3 「狂信と大混乱」
エミィを寝かしつけるために布団の上から胸をポンポンしてやってたら
どうやらそのままウトウトと舟を漕いでたようだ。
下で何か声を出して騒いでる。
それで目が覚めたのか。
魔力王を倒してまだ1日も経ってないのに、せわしない日々が続くなあ。
なんて暢気な事を考えて階段を降り、廊下を玄関のほうへ向かって歩いてるうちに目が冴える。
…いや待て、これは尋常な雰囲気じゃない!
第一、知らない男の剣呑な声が複数する!
自分でも知らずに早足になり玄関に到着する。
そこではクリスタとルビィとアクエリアスが、奇妙な格好をした10人ばかりの男達に詰め寄られていた。
その男達は白い、薄汚れたローブ姿で片手に松明を持っている。
ローブのフードで覆われているため顔の上半分は隠れていて、表情は読み取りづらい。
だが読み取る必要なんて無かった。
奴らは大声でがなりたているからだ。
これが人間教の奴らか…!
俺は思わず前に出て怒鳴り返そうとする。
しかしそれは誤りだった。
なぜなら人間教の主観的視点で言えば、俺は竜を呼び出す邪教の主教だからだ。
ローブ男の一人が叫んだ。
「いたぞ! あいつだ!! あいつが竜を操る邪悪な魔法使いだ!」
俺は愕然とした。
危機を感じはしたが、すでにここまでとは!
もはや堤防は決壊寸前だった。
それを俺が現れた事で破滅のひと穴を開けてしまったのだ。
「捕らえろ!」
「奴を異端審問にかけるのだ!」
「邪悪な魔法使いは街を出て行け!」
「いや、殺してしまえ!!」
俺は背筋が凍った。
怒りとかではなく、恐怖に囚われた。
狂信者と言うのを目の当たりにした、その尋常でない表情が素直に怖かった。
クリスタ達が手を広げて男達を阻止しているが、玄関からぞろぞろと更に男達が入ってくる!
彼女達は立場上、人間を傷付けられない。
その気になれば片手で大の男を鎧の上から殴り殺せるが、
あくまでも人間に忠誠を誓い、街に保護されているという名目で居住を許されている。
「海くん! 逃げて!」
クリスタが苦しそうに男達を抑えながらも叫ぶ。
逃げる!? どこへ?
俺が道場の方へ走り出そうとすると、ルビィの脇をすり抜けた二人が
俺の服の裾を握って引き摺り倒した。
痛ってェ!
「何しやがる! …ひっ!」
俺は情けない声を上げてしまう。
目の前に狂信者と化した男の熱狂に染まりきった、それでいて生気のない顔があったから。
そしてその男はブツブツと何かを唱えながら、俺の顔に松明を押し付けようとしている!
次の瞬間、その男がヒュッ! と音を立て吹き飛んだ。
壁に叩き付けられ派手な音を立てる。
クリスタがついに手を出してしまったんだ。
「海くんを…放しなさい!」
肩で荒い息をしながら睨んでいる。
ここまで怒りに満ちたクリスタは見たことがない。
魔力王と対峙した時でさえ。
壁に投げつけられた男がその一瞬の沈黙を破った。
口から血を吐いて…目を見開いたまま顔面から床に倒れる。
一気に信徒達が沸騰した!
「悪魔だ! 悪魔の竜が目覚めたぞ!」
「主よ! 我らに悪魔を退治する御力を!!」
「衛兵! 衛兵!! 竜種が狂った! 暴れだしたぞ!」
ローブの男達の集団は口々に怒鳴り、俺やクリスタ達に松明を投げてきた。
ルビィが俺を助け起こし、肩を貸してくれる。
ひとまず広い道場の方へ逃げねば!
俺達を捕らえようと掴みかかってくる男達をクリスタとアクエリアスが手で払いのけ、
道場までの短い距離を進む。
俺は道場の扉を開けた。
この狭い入り口でなら奴らを凌げ…
なんと、道場には衛兵達が入り込んでいた。
もちろん、俺達に味方する雰囲気ではない。
最初からその筋書きだったんだ。
狂信者達を使って騒ぎを起こす。
責任を俺達に擦り付ける。
人間教の中枢は権力者の巣窟なのだから。
獲物を狩り尽くせば番犬は不要になる。
昔から言われてた事じゃないか…
ルビィが俺をその場に下ろしながら言う。
「アンタたち…情けないにも程があるわ…! それでも人間なの!?」
武器は無いが、前に進み出て戦闘態勢を取る。
衛兵達が一瞬たじろいだが、それでもルビィを囲む。
道場は広いがそれを埋め尽くさんばかりの槍の林がルビィを取り囲んだ。
アクエリアスがドアを突破させまいと狂信者達を突き飛ばしている。
クリスタが戦えない俺の脇に立ち、守りを固めた。
もうやるしか無いのか…!
俺は周囲を見回して呻く様に声を漏らした。
「まさか…!」
窓からわずかに覗く道場の外には更に兵士達がいた。
衛兵達とは装備の質が違う。
完全な正規兵だった。
ルビィ達3人が竜気を発動する!
一瞬にしてその体が白い輝きの煙に包まれる。
そうか、世界のマナが増大したなら竜気の力もまた増大しているのか。
だがそれは竜気の持続時間が短くなっている事も意味してるのだろう。
ルビィが衛兵達と戦端を開いてしまった。
隙間無くルビィに槍が差し込まれる。
だがルビィはそれをすべて回避し、手で柄をなぎ払い体を移動させかわした。
アクエリアスは道場の入り口を挟んで狂信者達を押さえ込んでいるが、
業を煮やした狂信者達が廊下のあちこちに松明で火を放っている。
「クリスタ! 婆様達が心配だ。」
「はい。婆様は起きてましたがエミィは…」
「寝かしつけた。もう一瞬たりとも猶予が無い。」
そう言ってクリスタに向き合う。
クリスタは全て分かっているようで決意のこもった目で頷く。
目の前に居てもその姿が見えづらくなるくらいに白いマナの粒子が濃くなる。
あっという間にクリスタの額に角が生えた。
彼女はその意思で、普通はなるべく押さえ込むはずの竜気を全力で吸収したのだ。
俺はクリスタの腰に手を回し、その口に優しく唇を重ねた。
反魔力を練り上げ、口から注ぎ込む。
人間が竜種を拒むなら、こんな所に用は無い!
好きなだけぶち壊せ!
クリスタが白い煌きの竜巻に包まれる。
道場の中で竜巻が巻き起こったのだ。
混乱する衛兵達と狂信者を見て俺は叫んだ。
「ルビィはエミィを! アクエリアスは婆様を連れてきてくれ!」
「分かったわ!」
「了解しました!」
人が立ってられない程のマナと風の入り混じる竜巻の中、
ルビィとアクエリアスは狂信者達を押しのけて廊下へ飛び出した。
俺は床に伏せて、飛ばされないようにするのがせいぜいだ。
誤算があった。
俺は前回と同じく、クリスタは空中で竜を纏うのだと考えていた。
だが、クリスタはこの場で竜を纏った!
雷のような轟音で満たされ館は光に包まれる。
館の壁と屋根を突き破り、白い竜が顕現した。




