これから君は本当の主人公だ
さて、まず転生する前の話をしようと思う。
俺こと井上 優は、自分で言うのもなんだが完璧に近い人間だと自負してる。
顔は俗に言うイケメンだし、頭はいいと言う訳では無いが、平均点より下を取ったことは無い。高校生の頃に強豪バスケ部の部長をしていたこともあり運動神経もかなりいい。性格は自分で把握している限りでは、表面上だけだも他人には優しくしているし、仲の良い人間にもぶっきらぼうなところもあるが、ある程度気を使っていたりと評判は悪くない。むしろ、表面だけで関わる人も多いことから優しくしている他人からは評判は良い方だし、友達も多く、気を使う性格から先輩からも受けが良く、面倒見が良い性格から後輩からの支持も良く、リーダー素質もあることからよく行事なども率先して行ったりしていた。
親も父は大手会社の重鎮、母も現役女優で、息子が二十歳近くになっても仲睦まじくと、まさに理想の家庭。
要するに、理想の出来るイケメンポジションだという評判だ。
俺はそれを知ってはいるし、やっぱり自分の事だから鼻が高くなるのもあるが、だからと言って傲慢な態度を取ればすぐに周りの目が厳しくなることはなんとなく察しているので、俺はあんまり悪評の立たないように、でも評判も下がらないようにと行動を気を付けつつ、バスケに力を入れてきた。
高校を卒業して、バスケも楽しいがそれに専念するような気力よりも、バスケを専念していたからこそ出来なかった他の事がしたいという気持ちに駆られて、学力での推薦で行けるそこそこ良い大学に入り、大学になったら高校の頃に送らなかった青春でもしようという心持ちをしていた。まぁそうは言っても、ただバスケ部に熱を入れていてやってなかったバイトや彼女でも作って大学生活を楽しく過ごそうと思っているだけだったが。
そんな楽しい日常を想像していた。
流石にすぐには行動を起こさずに、大学の様子見をしようとゴールデンウィークが過ぎてからにしようと思い、それまでは友達作りに専念して、そしてゴールデンウィークに入り、そして…
俺は死んだ。
死に方は、まぁなんというか実際には見たことは無いけど、よく聞く話。友達の車でゴールデンウィークに旅行に行く最中、事故に遭った。
俺は助手席に座っており、しかも車と衝突したのだが、それが運が悪く俺を狙うかのように助手席側に衝突。こちら側は俺は重症の末死亡。俺以外の三人は重症あるいは軽傷で死人はいなかったが、相手側が二人軽傷で一人が即死だったらしい。
こうして俺の人生は終わった…も思ったが、そうにもいかなかった。
「君は本当に主人公だよね」
死んでから初めて聞いた言葉は、そんな言葉だった。
「恵まれた家庭。 恵まれた才能。 恵まれた容姿。 理想の性格。 稀に見る主人公のような人間だ! そんな君にプレゼントだよ! 君は本当に主人公になるんだ!」
中性寄りだが、男の声だと分かる。
声が聞こえたと理解すると、段々と周りの光景も見えてきた。
「ここはボクの世界。管理をしてもいい、放置をしてもいい、書き換えてもいい、ボクが作る世界だ」
そこに見えた世界は、一つの部屋だ。
特に特徴もない、いや、特徴をあげるとしたら必要なものしか揃えてなく、オシャレという物を一つも置いていない、どちらかというと男っぽい部屋。
ベッドに机、タンスに洗濯機。キッチンにフライパンやまな板なども見える。
色は統一性もなく、ベッドは灰色。机は木製、部屋はフローリング。
大きさは独り暮らしなら特に不備もなく過ごせるくらい。
そんな初めて見る部屋。
でも、何故かずっとここで住んでいる様な安心感がある。
……いや、違う。
俺は、ずっとここで暮らしていた。
そんな"記憶"だけ、何故かある。
記憶にないけど、記憶がある。
そんな不思議な、変な感覚。
「でも、逆にこの世界はボクが作らなければならないんだけどね…ボクが作ったらどうしても主人公という存在だけは上手くいかなくてね。 だから思ったんだ」
そんな部屋に一人、俺以外に男がいた。
特に特徴のない、普通の社会人のような人。
だがどこが雰囲気が異質で、一度目についたら離せない存在感がある。
