25 「竜種と角」
クリスタが絶叫とも、気合とも取れる声を上げ体を仰け反らせた。
渦巻いてた乳白色のマナは、密度の濃さのあまりねっとりとしたオーラのようにクリスタから立ち昇る。
止められなかった…!
俺の考えが甘過ぎる事くらい分かってた。
畜生! 迷いも無くあっさり一線を越えやがって! バカヤロウ!
こうなったら絶対魔力王は道連れにしてやる。
せめてそれくらいはしてやる!
クリスタの額からは一本の角が生えていた。竜の角が。
それまで聞いた事のない声量でクリスタが吼え、飛び掛る。
「魔力王オオオオオッ!」
魔力王は結晶の剣でその一撃を弾いた。
が、剣に亀裂が入り結晶の中で脈動していた血が噴き出した。
クリスタは間髪いれずに再度剣を振り降ろし、魔力王の結晶剣を破壊した。
破壊された結晶剣から出た血でクリスタを赤く染め上げる。
チューブ触手がクリスタを囲うように突き攻撃を繰り出しているが、
クリスタは全て切り捨て、チューブ触手は長さが足りなくなったのか、脇で蠢くだけになった。
「竜種の奥義か! だが、それはもう見た。」
魔力王は左手を掲げ黒い光を作り出す。
「クリスタ! 黒いのが来るぞ!」
俺が前に出ながら警告すると、即座にクリスタは俺の後ろに下がった。
呪詛砲が放たれるが俺が反魔力でかき消す。
俺にしてやれる数少ない援護だ。
「ならばこれはどうだッ!」
魔力王は左手を大きく開くと、それぞれの指の先に黒い光が浮かぶ!
5発動なんて防ぎきれねえ!
俺は左右の手で2つの光線を防いだが、
残りの3本がそれぞれ俺の右足腿と左足のふくらはぎ、そして右わき腹をかすめて行き後方で爆発した。
幸いそれぞれの攻撃は先ほどの光よりも更に小さい威力だったため重症には至らなかった。
しかし攻撃を受けた部分が抉り取られ、血が湧き出して流れた。
俺は痛みの余り立っていられなかった。
魔力王が俺に追撃を入れようと、再び左手に5つの黒い球体を生み出す。
その瞬間、魔力王の左腕が肘から勢い良く刎ね飛ばされた!
クリスタだ!
彼女は先の爆風に乗じて、魔力王の背後に回りこんで攻撃を仕掛けたのだ。
クリスタは攻撃手を緩めず、魔力王に切りかかる。
魔力王は再生した結晶剣でクリスタの攻撃をしのいでいるが、
チューブ触手無しではクリスタのほうが圧倒的に有利だ。
クリスタが3度切りつけるうち魔力王は1度しか防御できていない。
だが、クリスタの攻撃は魔力王の体の表面を削る程度で、切断したり骨を断つには至らない。
切り傷を作るたびに魔力王の体から湧き出す紫色の体液が結晶化し、
魔力王は半ば結晶の鎧を着込んだように見える。
決してクリスタの攻撃が弱い訳ではない。
証拠に、クリスタの攻撃が魔力王の体に当たる度にゴウン! と鈍い轟音を響かせている。
あれは細い金属の棒がぶつかり合う音ではない。
鉄球のような塊が岩石を砕く音だ。
優勢ながらも決め手を欠くクリスタ。
焦りからか、竜気の副作用か、攻撃が大きく鋭くはなるものの大味に、
つまり単純なものになっていた。
そこを魔力王が逃すはずも無かった。
クリスタの攻撃は重く激しくなっていったが、足が止まっていた。
その背後には切り落とされた魔力王の左手があり、それが痙攣するかのように動き、
切断面から鋭い結晶が飛び出し、クリスタの右足太ももを背後から貫いた。
「――ッ!!」
クリスタの動きが完全に止まる。
そこを魔力王の結晶剣が襲い掛かった。
右足を貫かれたこともあり反応が完全に遅れたクリスタは、
直撃を避けるために剣を出すのが精一杯だった。
吹き飛ばされた勢いで右足を貫いていた結晶が引き抜かれ、
地面を転がされると激しい出血が血の帯を地面に描いた。
それでもクリスタは立ち上がる。
肩どころか体全体で息をしている。
立ち上がる時に杖代わりしていた大剣を構えなおす。
「ジャダ・ドルゲスタ! これを見ろッ!」
俺は無理矢理立ち上がり、腰に付けていた小さい袋を取り出す。
最後の小細工だ。
ファルナークさん、すまねえ。俺を二重にでも三重にでも恨んでくれ。
それでも何とかして奴を止めて見せなければならないんだ。
「私をその名前で呼ぶなッ!」
反射的に右手から黒い光を放つ。
辛うじて反魔力を練って防いだが、頭がぼうっとしてきた。
俺に残された精神力もそう多くはない。
魔力王が放った呪詛砲の威力で袋の一部が破け、中から白い粉がさらさらと流れ出す。
俺はそれを左手で受け止めた。
「いいのか? 愛しのファルナークの遺灰にそんなことして。今度はお前の手で葬るのか!」
もちろんハッタリだ。百年も前に地に撒かれた灰を集められるはずが無い。
只の家畜の肉と骨を焼いたものだ。
だが挑発効果はバツグンだ!
「卑怯や下衆は承知の上だ。でもテメーは今クリスタを殺そうとしてる。
クリスタは俺の女だ! 自分ばかりが不幸を背負ったような顔をしやがって!」
半分は自分への言葉だ。
なあに、誰も聞き留めない遺言代わりだ。
だが、俺が異世界のこんな所で今日死ぬのは俺の選んだ結果だ。
決して流された訳じゃない! だれかの「せい」にだけはしない。
左手にこぼれた灰を口に含んで飲み込む。そして本気で咳き込んでペッと吐き出す。
「不味いな! 人間死んだら終わりってのは本当だな。食えたモンじゃない。」
「貴様…ッ! そんな時間稼ぎの小細工に私が騙されると思ったか!」
やりすぎた!? 逆に冷静にしてしまったかもしれない。
「…だが貴様が憎い。私の名を掘り起こし、ファルナークを侮辱した貴様が…憎いッ!」
魔力王が両手を挙げて魔力を練る。
再生しかけの左手に呪詛砲の黒い光が、
そして右手の結晶剣は形を変え、剣の山と化していた。
魔力王は同時にそれを俺に向けた。
呪詛砲を反魔力で防ぐ俺に結晶剣を防ぐ手立てはない。
破壊の光と結晶で俺の体が削られていく――
「ハアアアアアアッ!」
完全に俺に気を取られていた魔力王の脇腹をクリスタの剣が貫く。
最後の力を振り絞ったクリスタの突きが破れたチューブの所を正確に刺した。
魔力王が苦痛に顔をしかめ、歯を食いしばる。
だが、致命傷には程遠かった。
奴の体は既に魔力集積装置の結晶そのものだったから。
頭部を砕くしかなかったが、もうそこまでの力はクリスタに残されていなかった。
「終わりだ。反魔力とは珍しかったが、竜種の数が足りなかったな。」
わき腹からあふれた紫色の体液が結晶化し、剣とクリスタの手の表面を固定した。
魔力王は無造作に、必死の形相のクリスタに向かって再生中の結晶の骨で肩から深く切りつけた。
クリスタは剣を手放し、俺の脇に転がされた。
咳き込みながら口から血を吐いた。
希望は潰えたかのように見えた。
だが奇跡はいつだって絶望の底から始まるものだ――




