7 「占星術と大影」
その集落の入り口には木の棒が立っており、
仮面のような人の顔や鳥などが彫られていた。
赤や青の染料で色も付けられていてカラフルだなあ。
「トーテムってやつか。」
「良くご存知ですね、海さん。 あれは私達氏族を守護してくれている、
鳥、炎、ワカンタンカの姿を模したものです。」
氏族の集落は木と布で作った円錐形をしたテントで、
これも鮮やかな原色系でカラフルだ。
街まで少し離れてるけど、遊牧してるのかな。
カチナは家で休む前に族長に会って欲しい、
と言ってきたのでまずは挨拶する事にした。
何せ手ぶらだからなあ。
せめて礼儀くらいはしっかりしておきたいね。
族長の所へ向かう間に何人かの氏族の人を見かけた。
皆忙しく立ち回っていたせいで、俺とルビィはさほど注目もされない。
族長のテントは一際大きかったが、別に豪華には見えないな。
「長、カチナ戻りました。」
族長は座るように促し、キセルを深く吸い込むと俺に渡す。
俺はふかす程度に吸ってルビィに渡す。
タバコ吸ったの始めてだ。
少しむせた。なにこれ、苦いというかエゴい。
二度と吸うもんか。
ルビィはしげしげとキセルを見回してる。
「少し吸って吐くだけでいいよ。 友好の証だから。」
ルビィはそれなら、と大きく吸い込んで盛大にむせこんだ。
だから少しって言ったのになあ。
涙目のルビィが睨んでくるが無視しとこう。
「長、導きによって出会えたのがこの二人です。」
俺とルビィは名乗ってから、しばらく世話になりますと挨拶した。
族長は頷いて脇にあった皿を差し出してきた。
皿には薄い緑のスライスした植物が乗ってる。
「何これ? 食べていいの?」
これは…!
「いや、これは遠慮しよう。 烏羽玉ってやつだこれ。」
「ウバタマ? お腹空いてるし、いいじゃない。」
困ったな。
何て説明するか…
かなりはしょって説明しておこう。
ルビィに耳打ちする。
「それは幻覚を見るための薬だ。
彼らは幻覚から精霊のお告げを聞くんだ。
普通の人には毒だよ。
お告げの代わりに何日も気分が悪くなって寝込む事がある。」
流石に麻薬って教えたらどっちも怒りだすだろうからな…
族長に向かって謝りながら皿を戻した。
「ならば此方で」と族長は砂と石が乗った盆を取りだし、
俺達を見つめながら砂を握ってこぼしたり、
石を落としたり弾いたりして占いをしてる。
「踊る火山よ。」
族長がルビィに向かって言う。
「あたし!?」
「そなたは友を得、また失う。 夫の導きを信じ星を流せ。」
ルビィは目が点になって、ややアルカイックな笑みを無理矢理作ってる。
あれは失礼な事を考えてる顔だな…
そして俺にも言う。
さて何て呼ばれますか。
「命無き星よ。」
飛びきりで酷いな、おい!
「命無き星よ。 お前の道は絡まって見えぬ。
どこから来た? どこへ流れる?
我らの占いでは見えぬ。 やはりペヨーテを…」
と、さっきの烏羽玉を差し出す。
やだよ。異世界で頭おかしくなりたくないよ。
勘弁して下さい、と強引に押し返す。
まあ異世界人だからね。
星になぞらえたら見えなくても仕方ないね。
族長が頷いて言う。
「踊る火山の滞在を歓迎する。
命無き星の滞在を1日許可する。」
…えらく差を付けてくれたな。
「では二人には私の所に泊まってもらいますね。」
カチナが促して、俺達は退出した。
「地味に無礼なやつね!」
ルビィがぷりぷりと怒っているが、
あの怒り方は表面だけのものだからいいや。
俺にパンツ見られそうになった時と同じくらいの怒りでしかない。
カチナのテントで一休みしてお茶を飲んだ後、
ルビィはカチナに連れられ狩りの獲物探しに出ていった。
俺はゆっくり昼寝でも…と横になったら来客があった。
族長だ。
「命無き星よ。 お前の道を詳しく見よう。」
また烏羽玉食わせようとするのかな。
嫌だなあ。
しかし予想は外れ、今度は砂に綺麗な石で占い始めた。
族長の周りに白い霧が浮かび煌めいている。
魔法で占う、って事だったか。
石が浮かび回転しながら円運動してるのは星を模してるんだろうな。
「しかし族長、体でかいですね…2mは軽く越えているでしょう。」
族長というから皺枯れた老人を想像していたのだが、
この長は若々しく筋肉の鎧を纏った巨人のようだ。
「私が大きいのでは無い。 世界が小さいのだ。
この世界に決まった形も、大きさも無い。
人の在り方によって、世界はどのようにでも変わるものだ。」
何かの哲学かな…?
