35 「キスしてドラゴン」
「クリスタ…今からキスをしよう。」
キメ顔でクリスタに語りかける。
クリスタは苦しそうな顔を無理矢理上げたが、その表情は微妙なものだった。
「はい…今日まで…本当にありがとうございました。」
無理も無い。最期のキスとかそんな雰囲気だと思うよな。
死にかけてるし。
俺の考えが間違ってる可能性も結構あるし。
「そうじゃない。これからクリスタを竜にする。その儀式だ。」
「うん…海くんがそういうなら信じる。」
全然信じてない。最期に夢見て心中ってツラしてるな。
「いや、口だけじゃなくて本当に信じろ。たった今答えを得た。立てるか?」
クリスタは頷きながら俺に向けて笑顔を作った。
「口づけでクリスタの体に反魔力を注ぎ込む。それでお前は竜になるんだ。」
竜気の圧力で立っていられないクリスタを俺は抱きかかえ、頬に手を当てる。
ゆっくり唇を近づけ…触れる寸前で思い出し、一言添える。
「竜は成るものじゃなかった。竜気のまま纏うものだったんだよ。」
唇を重ねる。柔らかくて暖かい。そして今は血の味がする。
「んっ…ぅ」
クリスタが喉を鳴らす、キスの感動なのか竜気の苦しさなのか。
俺はキスに酔っている場合じゃない。
クリスタの四肢をきっちりイメージして…そう
反魔力を練り上げ…いいぞ
口と唇を通じてクリスタの体に反魔力を送り込む。
これだ。
反魔力は俺の体の内側じゃない。俺の体、生きた細胞に宿るものなのだ。
だから体の表面は傷つくし、体から放てばすぐに消えてしまう。
だが、こうして体を重ね一つの体と認識して反魔力を流し込んでやれば…
クリスタの体にも反魔力は宿る。
その瞬間、クリスタの周囲をたゆたっていた濃いオーラのよう竜気が弾けた
成功だ!
俺の反魔力がクリスタの体に染み渡っていく。
俺達は唇を離し、互いに見つめ合った。
「どうだ?」
「竜気が解除されたのに…疲労感も何も無い…です…ッ!?」
風が渦巻いた。
いや、風じゃなく竜気だ。
「体の内側が渇いてる…なのに外側がべちゃべちゃに…んくぅッ!」
身を捩り体を手で押さえながらやや前屈みになる。
潤んだ目がとても艶やかで苦しげな声も妙に切なそうだ。
反魔力の感触なのか、俺の渇いた童貞力を味わってるのか。
クリスタの姿を見て色気を感じるよりも、
俺ってそんなに酷いのか? という思いがして何か凹んだ。
クリスタの体に吸い寄せられるマナが体に入り竜の気と成る。
だがそれは即座に俺の反魔力で弾き出される。
竜気はクリスタの体に戻ろうとし弾かれるを繰り返し、強く輝きだした。
それが加速度的に勢いを増し、物理的な突風と成った。
俺は思わず風に煽られ、クリスタから弾き飛ばされた。
それほどの勢いになって、風は尚も激しくなり続けている。
竜気とマナの衝突する輝きでクリスタの体が包まれて見えなくなる。
だが輝きに反するようにどこからともなく、重く黒い雲が渦巻き空は暗くなっていった。
雲が厚くなると共に急激に気温が下がり冷え込む。
俺は風に身震いをした。
大地が鳴動している。大地の下に眠っていたマナをも吸い上げているのだ。
手を伸ばせば届きそうなほどに低い雲が光る。
雷鳴が轟いた。
俺達を囲っていた魔族も、魔力王も、クリスタの発している光と白い竜巻と化したそれを呆然と見ている。
あまりに高密度化したマナは物理的な白い結晶となってクリスタを覆っているのだ。
魔力王は呟く。
「私が研究していたマナの物質化…こんな形で目にするとは…!」
恋人の死という苦しみ、その狂気の果てに辿り着いた研究は
竜化のプロセスそのものだったのだ。
魔力王は笑い出す。雷鳴を孕み渦巻く天に向かって。
「はははッ…!! 素晴らしい! 私は間違っていなかったッ! ファルナークを蘇らせられるぞ!!」
魔族も人間の正規兵も混乱しきっていた。
大地は揺れ稲光が差し込み、立っていられないほどの強風が渦を巻く。
雲に稲妻が走り…その光の軌跡が消える事無く空に留まりクリスタの頭上に集まる。
…シャカッ!
音が速いか光が早いか。クリスタ目掛けて落雷した。
続く轟音はもう俺の耳には届いていない。
落雷の爆発と共に、クリスタを覆っていたマナの結晶がうねりながら天に昇っていった。
10秒余りだろうか。マナの結晶した光は全て雲に吸収された。
雲が光を帯び、妙な明るさを持って地上を照らす。
俺はどこと無く蛍光灯の明かりを思い出し、懐かしさを覚えた。
クリスタは影も形もなくなっていた。
そこは落雷のせいか地面が広く黒く焦げ、掘り返されたようにグズグズになっている。
きな臭さと黒い煙が立ち昇っていた。
この場に居る者は全てそれを見た。
稲光と共に雲を割り、首を覗かせたその姿を。
体に雲を纏い巨大な羽をはためかせるその姿を。
伝説が今、蘇ったのだ。
白き鱗のドラゴンが顕現した。




