44 「とある少女と世界の変化」
第三者視点です
その日、ソーサリスの全てを覆った現象は、後に資料が発掘されマナ津波と名付けられた。
マナ津波はその研究者、ジャダ・ドルゲスタの予想をも遥かに超えていた。
彼はあくまで地表の大気のそれをイメージしていたが、マナは重力に囚われず
またあらゆる生命と物質の中にも内在していたからである。
発生したマナ津波は地中や海中、遥か上空、果てはその遠い星までにも届き
非活性化して眠っていたマナを刺激したのである。
世界に魔力とマナが満ち溢れた。
魔法王国と呼ばれていたソーサリスは、それでさえ眠っているような状態だったのだ。
宇宙の開闢以来のマナ活性化により、この世の全てが変革していった。
魔力波とマナ津波は世界を変化させたが、それによって直接的に死んだ者はいない。
だが、その姿形と在り方が大きく変わってしまった。
森や自然に携わる人間がエルフに、
山や鉱物に携わる人間がドワーフに、
野や平地に携わる人間が丘小人に、
海や河川に携わる人間が人魚に、
獣や家畜に携わる人間が獣人に、
中には亜人に変わる者も居た、巨人やオーガ、トロルなどである。
動物や昆虫もその姿を大きく変えた。
単純に巨大化し、知能が高くなったものも多い。
鳥がグリフォンに、
水牛がミノタウロスに、
豚や猪がオークに、
犬や狼がコボルドに、
トカゲがサラマンダーに、
馬がケンタウロスに、
そしてただの植物や無機物でさえも変化していった。
木はトレントに、
石はゴーレムに、
風はシルフに、
水はウィンディーネに、
洞窟はダンジョンに、
骨はスケルトンに、
菌がスライムに、
ソーサリスの世界はかくも賑やかだったのである。
ただ、長きに渡る時の流れでマナが少しずつ非活性化し、
そういった存在が大人しく眠っているに過ぎなかった。
地に、空に、物に、あるいは血脈の中で眠りから覚める日を待っていたのだ。
ソーサリスは変化したのではなく、在るべき姿に立ち戻った。
世界は大きく混乱したが、とりわけ人間以外の知的生物はあっさり自分の変化を受け入れた。
眠っていた血が、本能が、これが本当の自分達だと祝福するかの如く騒いだからである。
むしろ今まで人間の姿に身をやつしていた事を嘆き、原点への回帰を喜ぶ者が多かった。
混乱と恐怖に囚われたのはむしろ変化しなかった普通の人間達である。
昨日までの隣人がモンスターに変わったのだから。
やがて人間も自分達がモンスター呼ばわりしていた中の、
ただの1種族に過ぎなかった事を思い知らされる。
人間のままでいた者の中にも変化が大きい者が居た。
魔力が増大したもの、身体能力が増加したもの、霊や精霊と交信出来る者などだ。
ほぼ全ての人間が何らかの変化を起こしており、大きいか小さいか
気付きやすいか、気付きづらいかの違いでしかなかった。
後にこのマナ津波による世界中のマナの活性化と様相の変化を
ザ・マナ・サージ
と呼ぶようになった。
さて、ここにユーピガルの瓦礫の中から這い出してきた一人の少女がいる。
「どこ…ここ? ジャダ? ジャダはどこにいるの?」
彼女は獣の耳をした獣人族である。何故か尻尾は無い。
その名をファルナークと言った。
彼女が100年の眠りから覚めた事を自身で知るには、今しばらくの時間がかかった。
もうファルナークを差別するものはどこにも居なかった。
むしろ普通の人間のほうが少数派の世界になったのだから。
それでも程なくファルナークは世界と神を呪うようになる。
彼女に生きる意味を与えてくれた、彼女が望むたった一人の青年が居ない世界なのだから。
ジャダ・ドルゲスタの願いは叶った。
それを奇跡と呼ぶには余りに酷である。
ファルナークの長い、孤独な旅が始まる。
世界のどこにも居ない、彼女だけのジャダを探す旅が。




