6 「魔術大会と若き英雄」
掃除用具を片付けていると、出稽古組みの早いお出ましがあった。
その日の出稽古メンバーはいつもと顔ぶれが違った。
訓練教官のドアノッカー氏以外はころころ変わるけども。
「よう、涸れ川の。」
「いらっしゃい。 ドアノッカーさん。 また部下が増えましたか?」
流石に俺と言えども、何度も顔を合わせる相手とは挨拶くらいはする。
でもその二つ名やめて。
覚えないで。 忘れて。
ちなみに、ドアノッカー氏の名も当然二つ名で本名はロア・ディクソンというそうだ。
覚える必要も無いが忘れてなかった。
二つ名の由来は、膂力の任せるまま反撃も許さず相手を剣や盾の上からガツガツと叩き潰す、ごり押し戦法が得意だからだそうだ。
そしてドアノッカーの後ろに控えてた、ややくすんだ金髪の端正な細面の美形青年に目を奪われる。
絵に描いた様なイケメンだ…しかもカリスマオーラを放っている。
絶対俺と分かり合えない人生送ってるわコイツ。
だってもうマントとか羽毛付きだし、前髪をくるくるいじり回してるし。
気を抜いたら男の俺でも見蕩れるレベルだからな。
「やあ。僕はレオンハルト。 大魔道士レオンハルトだ。
道場で使用人を雇ったんだね。」
「いや…使用人じゃなくて居候っすけど。」
「ほー…? 道場以外は男子禁制の館に男の居候とはね。 あ、このマントよろしく。」
レオン何とかは一瞬訝しげな表情を浮かべたが、ナチュラルに俺に脱いだマントを手渡してきた。
くれた訳じゃないよな。
下男扱いして壁にかけてブラシをかけておけって意味だよね。
昨日死んでくれないかな。
まあ現在のジョブが家事手伝いだから下男は間違ってないのか。
ちくしょー
しかしここ、男子禁制だったのか。
ドアノッカー氏がなぜか自慢気に俺に解説する。
「涸れ川はよその国から来たから知らんのか。
こいつは名門ハイデマン家の御曹司で2年連続で魔術大会を優勝し、大魔道士の二つ名を欲しいままにする男だぞ。」
「凄い人って事は伝わりますが。 大魔道士の二つ名ってどういう事です?」
「道場暮らしでそれすら知らなかったのかよ。」
「ただの居候なもんで。マジすんません。」
「二つ名の付けられ方も色々あるが、この大陸で大魔道士の名を賜るのはこの大会の優勝者だけなんだ。
大都市毎に大会があるから、正式名はユーピガル大魔道士だな。
要はここで一番強い魔術師って事だ。」
「はー…そうなんすか。魔術大会なんてのがあるんですね。」
「食いつくのそっちかよ。仕方ねえな、教えてやる。」
ドアノッカー氏が滔々と説明を始める。
流石は訓練教官、説明好きなんだなこの人。
正直、聞きたくないけど。
魔術大会は実際は武道大会の事で、武器と魔法なら何でもアリのトーナメントバトルだそうだ。
純粋な魔法使いも参加はするが1対1の実戦形式だと、どうしても剣と魔法を併用したほうが有利になる。
相手を殺してしまうと負けにはなるが、毒や麻痺、幻術の類は禁止されているので肉弾戦主体になるのは仕方ないのだろう。
武器に魔法を付与するタイプの術士や魔剣使いなんかの事も考慮されてそんなルールになってるらしい。
剣も魔法も駄目な俺が知らないのも当然だ。
だって興味ないもの。
へー凄いっすね、と適当な返しをしているとクリスタ達もやってきた。
レオンハルトは人を蕩けさせるような笑顔を作り彼女達へ挨拶を…
「やあ、御機嫌よう。 僕のクリスタ。 我が婚約者は今日も格別に美しい。」
…はあ!?
こいつ何口走ってんの!?
呆気にとられる俺に気付くこともなく、レオンハルトは蕩けスマイルでクリスタの手を取り甲にキスをした。
「困ります、レオンハルト。 私は竜種、貴方は人間ですから。」
モンタギュー家とキャピレット家ですか。
相思相愛じゃないですかやだー。
「来月の魔術大会、貴女にその勝利を捧げますよ。
去年予告したとおり、優勝の褒美として貴女を頂く。
我がハイデマン家の名と3年連続大魔道士の実績の前では不文律という氷壁も溶け去りましょう。」
去年から仕込んでおいたネタだったのか。すげえな。
やはりもてる男ってのは顔と金だけじゃなく、用意周到に外堀を埋めておいて女性を落とすものなのか。
なるほど学びました。
絶対真似できないなこれ。
クリスタは俺のほうをちらりと見て、ススス…と寄って来た。
表情を隠すようにうつむき加減で俺の右腕にしがみつく。
何だ、断りたい縁談だったのか。
ここは下男兼家事手伝いとして、お嬢様のご意向に沿うように奴を下がらせましょうぞ。
「それに…私はこの方と将来を約束したのです。」
はい?!
いつの間に!?
どうしてこうなった?