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竜種少女と静かに暮らしたい  作者: るっぴ
第一章 「竜の魔法使い伝説編」
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5 「昼飯と二つ名」

御機嫌よう。 皆様いかがお過ごしですか。

私、海は元気が無いです。

今日は異世界に飛ばされた私の、今の装備を自慢したいと思います。


頭:頭巾兼手ぬぐい

体:分厚い生地のエプロン

右手:モップ

左手:バケツ


こんな具合です。 強そうですね。

言うな。 みなまで言うな。


遊んでいる暇は無いんだった。

午後からこの道場に出稽古に来るから、それまでにモップがけを終えねばならぬのだった。

隣には俺と同じ格好でエミィがやる気満々の表情を湛え、腰に手を当ててモップを構えている。


「では頑張りますか。」

「おー。」


…辛い。 30年間ろくに運動をしてこなかった俺にはモップがけすら辛すぎる。

かえってエミィは楽しそうにモップをかけている。

まるで氷上を舞うように軽やかに道場を行ったり来たりしている。


むしろエミィを俺が手伝っているような感じだ。

子供らしくやり方が雑なのは俺の目にも明らかなので、遣り残した隅っこなどを重点的にモップがけしていく。

エミィが鼻息も荒く頑張ったアピールをしてくる度に頭を撫でてやりながら、早くも痛む腰を叩いていた。

やたら休憩を挟みながらではあるが、何とか道場のモップがけを終える。


しかし、この道場は広すぎる。

ちょっとした学校の体育館並だ。

その場でへたり込んで大の字になって寝ていると、エミィがルビィと一緒に戻ってきた。


シャツとホットパンツの隙間から覗く、腿の付け根に…ちらりと眩しい白い聖域が…

あ、駄目だ。 そんな元気無いや。


「ほら、お昼持ってきてあげたわよ。 食べなさいな。」


バスケットとナプキンの隙間からサンドイッチが垣間見える。

上体を起こしてそれを受け取ると、暖めたスープの入った大きいジョッキのようなコップも手渡された。


「あー…駄目だ。 俺はスープだけでいいや。」


とてもじゃないが今は胃が受け付けない。

消化に回す血液の余裕が無いぜ。



「なによ失礼ね! あたしが作ったものは食べられないの!?」


「違うよ。 激しい運動した直後はご飯が喉を通らないだろ?」


「何それ。 あたしはそんな風になった事ないけど? チキュー人の特徴?」


「」


二の句が告げられない。

きっと竜種は驚異的な身体能力と同時に、驚異的な内臓もしてらっしゃるのだろうさ。


第一、あの硬いパンは噛み砕くにも一苦労だぞ。

俺は自分のサンドイッチから具の謎肉を取り出してエミィのサンドに追加してやると、残りはナプキンに包んだ。



「後で必ず頂くよ。 今すぐは食べられないってだけで、食欲もすぐ戻るから。」


「いいけど。 午後には人が来るから、それまでにはここをどいてね。

庭も使うから、ぼーっとしてると振り回してる武器にぶつかるわよ。」


「了解了解っと。 じゃあリビングで大人しく休ませてもらう。」


と、俺が立ち上がった途端に表からの道場入り口の扉が勢い良く開かれ、どやどやと十人ばかりの人がやってきた。

おや、ほとんど男だ。

女流剣術道場的なものを想像してたが、どうやら違うようだな。


先頭のリーダーらしき男がルビィに向かって声をかける。

俺と同じ30歳くらいの短い茶髪の男で、鍛えられた体に修練用らしき傷だらけの革鎧をつけている。



「やあ! フリントスパーク殿。 今日もひとつよろしくお願いしますぞ。」


「ようこそドアノッカーさん。 こちらこそよろしくお願いします。」



二人は挨拶を交わし、二、三言の儀礼的日常会話をしているようだ。

んん? 何かルビィが変な名前で呼ばれた気がする。

そーゆー苗字なのかな?


