42 「レオンハルト・ハイデマン」
第三者視点です
レオンハルト・ハイデマンは将来を約束された若き英雄であった。
名家ハイデマン家の嫡男であり、2年連続でユーピガルの魔術大会でしている。
彼は剣術の稽古で竜種の道場へと出向いた時、
クリスタ・ドラゴニスという銀の髪の少女と出会い、恋に落ちた。
それまで純粋な剣術だけでも無敗だった彼を実にあっさりと下したのだ。
何度挑んでも絶対に勝てない。
剣を叩き落とされる度に、この竜種という特別な存在に惹かれていった。
きっと竜種は自分のように選ばれた存在と結ばれるために居るに違いない。
自分はクリスタを妻にし、自分達が
あるいは二人の子供が魔力王を倒すのだと確信していた。
あの冴えない外国人が現れるまでは…
その男、海と名乗る男は珍狂な二つ名をしていた。
「涸れ川」という二つ名にふさわしく、出涸らした茶葉のように取るに足らない男に見えた。
だがクリスタはその男と結婚すると宣言した。
自分の求婚を差し置いて、である。
少し挑発をして見せれば、途端に馬脚を現した。
これは自分とクリスタの結婚を彩るだけの当て馬だと確信した。
実際その様に扱い、魔術大会で無様に負かしてやろうと引きずり出してやった。
だが、あろうことか負けた。
負けたのだ。
この馬の骨は反魔力とかいう見た事も無い術でレオンハルトの虚を突き、
一本取って見せたのだ。
審判の判定で勝利こそ得たものの、敗北感に彼の心は占められた。
だが、彼はこれを受け入れた。
そう、あの涸れ川の海は当て馬ではなく、自分とクリスタの間に神が据えた試練なのだ。
腸が煮えくり返るような思いだが、今は我慢だと言い聞かせた。
涸れ川の海を倒した時、頑なだったクリスタの心が開いて自分の下へ来るのだ。
次の魔術大会で目にもの見せよう。自分なら出来るはずだ。
しかし彼を、世界を取り巻く事態は急変し、魔族の副官とやらが襲来した。
これこそがレオンハルトの乗り越えるべきもう一つの試練だ、と考え立ち向かった。
レオンハルトの魔術は魔族の副官にも通用した。
だが効果を上げるものでは無かった。
しかもその魔族は反撃でレオンハルトを殺さず、叱り飛ばした。
殺すほどの相手ではない、と態度で示された。
むしろ敵に気を使われ、教育されたのだ。
屈辱的だったが手も足も出なかった。
人の身では仕方ない、と言い訳を心の中でした。
だが、涸れ川の海は立ち向かった。
誰が見ても分かる、恐怖におびえ震える足で魔族に立ちはだかった。
涸れ川の海、自身の力では無かった。
竜種の娘三人とのチームワークで魔族を撃退せしめた。
レオンハルトは自分が人間を相手取るだけの狭い世界で、小さな個人技だけを磨いていた
そんな小さい自分の姿に打ちのめされた。
技だけなら確かに涸れ川の海程度の男には負けない。
だが初めて見る強大な魔族に立ち向かい、竜種と力を合わせ勝利した海と、
技を破られて仕方ない、と思ってしまった自分の差を感じた。
そして今日、魔力王との戦争で涸れ川の海は竜を呼び出した。
レオンハルトは正規軍の中で部隊長として指揮をする立場にあったが、
家長の父の命令で、軽く一戦したら退却し、そのまま避難民の護衛に当たる手はずであった。
魔力王の前にクリスタと共に立ちはだかり、竜を召還した伝説の英雄。
竜を従え、魔力王を打ち倒したソーサリス史上最大の英雄。
名家だ剣の天才だ、卓越した大魔道士だと
賞賛を浴びていたレオンハルトを見る人は、今では全く居なかった。
