉が理解できるんだ!?
と、とにかく水の精霊達を呼んで――」
「ああーっ! そんな事を口にしたら――」
ガシャーン!
窓ガラスが割れる。
ソーサリスでは高価な家具なのに…
で、飛び込んで来たのが水の精霊だ!
いや、ただの水の塊だ!
窓から水が温泉ライオンにように噴き出してきている!
「早く精霊達を戻してください! 下は洪水! 上は大火事ですよ!」
なんだこれ。
俺のせいなのか!?
精霊達に頭を下げて、何とか帰ってもらう。
黒焦げ、かつ水浸しになったキッチンで俺は正座させられ叱られる事になった。
婆様とカチナとクリスタが、俺を囲んで交互に説教と頭ペシペシを繰り返してる。
なんだこれ、本当になんだこれ。
「人の話はちゃんと聞いてください!
海さんは彼らにとって王様なんだから、呪文とか術は必要ないんですよ!
そうしろって言えば精霊達は喜んでやってしまうんです!
全力で! しかも海さんは出力を調節する能力を持ってないんですから、
うかつに精霊達を呼び出したらこうなるに決まってるじゃないですか!」
「何で精霊が言葉を理解できるんだ…」
「だから精霊達の力が強くなり過ぎて、知恵が付いたって言ったじゃないですかー」
この子が怒ると頭から蒸気が吹きこぼれるのは
何度見ても面白いな。
俺は現実逃避していた。
こんな世界に誰がした。
どうやら俺のせいって事になったらしい。
あの糞精霊魔王め…お前は太陽になって光ってりゃいいが
こちとら、えらい迷惑だ!
「この程度で済んで幸いでした。 かまどの火がもっと強い時だったら
館が全焼していた所ですよ!
大きな力が必要になるまで、王様は迂闊に動いちゃ駄目です!
とにかく、使った精霊達は労ってあげてくださいね。
そうしてあげないと、彼らが悲しんじゃいますから!」
「労うって…?」
「術が使えない海さんは、焚き火でもして炎の精霊が喜ぶ物を燃やしてあげてください。
油を染みこませた布とか、紙とか、良く乾いた木とかです。
燃えやすい物が好物なんです。 本当は香木とかが良いのですが高いですからね。
水の精霊は川や井戸を掃除して上げる事で許してもらいましょう。
彼らは清らかさを好みますからね。
流れを澱ませる石や木や泥や雑草を取り除いてあげてください。
ちゃんと作業しながら、ご苦労様って言ってあげるんですよ!」
まくし立てられた。
そんな訳でさっそく焚き火をして、ボロ布に油をしみこませたものを焼く。
お昼抜きで。 キッチン全損したしな…
エミィが楽しそうに庭の枯れ木と枯葉を集めてきてくれたので
それも燃やしてあげよう…
クリスタが昼抜きは可哀相だと生肉と香辛料を差し入れしてくれた。
エミィと二人で棒に刺して直火焼きにして食べる。
これが終わったら、川の掃除だ。
どうやら俺は精霊に迂闊に語りかけてはいけないらしい。
俺が何かして世界がこうなったわけじゃないはずなんだけどなあ。
人の上に立つ者は下の者がしでかした事の責任を取ることですよ、って。
立ちたくないわ! そもそもまだ無職だわ
明日から無職王を名乗ろう…
川に向かって歩きながら、俺は仏頂面でそう考えるのであった。
事後処理をしつつ、平和を取り戻しつつある海達。
だがそもそも彼らの日常自体が平穏とは無縁だったのだ。
次回 伝説のタイタンバトル編 第24話「巨人族の大移動」 お楽しみに。
倒した相手の面倒まで見てこそ、真の平和となる。