まあ俺が聞こえるのはルビィの言葉だけで、ドアノッカー氏の言葉は珍狂な英語としか認識できてないから気のせいかもしれない。


ドアノッカー氏は俺の事を見てルビィに何か話しかけているが異国人は珍しいものなのかね。

俺はルビィに声をかけて退散することにした。


リビングで休憩がてらエミィの話し相手をしていると婆様がやってきてお茶を淹れ始めた。

その後姿に向かって質問する。



「婆様、ルビィはフリントスパークって苗字なんですか?」


「それはルビィの二つ名じゃ。 

 ここでは二つ名がある事が一人前の証なのだが、お前の世界では違うのか。」



「そういや苗字はドラゴニスでしたっけ。 思い出したわ。」


「ドラゴニスも正確には苗字とは違うがな。

 それは竜種としてのファミリーネームだからの。」



「するとここにいる子達は全員…?」


「ああ、誰も血は繋がっておらぬよ。

 竜種として認められると家を捨てねばならず、家族と会うことは禁じられるのじゃ。」



「なぜそこまで…」


「王の定めた事じゃ。

 おそらく貴族や名家の権勢争いに利用されるのを良しとしなかったのだろうさ。」


「なるほど。」


「わしらはこの敷地を与えられ手厚く保護されておる。

 それと同時に監視されているとも言えるのじゃ。」


ははあ…得心した。

戦いから逃げられない理由もそれだったのだ。

竜種として人間離れした能力に目覚めると、大抵はそこに悲劇が生まれるのだろう。


気味悪がられたり、利用しようと隠匿されたり、売られたり…

そして人目について保護される。


その代わり戦争の駒としての運命が強制されるわけだ。


籠の中の自由、という訳だな。

竜だけに。 ファンタジーも存外楽じゃないのな。

…と、考えていると、婆様がにやりと笑った。



「そうさな。 せっかくじゃから、わしがお前に二つ名を与えよう。」


「それは人からもらうものなんですか?」



「自ら名乗る場合もあるが、その者の所業から自然に付けられる場合もある。

 師や親からもらう事もな。」


「へえ。 それじゃあひとつお願いしますよ。 せいぜい格好良いのをね。」



「特別に星振術で占ってやろう。 ちょっと待っておれ。」


婆様は自室にいそいそと戻っていった。

そんなに人にあだ名を付けるのは楽しいもんかね。

に、してもルビィがフリントスパーク(火打石の火花)って…

プークスクス


エミィに二つ名を尋ねると、まだ小さいからもらってないのだそうだ。

じゃあ俺が緑髪の天使という二つ名をあげるよ、と言ったらセンス無いの一言でそっぽを向かれてしまった。

なんでだ。


婆様は丸くも尖っても居ない水晶石とペンデュラム(振り子)を持ち出してきて占い始めた。


額に汗が浮かべつつ、なにやらつぶやいている。

そこまでして付けてくれなくてもいいのに…



「でたぞ、海。 お前の二つ名は…涸れワジじゃ。

 今日から涸れ川の海と名乗るが良い」


「ワ、ワジ…!? 酷い。 酷すぎる。

 もうちょっと何とかなりませんかね。」



「わしの星振術で授けた名前ぞ。

 お前に加護と良運をもたらす有り難い二つ名じゃ。」


「あの、おれの名前のカイって、海って意味ですよ!?

 涸れ川の海ってあんまりじゃないスか!」



婆様は腹を抱えて笑い出した。

クソババアめ…

これじゃあルビィを笑えないじゃないか。

天罰か、因果応報なのか?



「せめて地下水路カナートとかになりませんかねえ。」


「ならんならん。 己の宿命を捻じ曲げるような事は止せ。

 第一、わしに星振で二つ名をもらうには金貨十枚は払って貰うのが常なのじゃぞ。」



「くっそ…金払ってまでこんな酷い名付けされる奴の気が知れねえ。

 …そう言えば、ちなみに婆様の二つ名は何て言うんですか?」


「金の栄誉ゴールデングローリーじゃ。 今はな。」



「なんでそんな大仰なんだか…」


「簡単じゃ。 わしの本名が

 グロリア・ゴールドバーグだったからじゃよ。」


ずりぃ



そしてしばらくの期間、俺は会話と読み書きの習得に専念した。

いや、嘘だ。 してない。

俺の立場は家事手伝い。主に道場と庭の掃除だったから。

道場と庭の掃除が十分にできるようになると、家の中まで任されるようになった。

ここの住人、人使い荒いぞ。



言語習得は自信が無かった割にはスムースに覚えられた。

文字はアルファベットの形が変わったものだったし、文法はむしろ英語より簡単だった。

その代わりに会話には齟齬が発生しやすかったが、ジェスチュアや言い回しで補っている形だ。


先日もクリスタが、こちらの食事が口に合わず閉口してる俺を気遣って好きなものを作ってくれるというから「米の料理が食べたい」と言ったら、目を真ん丸にして手で口元を押さえながら


「コカトリス(Cockatrice)なんかを食べたいの!?

