9 「海の大決断」
避難したり荷物をまとめる人混みが右往左往してる中、
俺達は竜種の道場へ辿り着いた。
犯罪行為につき合わせて申し訳ないが、カチナも一緒だ。
この混乱の中、はぐれたら合流するのは至難だからな。
その時、大声が街中に響き渡り俺達だけなく街にいる誰しもが空を見上げた。
そこには巨大な人間らしき男の上半身が霧のように浮かび上がっていた。
総天然色、フルカラーのブロッケン現象みたいだ。
男は縦にアーモンド形をした、下はヘソまであるような大きい木の仮面を被っている。
仮面は原色の赤と青を主体としてどぎつい彩色が施されており、
縁には多くの鳥の羽で装飾されている。
「どこかの氏族のスピリットダンサーですね。」
カチナが見上げながら言う。
スピリットダンサー(霊媒師)か!
…シャーマンと何か違うんですかね。
どんな技術や魔法を使ったら、あんなに大きな映像を空中に投影できるんだか。
その空中のスピリットダンサーは笑い声をひとしきり上げてしゃべり始めた。
でかい声だ!
「やあやあ、ソーサリスの腐れビッチレディースと体も器も小せえ野郎達、
今日ーーぅがお前らの命日に決まりましたッ!
俺様の名前は精霊魔王ロンガロンガ! 偉ッ大! なる糞グレートスピリッツの名の下に
貴様らウンコどもを滅ぼす! 滅ぼしちゃう?」
無駄にテンション高い奴だな。
あれも烏羽玉か何かキメちゃってるんだろうな。
「いやー! 先日まで決め手が足りなくて侵攻迷ってたんだけどねェ~!
いきなり糞グレートスピリッツから超ッ絶ッ! ハイグレ~ェドな天啓とパゥワァ! を頂きましてッ!
俺様、今、無敵! そう! 無敵中の無敵なスピリットダンサーになったワケですよ!」
イラッとする煽り方のトークを無視して俺達は館の中に飛び込んだ。
「んでェ、ですよッ! 余りにパゥワ! が余ってるモンで、この巨人族どもを手下にしてねェ!
お前らソーサリスの糞どもをまとめてジェノーサイドゥッ! する事になりました!
小さいお前らは巨人どもの靴底の皮になりなさいって事ですわ!
さあ、全国主要都市に尖兵どもを送り込みましたッ! はりきって死んでくださいネェ~ッ!
どこが最後まで生き残るかな!? オオゥーアロッウーエエイアー!」
カチナが玄関前でしきりに空に向かって憤慨している。
まあ似た精霊感をあれだけバカにした表現されれば憤りもするだろう。
俺は書置きなんかが残ってないか戸棚やらの引き出しを調べている。
どうも何も残ってなさそうだなあ。
ルビィがこちらの部屋に来たので聞いてみた。
「どうだった? 何かあったか?」
「メッセージは無かったけど、いいものがあったわ!」
両の手にそれぞれ剣を携えている。
なるほど、どう転んでも武器は有難い。
しかしどちらもルビィの身長ほどはある巨大剣だ。
旅には邪魔になるから置いていったのだろう。
「鬼に金棒だな。」
と、ルビィに分からない例えで褒めておいた。
その時、カチナの悲鳴が外から聞こえた!
慌てて俺達が外に飛び出すと衛兵と隊長らしき男がこちらを見て目を輝かせた。
「おお! 居た! 竜種どの!
さあ助けてくだされ! 巨人族を撃退せしめてくだされ!」
まあ自分の身長ほどの巨大な剣を軽々と2本持ってれば、
そりゃあ竜種なり、何かしらの超人だろうと分かるだろうな。
さて、俺も体調はほぼ万全、精神力も大丈夫だ。
隊長に言って着替えやら栄養補給のための飲食物やらの用意を支持する。
ついでに金もせしめてやれ。
ふとルビィの無表情な、俺を見つめる視線に気付いた。
「どうした? ルビィ、何か足りない物があるか?」
「そうじゃなくて…。 その、いいのね?」
「何がだ? 教えてくれ。」
ルビィは瞬きもせず俺を見据えて続ける。
「この人間達を助けて、私達は巨人と戦う。 それでいいのね?」
言いたい事のイメージは伝わった。
だが煮えきらずに俺は苛立ちを返してしまう。
「はっきり言ってくれ! 嫌なら無理にとは言わないぞ。」
「私達がここに居るのは何故? 人間教の奴らに追い立てられて逃げ延びたのよ。
海、あんたなんか殺されかけたじゃない。 その奴等を助けるのね?」
「そ、そりゃあ…言いたい事は山ほどあるが、見捨てるのも後味悪いだろ。」
「昨日のカチナのあれを見たでしょ。 あの差別をこれからも続けるって事で、いいのね?」
「ぐ…ッ!」
言い返せない。
「巨人を倒して街を救うって事はそういう事よ。
これからも人間は無反省に異種族や文化の違う者を蔑み、
困ったら蔑んでいた異種族に頼る。」
俺はもう泣きそうな表情をしている。
ルビィが大きな決断を迫っている事が明らかだったからだ。
人を助けるか、人以外を助けるのかを選べ、と――
「ごめんね、海。 辛い事だけど、あなたはここで選ぶしかないのよ。
私達竜種は人間の街から追い出された。もう戦ってあげる義理も無い。
でもあなたは異世界から来たとは言え人間。
そしてあなたの力添えによってのみ、私達は戦えるの。
あなたが街を救う、といえば私達はいつでも竜になる。
でも言わないなら…」
「分かってる。 少しだけ時間をくれ。」
どうするのが正しいのか…
街を救うために戦えば、確かに同じ事の繰り返しだ。
ルビィ達を都合良く、番犬のように扱う事は許せない。
カチナへのあの扱いも酷すぎる。
じゃあ人間と街はもうソーサリスに無い方が良いのだろうか。
………
……
…
「戦おう。 巨人族と。」
「それで良いのね?」
「正直言って良くはない。 俺は決められなかった。
これは保留のための戦いだ。」
「そう。」
「カチナを始めとする他の部族、亜人種達には本当に申し訳無い。
だが、この世界の歪みを正すかどうかを、俺一人の判断に委ねるのもまた違う。
俺はルビィ達を竜にする事はできるが、別に神でもその使いでもない。」
「ならいいわ。私達竜種は海に着いて行くだけよ。」
「カチナ…ごめんな。 これはツケにしておいてくれ。 絶対払うよ。
もし人間達を助ける事が誤りだったのなら…その時は俺が直接手を血に染める。
こんな外敵を利用したりはしない。 明確な意思でそうする。」
ただの一童貞無職に人類の命運は重すぎる。
本音はそれだけだ。
だが、そのただの男の目にすら許せない時が来たら…
躊躇う事は無い。
今回は我慢してやるってだけだ!
俺達は城壁に向かった。
俺達と友人を迫害する奴等を助けるために。