自分は英雄と伝説を見上げるだけの一般人
農家の男と何の差も無い凡夫だったのだ。
レオンハルトの尊厳は地の底まで潜り、心が空になった。
そんな心を空にしたレオンハルトに語りかける何かがあった。
魔力王の亡骸でもある魔力集積装置の核、魔力結晶である。
レオンハルト自身の心の囁きであったか、魔力王の仕掛けた最期の罠か
それを知る者は生ける者の中には居ない。
だがレオンハルトの心はその声に満たされた。
「魔力王はまだ死んでいない。奴は魔力結晶から再生する。
あの魔力結晶を壊した者こそが、真にソーサリスの英雄だ。
だが勝利に浮かれて誰もがその事を忘れている。
魔力結晶を壊せるのは魔力で作った武器だけだ。
英雄はお前だレオンハルト。お前こそが世界を救うのだ――」
熱に浮かされたようにレオンハルトの足取りはおぼつかなかった。
だが、勝利に酔う兵士達は誰もレオンハルトの事など見ていない。
魔力結晶の周囲には一人の部隊長と7人の部下が居た。
馬車を手配し、魔力結晶を封印するために運び出そうとしていた。
その部隊長はレオンハルトの知己であり、軽く挨拶をした。
しかしレオンハルトの目には結晶を盗み出す悪魔としてしか写らなかった。
レオンハルトは右手に直に魔力剣を生成し、何のためらいもなく隊長の胸を貫いた。
結晶に注意が向いていた5人の兵士はレオンハルトが背後に立つまで気付かなかった。
手早くレオンハルトは3人を切り殺し、制止しようとした1人の喉を貫ぬいた。
3人は訳も分からぬまま逃げ出し、1人が後ろから切り捨てられた。
辛くも逃げ延びた兵士2人が、自分達の所へかけつける黒髪の男を見つけた。
異変に気付いた竜使い、伝説の英雄、涸れ川の海だ。
涸れ川の海は兵士の1人を激しく揺さぶり、何があったかを問いただす。
兵士は声を出す事もできず、結晶のある場所を激しく震える指で指し示すしかできなかった。
海は舌打ちし兵士に、出来るだけ遠くに離れ兵士も全員避難させろと言い残し
結晶の方へ走っていく。
城壁だった瓦礫の名残しかない入り口付近に2人の兵が到着するあたりで
クリスタ、ルビィ、アクエリアスの3人がすれ違う。
3人とも竜気を解除しており、今は普通の人間とそれほど変わらない速度でしか走れない。
海がレオンハルトの所へ辿り着いた時、まさしく魔力剣の刃が魔力結晶の1つへと突き刺さっていた。
絶叫して制止の声をかける海へと振り向いたレオンハルトの表情は明らかに正気ではない。
レオンハルトは海を見て目を見開くと、慌てて隣の結晶に魔力剣を突き立てた。
魔力結晶に輝くひびが入る。
一つ目の結晶からは激しく紫の煙が噴き出し、辺りに漂っている。
海がレオンハルトの肩に手をかけ、振り向かせると同時に拳を叩き付けた。
レオンハルトがその場で崩れ落ちる。
海が両手を広げ反魔力を練り出す。
結晶のひび割れた部分に手を当てるとひびが消え、魔力結晶は溶けたかのように縮んだ。
2つ目のひび割れた結晶を修復すると海は大きく肩で息をした。
その瞬間海の目が大きく見開かれ、体が激しく痙攣する。
右の肩口から輝く魔力の刃が生えていた。
レオンハルトが狂気に満ちた目で海を見て笑う。
「き、君が悪いんだ…悪魔の結晶を独り占めしようとする君が…僕こそが英雄だ!
お前は結晶を奪う次の魔王だ! ドラゴンは悪魔の使徒なんだ!」
海の膝が崩れ、前のめりに倒れそうになるも左手を地面につき体を支えた。
肩から鮮やかな色の血が流れ出し海の服と体を染め上げていく――