 雄鶏の部分? それとも蛇の部分!?」


と仰天された。

食うかそんなの。

つうか、居るのかあの石化モンスター。


まあ、恥さえ捨てれば言葉は何とかなるもんだ。



日常会話ができるようになってくると、アクエリアスが熱心に魔術を教えてくれたのだが、これが実にさっぱりだった。


どうも俺の体そのものが魔術に向いてないようで、魔法抵抗力が高いのもそのせいではないか、とは婆様の見解である。


このソーサリアス世界には魔力や様々な力の源になるマナが存在する。

気体液体固体を問わず全ての物質に含まれている。

自分の体内にあるマナを練り上げると魔力となり、それを自在に操ることによって魔法と成す。

らしいのだが…


魔法使いならずとも、この世界の人々はあらゆる事に無意識で魔力を使っているそうだ。

気配を感じたり、闘気や殺気と言われるものを察知したり、あるいは予感や第六感やらと言われている。


体内で自然に練られた魔力は放っておけば外へ霧散していくもので、気配を殺すのはそれを防ぐ必要があるとか。

特に魔法使いを生業にするものは、このマナを取り込む速度と量が多く、練り上げる速度と質も高い。


俺もマナから魔法へと変えていく魔術のプロセスやらは理解したが、頭で理解しただけで感覚が無い。

魔法を使ってる所を見れば、マナや魔力らしきものが視覚化されるのが見て取れるから存在してるのは分かるのだが…


婆様曰く、こっちに来てまだ日が浅く、感覚が身についてないだけだろうから諦めず修練せよ、との事。

こりゃホントに涸れ川の二つ名が正鵠を射ている気がしてきたぞ。


日夜ちょっとした隙を見て、基礎である魔力を手から出す訓練をしているが、手を突き出して気合入れてハーッ! と言ってるだけだ。

俺は寺生まれじゃないから無理かもしれんね。


むしろ空気を発頸のようか感じで押し出してる感覚になってきている。

そのうちワンインチパンチで相手を指先一つでダウンさせられるんじゃないか。



そんな事を話してるのをルビィに聞かれたらしく、それは魔法使いじゃなくて武人としての才能かもしれないと格闘術をやらされた。


…が、駄目ッ!


気がどうのと言う以前に基礎運動能力の時点でアウトだそうだ。

知ってた。 ランニングが日課に追加された。


闘気を当てる要領でルビィのささやか過ぎるおっぱいを触ったりして殴り返された。

ランニングの日課が倍になった。


ルビィ曰く、むしろ闘気を当てられているというより、力を与えられてる感じがするそうだ。

逆効果じゃんそれ。

婆様はこれも何かの力の片鱗かもしれないから修練しろとか言い出してる。

冗談じゃない。


竜種、根性論好き過ぎだろ。



普通は魔方陣を書いて魔法を使うんじゃないのか?

あれなら俺にもできるかもと思って聞いてみた事がある。


アクエリアス曰く、魔方陣を書いて魔法を詠唱するのは特定の魔法を習得した時にやるのだそうだ。

難しい言葉だったので良く覚えてないが、要は新しい魔法をゲットした時に自分の中に公式、あるいは回路として保持するためにやる儀式だとか。


本当は使うたびに陣を描いたほうが効果などが大きいから良いのだが、詠唱時間と消費する魔力の関係であまり現実的ではないとか。

まあ戦闘に使う魔法を毎回手間隙かけて陣を描いてたら味方が全滅してしまうわな。

大規模な魔法や微妙な調整が要る魔法では必須だそうだが…



剣術については一刻を待たずして全員が首を横に振った。

そもそも俺にやる気が無さ過ぎたのもある。

僧侶が使う祈祷きとうはマナを極力魔力化せずに操る事が肝要らしく、魔術の才能がなければ祈祷の才能もまた無いのだそうだ…



分かりやすく俺のこの3ヶ月余りの鍛錬の結果を評価すると、何をやっても駄目らしいという結果だった。

会話と読み書きが何とかできるようになって、掃除や洗濯が上手になっただけだったよ。



…と、この時までは思ってたんだ。

これまでの事を振り返れば分かるように、俺の特殊な力は最初から形に表れていた。

ただ、気付きが足りなかっただけ。

きっかけを待っている状態だった。


日記の一つもつけてればもっと早くに分かっただろうに。

大事だね。 自分を振り返るって。


結果としてその力の目覚めの遅さは俺自信よりも、一人の英雄の人生を大きく狂わせてしまった。

あるいは星振術者風に言うならば、俺が彼の運命を飲み込んで自分のものにしてしまったのだ。

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