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脚は神速を尊ぶ  作者: 山あり谷あり
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プロローグ

 人間の多くは、生まれつき何かしらの特技を持っている者が多い。計算が早い、記憶力が良い、運動神経が良いなど、努力すれば身に付くものを生まれた時から持っている者も少なくない。

 人はその者におどろき、うらやむ。しかし、努力しても手に入らない、人間の領域の外のモノを持っている人間に関しては?

 ここに一人、人間の限界を超える力を持った男がいる。



 蔵健之丞くらけんのすけは、市民体育館の陸上競技場にいた。上下青のジャージという至って普通の格好で準備運動を行っている。日曜日の朝だというのに健之丞の他に人は見当たらない。

 それもそのはず、実はこの市民体育館の陸上競技場にはある()がまことしやかに流れていた。第二日曜日の開園から午前10時までの間、政府が極秘に進めている超人計画が行われているという噂だ。竜巻を起こす人間、超人的な跳躍力を持つ足回り70cmのムキムキ男、という根拠の無い噂だ。噂の張本人が齢十七の男子高校生(・・・・・・・・・)とも知らずに。

 健之丞の右手の中にはストップウォッチが握られており、左手には回数をカウントするカウンターを握っている。

 トラックのスタート地点で数回ジャンプした後、機材は使わずにクラウチングスタートの体勢をとる。

「よーい…。」

 綺麗とはいえない体勢のまま、右手のストップウォッチに指を添える。

「…どん。」

 同時にタイマーをスタート。

――健之丞の姿が掻き消える(・・・・・)

 尋常じゃない程早い足音だけがトラックを駆け抜けて行くが、健之丞の姿は未だ見えない。次第に周りの空気がざわつきだし、小さな竜巻を形成する。しかし、それもすぐに形を崩し消える。

 健之丞の姿はスタート地点から100m程の所で佇んでいた。右手には10秒ちょっとで止まったストップウォッチが、左手には「857」で止まったカウンターが握られている。

 健之丞は疲れた様子も無くカウンターを見やる。

「…まぁ、こんなもんよな(・・・・・・・)。」

 さも当たり前の様に呟き、リセットする。


 兵庫県鷹紗後市。健之丞はその街の小さな病院で生まれた。父 の憲太は地元のこの街で、車の修理工場で勤務を、母の明海は小さなパン屋を営んでいた。

 そんな二人の間に生まれた健之丞は、体重2970グラムの元気な赤ん坊としてこの世に迎えられた。そう、このときは…。

 異変に最初に気付いたのは、明海だった。生後六ヶ月(・・・・・)経った頃、健之丞がフラフラながらしっかりと歩いている姿を見たのがきっかけだった。

 本来、乳児が歩き始める時期は平均的に見ても生後一歳前後だが、健之丞の場合は生後三ヶ月頃にはすでに腹這いになって「はいはい」をマスターし、その一ヶ月後には「摑まり立ち」を行うほどの成長を見せていた。

 一歳にもなっていない健之丞はそんな異変に気付くはずもなく、無垢な笑顔で歩き回る。この時すでに、健之丞の脚は成人男性の平均的な脚力の三倍もの力量を秘めていた。

 そこからの成長は、決して笑えるものではなかった。幼少期、幼稚園の二階から飛び降りる遊びを発明し、園児四人を病院送りにした。勿論、健之丞本人は無傷。この頃はまだ「体の丈夫な子供」と認知されるに留まった。

 小学校に上がると、自分が周りと少し違うことに気付き、鳴りを潜めていた健之丞だが、小学六年生の頃に行った体育の授業でサッカーをした時に事件は起きた。

 クラスメイトから受けたパスをダイレクトシュートしようと脚を振り上げてボールを捕らえた瞬間、ボールが大音響を運動場に響かせて弾けとんだ。小学生用の四号級ボールとはいえ、健之丞はそれをたった一回で破裂させてしまった。その光景を見たクラスメイトは、一瞬で凍りついた。担任の先生でさえも、何が起こったのか理解するのに数分を有した。

 その日から健之丞は、「ボールを消し飛ばすほどの怪物」として見られるようになり、色々な意味で一目置かれる様になってしまった。

 そんな事もあって、健之丞は自らの力を把握すべく市民体育館に通いつめたが、いつしか根も葉もない噂が市民体育館を取り囲むように流れていった…。

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