4 「大脱走」
「海くん! 身動きが取れないよ! 館が崩れちゃう!」
変身の衝撃も去らぬうちにクリスタが叫んだ。
俺の耳元ではクリスタの声が聞こえるけど、
他の人には竜の咆哮しか聞こえてないらしい。
「待っててくれ! 今ルビィとアクエリアスが…来た!」
アクエリアスが婆様を背中におんぶし、ルビィが寝ぼけるエミィを脇に抱えるようにして飛ぶように走ってきた。
「流石に早いな! クリスタの背に、早く!」
アクエリアスが婆様を背負ったまま尻尾の付け根から飛び乗る。
ほとんどジャンプしながらだ。
ルビィは俺の頭の上に落ちてくる瓦礫をパンチしながらそれを見届けると…いきなりエミィを放り投げた!
何てことするんだ!
だがアクエリアスがすでにキャッチ体勢に入っていて無事エミィを受け取る。
動じる様子も無いエミィは間違いなく大物だろう。
次は俺の番だ。急いで上がらねば!
エミィが周りに押し寄せる信徒と兵士達を蹴散らしながらも
俺の背中を掴む。
「いやいや! 俺は投げられないだろ!」
投げ飛ばされた。 常識バイバイ。
流石にエミィのように、竜の背中ではなかったが尻尾の付け根にしがみつくように着地した。
痛い! 鱗が痛い! ぶつかった衝撃であばらが折れそう!
呼吸ができない。 腕が折れそうだ。 でも死ぬよりマシだ!
ルビィが竜の背に飛び乗って叫ぶ。
「クリスタ! 飛んで!」
クリスタこと白竜が羽を広げた。
それだけで周囲に押さえつけるように上から風が叩き付けられる。
竜の周囲には目に見えない慣性制御的な場があるらしい。
おかげでクリスタに乗ってる俺達は風や重力の影響が少ないみたいだ。
いや、そのせいで安心しきっていた。
白竜が浮き始め、館が崩れてゆく。
俺はその屋根のほうばかり気にしていた。
俺は突然重力を感じ、引き摺り落とされる。
人間教の信徒が俺の左足にしがみついていた!
まるでスローモーションの映像を見るような感じだ、と思いながらクリスタ達が遠ざかるのを落下しながら見送った…
――まあ、皆が無事に脱出できたなら、それでいいかな。
俺にしちゃ上出来だ。
「クリスタッ! 全力で飛べッ!」
俺が落ちた事に気付いてないクリスタは「はい!」と威勢の良い返事をして
もう一度羽をひとはばたきさせた。
あっという間にクリスタこと白竜は高く飛び上がりもう俺の目から小さな点になる。
信徒が俺に群がり、もみくちゃにする。 痛てぇな! こんちくしょう!
俺は両腕を広げられて押さえ込まれた。 クリスタの、白竜の咆哮が空から聞こえる!
「海くん! 海くんッ! 今助けます!」
「ダメだ! 婆様とエミィを安全な所に…ぐっ!」
俺は顔面を殴られ、その叫びは中断させられた。
信徒達の狂気に満ちた顔が俺に迫る。
「お前さえいなければ…」 「人間を裏切りおって…!」
そんな事を口々に言ってるが、知った事か!
「世界を救うためでも、お前達を助けるためでもねえ! 俺は大切な人たちを守るた…ぎっ!」
また殴られる。 流石に…覚悟の決め時らしいなこれは。
「ばか! 諦めてんじゃないわよ!!」
暴れん坊の天使が舞い降りた。
ルビィだ! クリスタから飛び降りたのか!
ルビィは着地もせずに俺を抑えていた2人の男を逆Yの字になるように両足で蹴った。
いや、踏みつけた。
今日のパンツは赤と白のストライプか…いつものホットパンツじゃなくてスカートだから良く見えるな!
「助かったぜ! サンキュ!」
「走れる? 一気に突破するわよ!」
「…無理。 落下の衝撃で足も腰もガタガタだ。」
ルビィに投げつけられたのが本当は一番堪えたが…
「だらしないわね! じゃあまた屋根に投げて…」
「勘弁して。 あれは正直キツい。 第一、屋根ももうほぼ崩れ落ちてて危険すぎる!」
「じゃあどうすんのよ! 助けに来た意味が無いじゃない!」
ガーッ! とルビィがまくしたてる。 ノープランだったのか。 だろうな!
「こっちもそろそろ限界よ…!」
竜気を纏い続ける時間には限りがあるのだ。
確かに、群がろうとする信徒を投げ飛ばし続けるルビィの息も荒くなってる。
もうやる事は1つしか残ってない。
後は俺次第だ。 残りの反魔力、全部お前に預ける!
「ルビィ、限界を超えろ。 お前も竜を纏うんだ!」
ルビィは苦しげな表情ながらもニカッと笑った。
八重歯が覗いて可愛いじゃないか。
「ハアアアッ!」
押さえ付けてた竜気を一気に纏ったルビィ。
パキパキと音を立てながら、その額に真紅の角が生成される。
ルビィは竜気を纏いきるのを待つような真似はしない。
角が伸びていく合間にも人間教の信徒達を投げ飛ばしている。
人間教の信徒達がその更なる怪力と角を見て恐れ後ずさる。
「悪魔だ…! また悪魔の角が出た!」
「兵士達よ、何をしている! 竜種を討て!」
兵士達はもはや呆然と俺達を遠巻きに見ているだけだ。
並の人間がこの事態に付いて行けるはずがない。
白竜が顕現した時点で一杯一杯だろうさ。
冷静さを取り戻す前に逃げ出さねば!
リスクは山ほどある。 ルビィが変身できるかどうかの保証も無い。
だが…
俺はルビィを抱き寄せ肩と腰に手を回す。
「館、すっかり崩れて燃えちゃったな。」
「なによ…ちょ、ちょっとはロマンチックな事言いなさいよ…」
この場面で照れ隠しの台詞とはね。
ルビィの頭には失敗したらどうしよう、とかは無い様だ。
だがそれ頼もしいし、愛らしい。
「何、赤き竜は炎を纏って現れるものさ、と思ってね。」
「じゃあ燃え上がるようなキスをして頂戴。」
唇を重ねた。 俺のキスはいつも血の味だ。
背中に回していた手をルビィの頭にやり、押し込むように反魔力を注ぐ。
ルビィが苦しげな眼差しで嗚咽を漏らしたその刹那、赤いマナの嵐が巻き起こり館に燃え広がる炎を一層煽る。
赤い光と炎に包まれ館と周囲は緋一色に染まった。
炎のようなマナの柱が蛇のようにうねり、天へと届いた。
レッドドラゴンの顕現だ。




