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竜種少女と静かに暮らしたい  作者: るっぴ
第一章 「竜の魔法使い伝説編」
3/86

3 「甘味と魔力王」

痛い懐を探られつつある俺は、話題を逸らすためにアクエリアスに質問し返す。


「その竜種って何なの? 普通の人間じゃないのか?」


「人間と交わった、伝説の竜の血に目覚めた者が竜種と呼ばれるのですわ。

 その者は特別な身体能力が有ります。」



「それで力持ちなのか…でもパワーやスピードがあるってだけで、竜の血だってどうして分かるんだ?」


「竜種として目覚める者は、必ず同じ夢を何度も見るようになります。 竜に変化し大空を舞う夢を。」


アクエリアスは遠い目をして右手の人差し指、中指、薬指をひとつに重ね、小指と親指を広げて宙をひらひらと泳がせる。


それがこの世界での竜のハンドサインなのか、飛ぶ者全般を指すのかは分かりかねた。

アクエリアスは憧憬の眼差しに熱を帯びつつ続けた。


「そして竜種は普段の驚異的身体能力に、更に上乗せして強化する竜気をまとう事ができます。」


「竜気…闘気とか殺気に近いものかな…?」


「その通りですわ。 より具体的に身体能力を更に向上させてくれます。 ですが…」


「リスクがあるのか。」


「ええ…竜気は人の身には過ぎたる力。 時間と共に膨れ上がる竜気に肉体が耐え切れず、理性を失い肉体の限界を超えて殺戮に酔うのです…そう、死ぬまで。」


「バーサークするって訳か…」


「そんな言葉までご存知とは。 本当に貴方の世界には魔法が存在しないのですか?」


「無いものは無いんだよ。 全部お伽噺とゲームの中だけの話だ。

 通話魔法のせいじゃないのかな。 俺は自分の国の言葉をしゃべってるだけだし。」


とにかくこっちに話題を振られるのを避けまくろう。

逃げ足だけならメタルスライムより速いぜ。


「で、その魔王てのは…? なんで竜にならないと勝てないんだ?」

「魔力の魔王、魔力王ドルゲスタと呼ばれている狂った魔法使いです。

 魔力集積装置を体に取り込んで一体化し、世界中の魔力をかき集めているのです。」


アクエリアスは悲痛な表情を浮かべながら続けた。


「2年前、この城塞都市ユーピガルの西に貿易都市フォルガナが魔力王との戦いの舞台となりましたわ。

 わたくしとクリスタも参戦しました。 その他にも5人の竜種が魔力王と戦ったのです。

 5人の竜種は竜気を限界突破して戦い…魔力王と相打ちになりました。 正確には、一度は打ち倒しました。

 ですが、魔力王の核となる魔力装置のひとつを分離しようとして失敗し…フォルガナの街は灰燼に帰したのです。」


「ひでえ話だ。 倒したその体がそのまま巨大な爆弾になるって事か。」


「しかも魔力王は再生を始めたのです! 再生と魔力の再蓄積でこの2年を費やし、再び魔族亜人種と魔獣達を集め始めました。」


「街一つを飲み込む爆発とか、そんなのもう神様でもないと倒せないな。」


「はい…そして神に最も近い存在が竜。 伝説の竜に成れる事に望みを託しているのが、わたくし達竜種なのです。

 そして竜を統べるのは異世界の魔法使い。 それが海さん、貴方であってくれたら…と。」


「見込み違いだよ。 残念だけどね。 俺はこっちの世界で言えば農民や商人みたいなものだから。」


互いの言葉が途切れた。


気まずい沈黙が場を支配した。