「最近流行ってる転生ってやつ。 主人公は他の世界から呼べばいいじゃないかって。 そしたら、ボクが作った存在でもないし、ボクが欲した主人公が存在してくれる。 そして、その主人公はボクの欲した物語を作ってくれる。 だから君を呼んだんだよ。 井上 優君」
本当に嬉しそうに俺に語りかける。
今更、自分の事を把握してきた。
その男に向かい合う様に胡座をかいている。
その男もまた胡座をかいて俺に体を向けて、笑顔で話し掛けてくる。
いきなりの状況なのに、俺にはその事に違和感はまったく覚えていない。
まるで、この男は当たり前の様に俺の家に上がってきて、俺はそれにまったく違和感無く通して、そしていつもの様に話している。そんな錯覚すら覚えるくらいの日常のような状況。
そして、俺自身がこの状況にまったくおかしいと思えない。頭で理解してても、それに対して何もせずに"いつも通り"話を聞こうという感情が湧くだけ。
「さて、必要な"アップデート"は終わったかな? なら本題だ主人公君。 君はこれから毎日ボクの思い通りに生きなければならない。 もしそれに反したら、君は今度こそ本当に死ぬ」
「本当に……死ぬ?」
まるで導かれるかの様に聞き返す。
それに男は待ってましたと応えんばかりの笑顔で答えた。
「そうだよ。 君の記憶にもあるでしょ? 前の世界で事故死した記憶が。 あれで君は死んだんだ。 まぁボクがこっちに来てもらう為に向こうでは死んでもらったんだけど」
さらっと事実を突き付ける男。
だが、俺にはその事に対して、怒りはまったく湧かない。
まるで人形になったみたいだ。
「そして、君はこの世界でボクの望むように生きて貰うよ。 といっても、ボクが望むのは一つだけだ。 とっても簡単な事だよ」
カラカラと笑いながら手を広げ、俺をいとおしそうに見て、そして言った。
「君は今日からこの世界での主人公だ。 そして、ボクは漫画みたいな日常が好きなんだ! 皆が生き生きして、楽しんで、未来も明日も分からないのに希望に溢れるあの世界が!!」
「でも、それをボクが作ることは出来なかった。 なんでだろうね? そこら辺はボクより上の存在が規制でも掛けたのかな? でも、ボクはそれの作り方を知っている」
「ボクの作った存在じゃない、自律した存在なら作れるんだよ! それが君達だよ! "神様に見捨てられた世界"の地球という場所で生きていた人間達!」
熱の籠った声で、俺に殴るように言い掛ける。
理解出来ない…とは言わせないかの様に、頭がこの話を聞くように、理解するように、俺はただ耳を傾ける。
「だから、ボクが君に望むのは一つだけ。 とっても簡単な一つだけ。 この世界はボクの望むように作られた世界。 君が主人公のように生きるための舞台はもう整えてあるし、増やそうと思えば増やせる。 だから君は、この世界で"楽しく"生きてくれ」
命令のように言う。
いや、実際に命令なのだろう。
この男にとって"楽しく"なかったら、俺は今度こそ本当に死ぬのだろう。
「ボクからのお願いはこれくらいだよ。 後の事は君の記憶に…あ、忘れてた」
「君の肉体はこの世界で作った存在だ。でも中身は前の世界での君のまま。でも、その身体にも記憶やら性格を付け加えたよ。意味分かる?」
「まぁ要するに、君がこの世界で不自由なく生きれるように君がこの世界で生きてきた"ということになっている"記憶と、君が主人公っぽくなるために性格を少し変えといたよということだ。大丈夫。君の心は変わらない。そこを弄ってしまうと、ボクが作った存在と変わらなくなるから、あくまでも表面上の性格だけしか変えてないから、根本は君だ」
だから、今日からの事は君の身体が知っているよ。じゃあね。と、その言葉だけを残して男は去っていった。
確かに、俺は見覚えが無くても記憶にある事が多い。
この部屋の事。この世界の事。そして、あの男の事。
俺はあの俺が"神様"だというのを、身体は知っていた。そして、あの男に逆らってはいけないことも分かっていた。
そして俺は今日から、この世界での主人公だということも。