40 「せめて安らかに」
魔力王は俺たちを漫然と見過ごしていた訳では無かった。
特大の呪詛砲を撃つために、それまでに無い巨大な黒い光の玉を生み出していた。
巨大な身長の魔力王が、更に巨大な強化篭手を着けて、
その両手を一杯に広げて作るほどの大きさの呪詛を練り上げていたのだ。
あれより小さい呪詛でも城塞都市の4分の1、西区画を丸ごと吹き飛ばした。
その時より直径は3倍以上ある。
一体どれほどの威力になるのか。
「油断しすぎてた…! 俺を下ろせ、残りの反魔力で少しでもあれを止める!」
クリスタが振り向きもせずに俺に言う。
「大丈夫。もう大丈夫だよ海くん。 あれはもう効かないから…
そして受け止めてあげなきゃダメなの。」
その声と口調で俺は理解した。
勝負はもう着いていた。
どう決着をつけるかが問題だったんだ。
さっきまでの白竜はまだ強大ではあっても、血も肉もある物理的な存在だった。
だが、水晶の竜はもうそこを超えている、超自然の存在なのだ。
クリスタがやや高度を上げる。
呪詛砲を地上に当てないための配慮だ。
魔力王が怒号と共に最大の呪詛砲を放つ。
クリスタことクリスタルドラゴンと俺はその黒い光に包まれるがクリスタは僅かに呻いただけだ。
俺は痛みも何も感じない。ただ黒い風が吹き抜けただけのような感覚だった。
「何が伝説か! 無敵か! 世界は私がそんなに憎いのかッ!」
「魔力王…もう止めて。終わりにしましょう。貴方を殺したくはないわ。」
「止めぬッ! 私は止まれぬッ!
ファルナークを追う事を止めたら私に…私に何が残るッ!」
魔力王の声に嗚咽が混じる。
もはやそこにいるのは魔力王ではない。
「一体、ファルナークの人生は何だったというのだ! 彼女が何の罪を犯したというのだ! 答えろッ!」
「わからない…でも、ファルナークさんはそんな事をしても喜ばないと思うわ…」
「お前にファルの何が分かるんだ…僕の何が分かるって言うんだよ…」
呼び方と口調が変わってしまったことにすら気付けない。
今ここに居るのはもはや魔力王ではない。
全てを失った哀れな魔法使いだった…
俺はそう考えると愕然とした。
この異世界、ソーサリスに来て俺は色々なものをもらった。
でも奴は…ジャダ・ドルゲスタは今、偽りの希望ですら失おうとしている。
俺たちに向かって放つ呪詛砲は恐ろしい威力だが、
それはもう駄々をこねる子供が、追い出された家のドアを叩いているのと同じ意味しかないのだ。
俺はもう奴に何も言ってやれない。
何かを言っていい立場じゃないって事くらい分かる。
短い間だったが、俺に居ていいと言ってくれた人達を、あの場所を失うなんてもう考えられない。
その点だけが奴を否定する理由だ。
「返せ! 僕のファルナークを返してくれッ! 頼むよ神様…お願いだから…」
魔力王の体を覆っている紫の結晶が薄皮のように少しずつポロポロと剥がれ落ちていく。
心を酷くかき乱されたせいで制御がおかしくなっているんだろう。
せめてそのまま心の苦しみを吐き出させてやりたい。
だが、フォルガナの街での事を思い出すと危険すぎる。
集積装置は迂闊に触ればその魔力を爆発のエネルギーに変えるのだ。
「クリスタ、このままじゃあフォルガナの二の舞だ。可哀相だが…」
俺はずるい事に最後の言葉を飲み込んだ。
クリスタは頷き、息を大きく吸い込む。
「ジャダ・ドルゲスタ。助けてあげられなくて御免なさい。」
その虹色に煌く光のブレスを浴びると、
魔力王の体が足元から透明な結晶へと化していった。
元から魔力結晶の体であったが、それが水晶へと置き換わっているのだ。
足元から胸の辺りまでが水晶に変わる頃には魔力王は観念しきっていた。
「別にいいさ…何かしたかった訳じゃない。本当にファルが生き返るなんて思っていない…
僕はただ何かせずにいられなかっただけなんだ。百年逃げ続けていただけだ…」
俺は怖くなった。
これまでは守るものなんて無かった。
でも今はたくさん守りたい人が出来てきた。
「ああ、ファル。そこにいたのか…聞いてくれる…かい?
今日…は思いのほか研究が進んだ…からお祝…いに外…で…食…君の…好…」
完全に頭の先まで水晶と化したジャダ・ドルゲスタはその水晶が削れて
ゆっくりと崩れ落ちては消えていった。
後には集積装置の核となっていた魔力結晶だけが残された。
ソーサリスの地は守られた。
俺とクリスタに苦い思いを残して。
「クリスタ、元に戻る方法は分かるのか?」
「うん。大丈夫だよ。今、戻るね。」
「いや、待った。そのまま戻ったら裸なんじゃないのかな?」
「えっ、やだッ! もう変身解き始めちゃった! 海くん急いで! 服持って来て~!」
ドラゴンの体を構成していた水晶がぽろぽろと剥がれ落ち、煌きながら地面に弾けては消えていく。
俺は急いで婆様の所へ走り出していた。