わざわざ聞かなかったが、簡単に逃げ出せないであろう事も察する。


次に魔力王とやらがこの街に迫った時、その時が彼女たちの命日になる事が確定してるのだ。

しかも俺が魔法なんて使えない、という度に彼女たちの絶望感に追い討ちをかけてしまってたのか…


何とか明るい方向に持ち直さないと。

ここを追い出されたら見知らぬ世界に一人ぼっちだしな。

何かないか…何か…


あった


俺はコンビニの袋を持ったままだった。 ソファの脇に置いてある。

一人寂しい30の誕生日をやけ食いで過ごそうと、菓子の類を大量に買い込んであったのは幸いだ。

一瞬お湯に浸かってしまったが、さて無事であってくれただろうか。


よしよし、ほぼ全部無事なようだぞ。

と、なれば狙いは…やはりこの子だ。


子供のほうが食いつきが良いだろうからな。

お菓子で子供を釣るなんて何か悪党みたいだが、雰囲気を和ませるためだから別にいいだろ。


「エミィ…だっけ? 俺は君に助けてもらったようなものだし、お礼にこの甘いケーキをあげよう。」


甘いケーキという言葉でエミィの緑髪の隙間から猫耳が見えた…

ような気がしたが気のせいだった。

例え獣耳っ子がいたとしても、ここには居ないだろうな。


気が付くと俺のすぐ脇にクリスタが立っている。

ふふふ、そうだろう。 甘いものが嫌いな女の子なんて滅多に居ないもんだぜ。

透明なプラスチックのカバーを外し、ちょっと崩れたケーキを取り出す。


「エミィの知ってるケーキと違うー!」


大興奮でテーブルにかぶりついて身を乗り出してくる。

プラスチックのスプーンをエミィに手渡し、さぁどうぞと手を差し伸べてジェスチャーで合図する。

エミィはスプーンのほうにも興味を示してしげしげと眺めている。


「おー! 透き通ったスプーンだぁ~」


そこに食いつくか。

でも確かに透明の物品なんて、この世界じゃあレアなんだろうなあ。


「そうそう…スプーンで白いクリームとスポンジを同時に…」

「ぁむっ…ん…んんーッ!」


口に入れた途端、目を大きく見開き声にならない叫び声をあげるエミィ。


「あっ…まぁ~い!! とっても甘いよお兄ちゃん! 何これ! 何これぇ~!」


そうかそうか、お兄ちゃんと呼んでくれるか。 嬉しいよ。


異世界に俺の妹が出来た瞬間だった。


そのエミィの様相にクリスタの目が鋭さを増す。

あれ、貴女さっき胸触られた時よりテンション上がってません?


「エミィ! 私にもひとくち頂戴! お願い! お願いだからー!」

「ちょっと待ってね~。 エミィがもっと食べてからねえ~。」


エミィが幸せ満面の表情で二口目を頬張る。


「ふわぁ~ このね、白いのがフワフワで、下の黄色いのがポワポワで~。 しぁ~わせ~」


「私にもちょうだーーーい! 海くん、スプーンは!? もっとスプーンは無いの!?」


「え…いや、スプーンはそれだけだけど。 別にそのスプーンじゃなくても食べられるよ。」


最後の「るよ」まで言い終わらないうちに、クリスタは突風のような早さで別の部屋に消える。

あれが竜種の本気の速さなのだろうか。

あの速さで廊下の角を曲がったのか…!?


と、思い浮かべた瞬間に戻ってきた。 手に4本の木のスプーンを持って。

クリスタはルビィとアクエリアスと…婆様にスプーンを渡す。


俺の分じゃなかったのね。

分かってたけどね。 いいけどね。

つか、婆様も興味津々かよ!


