12 「魔術大会と飛び入り」
大歓声が上がっている。ここは闘技場、そして今年の魔術大会の日だ。
俺が特訓と家事を繰り返してる間に城塞都市ユーピガルは最大の祭りの日を迎えていたのだ。
俺は闘技場の内側の招待席の隅っこに腰掛けている。
俺の膝の上でエミィが足をぶらぶらさせていて小さい踵が俺の脛に当たって痛い。そろそろ涙目になりそう。
なぜこんな場所にいるかというと、竜種の長として婆様が招待されたからだ。
そしてクリスタ達も演武を披露する事になっている。俺は要するにオマケだ。
大会は予め予選が終わってるらしく、今日は決勝のトーナメントが行われている。
優勝候補はあのレオンハルトだ。候補というより確定のように扱われている。
賭けも行われていて、俺もレオンハルトの優勝に張った。
奴が優勝すれば儲かって腹の虫も収まる。負けたら愉快。どっちに転んでも損はしないからな。
しかし先日の修羅場を思い出すと腹が立つ。奴は初戦の前に「勝ったら重大発表をする」とか言ってたし。
一々大仰で癇に障る奴なんだよ。ねじれて死ね。
クリスタに本当に結婚を迫るのか。竜種は家族を持つことを禁じられているのではないか?
婆様に尋ねると、それまでの家族と縁を切り道場に入れられるが絶縁後に結婚してはならないとは言われていない、だと。
竜種が公に認められるようになってからの法律で、一般人には無縁な事から明文化されてない法なのだそうだ。
法じゃないじゃん…だからレオンハルトも堂々と屁理屈を押し通そうとしてるわけだ。
正直退屈だ。こんなのを見てる位なら道場で特訓していたい。
まあ朝に一汗流して休憩がてらに見物している訳だが。
退屈な割りに今も俺のすぐ右脇を魔法で作られた矢がかすめていった。これ当たったら死ぬよね?
実際飛び道具の魔法の類が客席燃やしたりしてるし、観客死んでるんじゃないかあれ。
何これ、命がけで見るほど面白いもんか?
血の気多いんだな、異世界人。
そんなに熱中するなら自分で戦えばいいのに。
と、俺は埒も無い事を考えているが、エミィはニコニコしながら観戦しているので、それが普通らしいと納得した。
まあうちのお姫様が上機嫌で何より。屋台で買い込んだ焼きリンゴと蜂蜜を塗った揚げパンのおかげだけどね。
レオンハルトは準決勝までは賭けが成立しないとかでハンデ戦を強いられていた。
初戦が右手以外に攻撃を当てたら負け。それ以降は下半身攻撃不可だったようだ。
何でもオッズが偏りすぎて興行的にまずいんだそうだ。
ただ、対戦相手にもプライドがあったのか、それを利用しようという奴はいなかった。
そんなハンデをものともせずに順調に勝ち上がり、魔法の槍使いを倒して決勝に駒を進めた。
槍使いも凄かったんだけどな。手に持った槍以外に2本の槍を魔法で操り3本で攻めてた。
死角から2本の槍が攻撃し、回避した所を本体の槍が狙う。
しかしレオンハルトは全てを余裕でかわし、汗一つかかずに相手の肩口を軽く切って降参させた。
インタビューでは相手は槍を動かそうとすると視線が動くから、自分はそれを読んで対処しただけだ、らしい。
そんなの分かってても出来ないよ。お前間違いなく天才だよ。
レオンハルトは1つの魔術しか使わない。魔法剣だ。
しかもその剣は柄しかなく、やや大きめの鍔が斜めにせり出してるだけのものだ。
そこに自身の魔力で刃を作り出し、魔法剣としているのだ。
純粋な魔力の剣。相手の装甲や盾を無視して直接ダメージを与えられる。受け流しすらできない無敵の剣。
しかも状況によって刃の形を自在に変えられる、と婆様が解説してくれた。
決勝まではレイピアのように細身の先細り型しか使わなかったが。
そして今、決勝の相手と向かいあっている。
相手も相当な実力らしく、下馬評どおりの決勝戦なんだとか。
その相手は俺をさり気なく殺しかけた魔法の矢を大量に放てる魔法使いだ。
手元に10本の魔法の矢が浮いており、短い詠唱だか叫びだかでレオンハルトに向かって飛んでいく。
レオンハルトの装甲貫通・形状変化という特性を持つマジックブレードにとってやや相性が悪い相手だ。
残り2本になるとリロードのための詠唱に入る。打ちつくしてからリロードしないあたり戦い慣れている。
レオンハルトはそのリロード詠唱のタイミングを狙って突進した。
防御のための2本の矢がレオンハルトの足と胴を狙うが魔法剣でなぎ払う。どんな反射神経だ。
詠唱が終わらない相手は舌打ちをしたが、即座ににやりと笑ってローブを翻した。
そのローブの内側に最後の魔法の矢を隠してあったのだ。
しかし最初から読んでいたのか、レオンハルトは宙へ飛び矢をかわすと相手の背後に着地する。
ほぼその体勢がすでに攻撃状態であり、相手の右腕をレイピア状の魔法剣が貫き、勝利を決めた。
会場は大歓声に包まれ、レオンハルトがセレモニー用の表彰台に立ち両手を広げ声援に応えている。
鉄板レースであぶく銭も稼いだ事だし、最後のクリスタ達の演武を見たら屋台で美味しい物でも奢ってあげよう。
レオンハルトはインタビューに受け答えしている。インタビュアーのおっさんに促され重大発表とやらに触れる。
そうだ、ここで大ブーイングを出して雰囲気を悪くするのが今日の俺の役目だった。
役目だったんだよ。
「それでレオンハルト大魔道士、まさか3連続優勝で敵が居ないからって引退とか言うんじゃないだろうね?」
「違うんだ。僕はこの3年目の優勝をあそこにいるクリスタ・ドラゴニスに捧げる。そして彼女と結婚させてもらう!」
会場が一瞬の静寂と、それに続く悲鳴に包まれた。女性の観客が物凄い勢いで喚き散らしている。
さあ俺も一緒に罵声を浴びせよう!
「大魔道士、君しては冴えないジョークだ。確かに君の魔法と渡り合えるのは竜しかいないだろうが。」
「真剣だよ。反対する者はかかってくるがいい。実力は示した。残るは悪しき古い慣習だけだ。」
「レオンハルト大魔道士、竜種は家族と絶縁しなければならないという王の定めた法があるんだよ。」
「絶縁後に新たな家族を得てはならない、とは明言されなかった。だから結婚をしてもいいはずだ。
ま、そうは言っても認めてもらえないのは折込済みさ。だから今日は特別に…」
「特別に?」
「僕のライバル、最強の魔道士を相手に竜種の長グロリア殿の前で決闘し、僕の主張が正しい事を認めてもらおう!」
「君にライバルが居たとは!その相手とは…ッ!」
「竜種の長も認める、異世界より来訪した魔道士…二つ名を涸れ川、名を海と言う!」
逃げていいかな?