日本人の俺から見たら、独特の世界観を持っておられるようで。
族長は時折、低い声で呪文らしい言葉をリズミカルに唱えている。
何か眠くなるね…これ…
◆◆◆
族長が目を見張り「な、何だこれは…!」と呻く。
石が高速で回転したかと思うと次々と砕け散った。
族長は見た。見てしまった。
命無き星と名付けた、その男がトランス状態で浮いている!
だが何かおかしい。
わかった!
今、この男には厚みがない!
平べったく押し潰したようにペラペラなのだ!
代わりに厚みを持ったのが、その影。
影がゆらりと動くと、命無き星の平べったくなった体のほうが
影のようにテントと地面に張り付いた!
「ワカンタンカよ…!」
族長は救いを求めるように喘ぐ。
「貴様達の小さな物差しで俺を計ろうとするな。
俺達の次元を盗み見ようなどとは、思い上がりも甚だしい。」
影は族長に手を伸ばし、その喉元を掴んで持ち上げた。
「ここは妻の庭だ。庭で羽虫が何をしようと構わぬ。
勝手に産み、増えて、そして死ね。
だが、母家を覗き見るな。
覗き魔ごと庭ごと消すのにためらいは無いぞ。
海…この男と竜の小娘をそれ以上は見るな。
メスカリンで脳を焼いてるのが貴様らにはお似合いだ。
そうだな。こうしてやろう。
警告代わりに終末の巨人を呼び寄せてやろう。
お前らを一瞬だけ滅ぼしてやるぞ。
すぐに元通りにしてやるがな。
後始末は海と竜の小娘がつける。
一時の死を楽しめ。
お前らの言うグレートスピリッツとやらと共にな。
怯えすぎるな。約束は守る。
契約の証を残してやろう。」
笑い声を漏らしながら影は再びテントと床へと戻る。
族長は酸素を求めて悲鳴を上げる喉に全力で空気を送る。
恐ろしかった。
星の世界の裏側にはワカンタンカすら知り得ぬ存在がいるのだろうか。
あの影は契約の証を残すと言ったが…
族長は振り向いて戦慄した。
自分の影には…首から上が無くなっていた。
族長は沈黙した。
それは正しい判断であった。
◆◆◆
はっ!?
しまった、ついうとうとしてしまったか。
族長が機嫌悪くして、すぐ出ていけとか言わないだろうか。
俺は恐る恐る族長の顔を覗き見た。
だが族長は俺を睨むような目付きで喉元を押さえ、顎を引いて何も喋らない。
綺麗な石もしまったようだし、結果を吟味してるのか?
「それで族長、どうでしたか?」
「結果は…も、問題無い 言うべき事は何も無い!」
ん?
何か要領を得ない気がするぞ?
ひょっとしたらルビィが竜って事がばれたか…?
だとしたらあの反応は納得だ。
何せ巨人と戦って世界を滅ぼす予言の主人公だからなあ。
こりゃあ早めに集落を離れたほうが良さそうだ。
一晩休んでオサラバしよう。
俺が族長のテントから出る時、影がゆらめき動いた事は気付きようもなかった。
その影が地面から浮いて族長を睨んだ事も…
「ワカンタンカの導きを…」
その言葉は俺の背中に投げ掛けられたのだと思った。
テントに戻ろうとしたら、カチナとルビィが狩りから戻ってきた。
鹿みたいな山羊みたいな動物を仕留めたみたいだ。
すげえな。
俺はルビィを天性のハンターだと誉めちぎった。
「任せなさいなっ。あんた一人くらいわたしが養ってあげるわ!」
斜め上に解釈されたみたい。
いくら地球でも無職とは言え、やっぱちょっと心苦しいな。
獲物は氏族の女性に捌いてもらい、
一部は旅の保存食と交換してもらった。
骨や皮も様々な道具にするらしいから、カチナに好き使ってくれと任せた。
さあ新鮮な肉にありついて、暖かいテントの中でゆっくり休もう。
魔力王を倒して以来、これが初めてとる安眠だった。
波乱万丈この上なしだ。
翌日、街への出立の準備で馬に色々くくりつけてると、
族長が直に見送りに来た。
「カチナ、これも定めだ。」
「はい。長、わかってます。」
「ワカンタンカの導きが共にあらん事を。」
なんか今生の別れみたいな挨拶するんだな。
俺達は街へ向けて旅立つ。
この時既に、巨人族は動きだしていた。