全員で一斉にケーキにスプーンを入れる。

エミィがあー…と泣きそうな目で見てるが、お構いなしか。


それを4人が頬張った瞬間、この場が舞散る花びらに包まれた―――

ような気がしたが気のせいだった。


「美味し~ぃ! 頭のてっぺんからつま先まで、痺れるような強烈な甘さだわ!」


とクリスタが頬を抑えて飛び跳ねる。


「これはちょっと甘すぎるんじゃないかしら! こんな食べ物があっていいものかしら!」


ルビィは非難がましい口調なのに、声は上ずり目はキラキラと輝いてる。

いや、これはもう輝いてるというよりハートマークだ。


「何てことでしょう! 重厚な甘さにイチゴのほのかな酸味、そしてこの黄色いパンのハーモニーたるや…」


アクエリアスは冷静に言葉を並べる。

グルメ番組に出られるよ、君なら。


「これは毒じゃ! 甘すぎて毒じゃ! お前達、これは私が責任を持って食べ…処分する!」


婆様、貴女はとんち寺の和尚ですか。

そんな年でも甘い物には弱いのか。


竜種、ちょろすぎんよー



あっという間にコンビニのケーキは姿を消し、5人の淑女の胃と心に染み渡った。


ルビィは皆にケーキを取られてしまって涙目のままだ。

俺はコンビニのビニール袋から小さな長方形の箱を取り出して包みを剥がす。


「ほら、エミィ。 代わりにこのマポロチョコをあげるから。 これはもっと甘いぞ~。」

「何これ! さんかくで先っぽがピンクで、かわいいー!」


箱を振ってエミィの手に数粒のチョコを落とす。

エミィはそれを全部口に放り込み、噛み砕く。 ま、初見でチョコは舐めないわな。


チョコの強烈な甘味がエミィの口の中を満たし、エミィはその場で足をバタバタと踏み鳴らした。


「お兄ちゃん! 喉が燃える! これ喉が燃えちゃうやつだ! きゃ~っ!」


声を裏返しながら喜びの歓声を上げるエミィを見て、4人とも俺に向かって掌を差し出す。

全員に分けて、エミィには残りを箱ごとあげてしまう。


どうやら機嫌は直ったようで何よりだ。

これで多少の不信感は吹き飛んでくれるだろう。


めいめいに嬌声や驚きの声を上げる女性たちを見て、俺は満足してひとりごちたのだった。

エミィはすっかり俺に気を許したのか、俺の右腕にしがみつき満面の笑みでお礼を言っている。


なんのなんの。 エミィは俺を助けてくれた女神だからね。 このくらい当然さ。

君の勘とやらが無ければ、俺はあの赤毛の乱暴娘に首をねられていた可能性だって0じゃなかった、と思うと…


俺は大きく安堵のため息をついた。 と、同時に急速に疲労感を感じてきた。

そう言えば、こちらに来たのは夜中だったからなあ。


俺の大あくびを見た婆様は、ふむ、と頷いた。


「夜も深けた。 海が魔法使いかどうかはともかく、特に危険は無い男じゃ。

 当面この道場で寝泊りする事を許可しようじゃないか。」


婆様が4人の娘達に向かって訊ねるように言うと、4人はそれぞれに了解の意を示した。


「これからよろしくお願いしますね、海さん。」と、笑顔のクリスタ。


「まあ行くあても無いみたいだし、仕方ないわね…」と、ちんちくりんルビィ。


「はい。 明日から魔法の修行をしましょうね。」

と、期待の込もった眼差しと笑顔を向けるアクエリアス。


「やった! 今日からお兄ちゃんと一緒に寝るんだよー。」


と、俺の腕にぶら下がろうとするエミィ。

しかし子供はなぜすぐ何かにぶら下がろうとするのか。

お猿か。 進化の過程なのか。


エミィが俺を自室に引っ張り込もうとしたが、クリスタに頼んで引き剥がしてもらった。

ってゆーか、自分でやっといてなんだが、甘い物一つで気ぃ許し過ぎだろ君ら。


俺はそのまま貸し与えられたリビングのソファでアクエリアスが持ってきてくれた毛布に包まった。

いくつか聞き忘れてる気もするけど、まあいいや。 とりあえずの明日は保証されたしな。


スッと引き込まれるように眠りに落ちた俺は、何か奇妙な夢を見た。

30歳近くなってからはそれほど突飛な夢は見なくなったものだが…


紫色の何かに向かって皆で叫んでいるような…それを知らない男が剣で壊し…

何故かクリスタのおっぱいを堪能してる最後のシーンだけは、目が覚めてもはっきり覚えてた。

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