37 「竜 対 魔王」
「ぬるい。」
静寂が支配しつつあったその場を奴の声が壊した。
「竜とはその程度か! ならば私が竜を超えよう! 食らってやろう!」
魔力王の体を覆っていた氷にひびが入り勢い良く砕け散って飛散した。
体の表面が蒸気に覆われている。
かなりの熱を放出しているのか、その姿は陽炎で歪んで見えた。
「呪詛義篭手!」
魔力王が叫ぶと同時に脈動する結晶剣が形を変え、両手とも肩口まで覆うガントレットになった。
内側で血管が脈動している、紫の魔力結晶による巨大篭手である。
両手を下げれば地面を引き摺るほどの大きさになっており、
もはや篭手というより強化外骨格の椀だ。
魔力王がその両手の強化拳をガツンと合わせて気合を入れる。
背中から突き出した魔力結晶の合間の排気チューブから勢い良く白煙が噴き出す。
魔王と竜の打撃戦が始まった。
大質量の激しくぶつかる音が重なる。
質量から来る重低音と硬いものの擦り合わされる耳障りな高音、
元の地球での工事現場みたいな気分を味わった。
だが、格闘戦は明らかにクリスタが劣勢だ。
懐に潜り込まれれば竜の体型では効果的な打撃が出来ない。
クリスタはブレスで魔力王の動きを止め尾を叩きつけるも、
凍る直前にガードの姿勢を固める魔力王には効果的な打撃になっていない。
ボディを執拗に殴打されてついにダウンした。
「お腹痛いよ…気持ち悪い、海くん助けて…」
苦しそうに嘶き俺に助けを求めた。
これは本当にピンチだ。
どうやってドラゴンを助けられる!? この俺が!?
無理に決まってる。
では何故俺はクリスタに向かって走っていってるのか。
理屈じゃ無い。だから自分でも分からない!
美少女に助けを求められたら行くしかないだろ。童貞だし。
竜だけど!
クリスタと魔力王の間に割って入る。
ドラゴンに比べれば小さいが、魔力王だってサイズは5mもある巨人だ。
魔力王が吼えた。
「今更貴様が出てきて何ができる!」
「そう思うか? 悲劇のヒーロー気取り。ならばその無駄にでかい拳を打ち込んで来い!」
右ストレートを打ってくると予想したが違った。
魔力王は俺を完全に殺すつもりだ。
両手を組んで大上段から俺をミンチにすべく振り下ろしてきた!
ちくしょう! 捻り出せ! 俺の反魔力!
奴の巨大化した篭手は魔力の塊、魔力そのものだ。
だから俺の反魔力が十分ならば消し飛ばせる!
成功した! 俺の体を叩き潰すはずだった拳の前半分を消し去った。
魔力王は地面を叩いた衝撃と、消えた半分の拳のせいでバランスを失って転倒した。
「いまだ! クリスタ飛べ! ドラゴンは空を飛んで戦うんだ!」
「はいッ! クリスタ、いきまーーぁす!」
クリスタがそのコウモリのような巨大な羽をひと羽ばたきさせると
凄まじいまでの突風が地面にたたきつけられ俺はその場に倒された。
砂埃で目が見えない。
体を丸めて風に任せるままに転がった。
風と共に接地感がなくなる。
まずい、風に巻かれて空中に放り上げられたか!?
何とか瞬きを繰り返し涙を流して砂埃を追い払い目を開けた。
これは酷い。
空中に居るぞ俺。
100m近くは舞い上がってるだろうか。
落ちたら死にますね。おさらば
「海くんありがとう。ピンチ脱出だよ!」
クリスタの尻尾に体を引っ掛けられて飛び上がってたのだ。
ずいぶん器用に動かせる尻尾なんだなあ。
俺はそのままクリスタこと白竜の背中、首の根っこあたりに乗せられる。
普通は風で姿勢を保つどころか息も出来ないはずなのだが、不思議と安定していた。
良く見れば羽の羽ばたくタイミングと加速や旋回のタイミングも合ってない。
羽は飛ぶという魔力的な象徴で、物理的な作用は少ないんだろうか。
恐らく慣性制御みたいな場の力が働いてるのだろう。
でなきゃさっき尻尾で引っ張り上げられた時点で俺の全身は砕けてる。
「助かったのはお互いさま。でも別に俺を連れてくる必要は無かったんじゃあ…」
「え~ 心細いよ~ 一緒に戦ってよぉ~」
甘えたような声で耳には心地よいのだが、何分見た目は巨大な爬虫類なもので。
顔だけでも俺の身長くらいあるし。普通に怖い。
「でも座り心地がちょっと…鱗のせいかすっごい肌が硬…」
「ピチピチだよっ! 毎日お手入れしてるよっ!」
もう何も言うまい。噛み付かれたら死ぬし。
甘噛みされただけでミンチになれる。
「クリスタ、ドラゴンの真髄は空中戦だ。人間型だった時とは全く別物だ。
加速して敵に近づいて、ブレスや尻尾を叩き付けてやろう。」
「そうだね! 海くん詳しいね。海くんの世界では、みんな空飛んで戦ってたの?」
飛べませんて。飛行機の事を説明するのも手間かかるし、今はそんな場合じゃない。
俺たちの脇を黒い光がかすめた。
魔力王が呪詛砲で攻撃してきている。
厄介だなあ。流石は魔力王、攻撃手段の引き出しが多いや。
クリスタが魔力王の呪詛砲のタイミングを見極め、地平すれすれを滑空して突撃を始める。
右に、左にと呪詛砲をかわし魔力王にブレスを吐く。
先ほどの吹雪のブレスとは違い、冷気と鋭く尖った無数の氷柱のブレスだ。
吐き出された氷柱は魔力王に近づくにつれ巨大になり1本1本が俺の体程にもなった。
避け場が無いほどの密度で、もはやブレスというより氷塊そのものだ。
突進の勢いもあって威力は倍増してるに違いない!
氷柱は魔力王に激突すると瞬間、融解しそのまま魔力王を包む氷の檻となる。
魔力王は氷の中に埋もれた。
今度こそやったか!?
やってなかった。もう考えないでおこう。
魔力王が厚い氷の中から左右の手の先に黒い光を作り、打ち出して氷を砕いた。
「氷程度に負けぬ、負けられぬ! 私の悲願が今まさに達成されようとしているのだ!」
「もうやめて! 多くの人を犠牲に叶える願いなんて、ファルナークさんだって望まないはずよ!」
「黙れッ! 竜とてファルナークの名を口にするのは許さぬ!
彼女を救わなかった神と竜など呪われよ!」
何を言ってるのかは分からないが、何が言いたいかは通じたのだろう。
魔力王は怒りに満ちた声を張り上げて呪詛砲を連射した。
だが、その魔力王もいよいよ肩で息をし始めている。
しかし突進とブレスの相乗効果ですら決め手にならないとは!
もう何度か攻撃して力尽きさせるしかないだろう。
奴の魔力は無限に等しいだろうから。
クリスタこと白竜も激しく口から白い吐息を吐き、体全体が呼吸で大きく動いてる。
氷柱のブレスは体力を激しく消耗するのだろう。
原理はともかく何も無い所から氷柱を大量に出して消耗しないはずが無い。
最後は消耗戦になるかもしれない。




